第73話 鍋の上に吊られた幼ナーガ
璧門を背に設えられたそれは即席の処刑場と言ってよかった。
木の棒を交差させて支柱としたものの両端に長い棒を渡し、そこから伸びる縄が尻尾の先に結わえ付けられ、後ろ手に腕を縛られた少女を逆さに釣っている。
真下では大の大人を十人は放り込めそうな黒々とした巨大な鉄鍋が灼熱の業火にかけられ、ぼっこんぼっこん橙色の泡が弾けている。
まるで人食い魔女が晩餐の下拵えをしているような光景だ。
鉄鍋のすぐ後ろには木製の高い舞台が組まれて長剣を腰に差した屈強そうな衛兵隊長が立っている。
刃を振るって縄を切断すれば兵士はいつでも少女を煮えたぎる鍋の中に落としてしまうことができる。
地上では半円状に展開された衛兵達が処刑場を守っている。
少女は顔色を真っ青にして、小さな体は時折吹き渡る風に煽られてぷらんぷらんと頼りなく揺れる。
月の光を編んだような水色の長い髪は大地の重力に引っ掴まれて、髪の生え際はおろか白い裸体の小さな椀を乗せたような乳房まですっかり露わにしていた。
ここに集う民衆はいつ鍋の中でとろかされてしまうかもしれない少女を心配して危険も顧みずに兵士達の後をついてきた。
男達の一部がいやにそわそわしているのはどうしようもないとして、皆の少女を思う親愛は本物である。
処刑場の左右斜め前方にそれぞれ長い木柱が立てられ、ばたばたともがく二羽の黒い鳥――夜の地の使い魔達が縄で幾重にも縛られ括りつけられていた。首の向きまで固定された彼らの青い鉱石の瞳が標本のように吊られる少女を映し出している。
衛兵隊長は背筋を伸ばして使い魔を睨み、深く息を吸い込んで大音声を張り上げた。
「夜の地全軍に告ぐ! 貴様らの狙いが魔物の娘であることは分かっている! これは警告である! ただちに進軍を停止せよ! さもなくば娘は煮えたぎる鍋の中で骨まで溶かされる運命となろう! 繰り返す――」
彼は一定の間を置いて同じ文言を吐き続ける。
「あの人達、セレンちゃんを人質にして街を守るつもりなのね」
エルシィは先より幾分落ち着いた顔で呟く。
「セレンちゃん、あの中に落とされちゃうのかな?」
「あの人の言葉が本当なら、敵にとってもセレンちゃんの安否は無視できないはず。滅多なことじゃ縄を切らないはずよ」
エルシィの言葉に少年は少しだけ安堵の色を滲ませ、辺りの張り詰めた空気がわずかばかり緩む。
とは言え、それで灼熱の溶岩を間近に吊られる少女の心地が変わる訳でもない。
少女は華奢な体をぶるぶると震わせ、体の重みですっかり伸びきった尻尾の先に結わえられた縄をちらちら見やりながら今に至るまでの出来事を思い返していた。




