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幼ナーガは今日も生きてます!!  作者: なかみゅ
第四章 吊るし上げられる幼ナーガ
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第82話 少女を救う告白



 ***



「やめてください! あなた、何をしようとしているんですか!?」


 シルト璧門前、エルシィが地上から声を張り上げて問い詰める相手は舞台の上で剣を構える衛兵隊長である。


 彼は煩わしそうにエルシィの青ざめた相貌を睨んで怒鳴りつける。


「ええい黙れ女! 今更この娘を譲ってやったところで荒ぶる魔物共が大人しく引き下がるとも思えん! そも、魔物の娘なそ街に招き入れたのが厄災の元凶であったのだ!」

「は、早まらないでください!!」


 自暴自棄の衛兵隊長は今にも少女の縄を断ち切ってしまいそうである。


 これまでエルシィがずっと静観していたのは、不本意ながらも少女を人質とする他に打開策が思い浮かばなかったからであるが、本当に少女が殺されそうになれば彼女だって黙っていられない。


 少女の親衛隊や民衆も再び衛兵達に挑みかかっていた。

 最早少女を人質にしたところで意味はないと判断し、とにかく彼女を解放して一緒に逃げるつもりなのだ。


 だが、少女はもう己の生死を左右する会話にすら耳を傾ける余裕がなかった。


 縄はほとんどぶかぶかで、今はぬめる尻尾の先でかろうじてしがみついているばかり。全身の体重を支え続ける尾先の筋肉は疲弊してぴくぴくと痙攣しており、唇を噛んで眉を歪める形相がその苦行の壮絶さを物語っていた。


 平野の向こうでは魔物共が咆哮と共に迫り、地を駆ける者、巨躯を誇る者、天に羽ばたく者、それらの影が混然一体となってどこまでも黒々と高く、夜空との境すら分からない。


 エルシィや衛兵隊長が大声を張り上げるのは感情の昂りに任せているばかりではなく、そうしなければ敵軍の足音や鬨の声に掻き消されて聞き取れないのである。


 少女の命は風前の灯火だった。


「王国万歳! 今こそ奴らに一矢報いて討ち死に果たしてくれよう!」

「ああ、セレンちゃん!」


 エルシィが悲痛そうに叫ぶ。


 衛兵隊長がいよいよ月夜に光る刃を振りかぶった時、体躯の小さい孤児院の少年が人々と押し合いへし合いする衛兵達の足元を潜り抜けて鉄鍋の前に躍り出てきた。


 彼は舞台に登ろうとはせず、少女を真っ直ぐ見つめてただ、こう言った。


「僕、セレンちゃんが落ちそうになったら、きっと飛び込んで助けてあげる!」


 彼の発言は荒唐無稽であった。そんなことをしたって一緒に焼け死ぬだけだ。

 それでも輝く碧眼は純粋そのもので、きっと本当にそうするつもりなのだろうと少女には分かった。


「カイ、逃げて! 死んじゃう」


 少女は尾先の力を緩めないよう必死に声を絞り出す。


「いやだ! 逃げない!」


 少年は毅然と叫んだ。


 少女は戸惑ってしまう。

 どの道彼がいたって少女の現状をどうこうできる筈もない。


 せめて少年だけでも安全な所へ逃げのびてほしい。尾先の痺れるような痛みを忘れられるくらいそう思っているのに、それなのに言うことを聞いてくれない彼に少女はどうしたらいいのか分からなかった。


「だって」


 少年は意を決したように続けた。


 泥蔵の前で少女と別れた時のことを少年は後悔していた。

 本気になって彼女の手を取れば繋ぎとめられるはずだった。


 だけど微笑む少女の眼差しは何も聞くなと訴えているようで、問い質したら彼女を困らせてしまうような気がして、少年は止められなかった。


 少年にとっては、少女にあんな風に笑いかけられることは間違っていた。

 とても情けないことだった。


 少年は、少女がどんな恐ろしい目にも辛い目にも遭わないようにしてあげたかった。


 少女の微笑みは、少年の為なら恐ろしいことも辛いことも一人で引き受けようという優しさだった。


 今、体を張って示して見せる少女に少年もまた証明しなければいけなかった。


 少年は少女に守られるほど弱くはないのだと。

 少年は少女を助けてあげられる強さを持っているのだと。

 だから、少女がどんなに困ってしまっても彼はもう退かない。


 少年が勇敢なところを見せれば見せるだけ、少女にとって彼は生き残る為に必要な恐怖を知らない哀れで儚くも愛らしい生き物に見えて、傷ついても守ってやりたくなるなんて少年は夢にも思わないから。

 頑張った分だけ自分は強いぞと少女に伝わるって彼は信じて疑わないから。



「だって、僕――――」


 

 少年の想いは少女に届かない。


 だけど彼の勇気は確かに人の心を動かした。

 少女の縄を断ち切る寸前だった筈の刃は振りかぶってのち微動だにしていなかった。


 少年の生んだこのわずかな時間が運命を左右したことを、きっと彼は誇らない。




「セレンちゃんのことが」




 その時、少女は見た。


 少年の遥か後方、夜空の彼方から流れてくる小さな煌きを。


 それはちょうど平野の向こう、雪崩の如く攻めてくる魔王軍の真上に墜ち





「す」




 

膨大な


        

         光と

                 

                  音の

      

      嵐が


                 

 地上を呑み込んだ。



 少女は焼けるような眩さに訳も分からず瞳を強く閉じた。


 光の根源に背を向けていた少年は

 夜をすっ飛ばして昼が訪れたのだと夢想した。


 あんなに強大だった敵軍の脅威も、

 少年が少女に伝えたかった言葉も、

              衛兵隊長の焦燥も、


 圧倒的な災禍の余波は、

 刹那、

 あらゆる思考を人々の心から消し飛ばしてみせた。



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