第66話 勇者の秘密
***
「実に愛らしい歌声だったぞ。人間共も聞き惚れたに違いない!」
舞台を終えた少女らは旧仮住まいに集まって遅めの昼食を取っていた。
舞台の日取りは少女の休日を選んでいたから役人方の配給はなく、広場で開いていた露店の売れ残りを食べている。露店の人員は親衛隊であり、彼らは金銭を受け取ることもなく喜んで差し出してくれた。
少女の斜め向かいに座る少年は両腕を広げて嬉しそうに褒める。
「セレンちゃんが水の中から出てくるところ、とっても綺麗だったよ!」
当の少女は称賛してくれる皆への返事もそこそこに魚の串焼きを頬張ることで夢中だ。
一口ずつ齧るのが煩わしくなってきたのか、串を喉の奥まで突っ込んで魚を丸々口に詰め込もうとしている。
彼女の隣に座るエルシィはそれを危なげに眺めながらしみじみと呟く。
「それにしても、公演が無事に終わって良かったです」
公演中、舞台上に浮遊していた水球は竜人が魔術師から譲り受けてきた魔術具で発生させたものだ。予め上空に飛ばしておき、公演の開幕に合わせて降ろすことで観衆の注目を引く計画だった。
暴動により演出どころの騒ぎでなくなってしまった時にはエルシィは腹の底の冷える思いであった。
「ほら、ちゃんと俺の作戦でうまくいっただろう?」
そんな彼女に復活した勇者が愉快そうな笑みと共に言う。
エルシィはきまり悪そうにしながらもむすっとした顔で訴える。
「あ、あんな事情があったのなら見栄を張らずにもっと前から教えてくれればよかったじゃないですか! そうすれば無理にあなたを引っ張って来ることもなかったのに。呪われている、なんてお仲間が言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「そこは気にしないでくれ、と言いたい所だが、あんな醜態を晒した後じゃあ仕方ないか」
勇者は一つ溜息を吐いて皆に説明しようとする。
と、
「それについては私からお話しましょう」
目覚めて間もない勇者に付き添っていた彼の仲間が口を開いた。
先刻倒れた勇者を抱えていった少女だった。
「主の過去の汚点を当人に語らせるのは忍びありませんから」
「おいアルマ、初っ端から汚点とか言ってくれるな」
「まだ主が聖剣を授けられる以前、勇者の称号を名乗る前のこと」
アルマと呼ばれた少女はやんわり窘める勇者の言を空耳の如く流して語り始める。
「端的に言うと、主は調子に乗っていたのです」
「……」
「持って生まれた才を平凡な人々にひけらかして憚ることなく、敵の面前ですら自重せず繰り返した。敗れた者達にとっては何よりの嫌味だったでしょう」
最早勇者は言葉を挟むことなく神妙な面持ちで聞いている。
顔は外套で隠れていても饒舌に語る少女はどこか楽しそうですらある。
「そして遂に、とある魔術師が呪いをかけたのです。主に倒された死に際、もう二度と人前で力を見せびらかすことができないように。こうして哀れな主は大衆の面前に出られなくなったのでありました」
語り終えて満足そうな少女は思い出したように一つ加えた。
「ああ、呪いと言っても命を削る類ではありませんのでご心配なく。沢山の人間に囲われると悪寒がして卒倒するという、本当にそれだけの嫌がらせみたいな魔法ですから」
黒衣の少女は今度こそ満足したのか空気の如く静かになった。
「……リアムさんが目立ちたがりなのは知っていましたけどそこまでだったなんて、ちょっと見直しました。あまりよくない方の意味で」
エルシィが反応に困ったような顔で言うと、
「いやあ、照れるからよしてほしいなエルシィさん」
勇者は常の爽やかな笑みで、しかしどこかやけっぱち気味に頬を掻いた。
「あ、子どもが好きだって言うのに誘っても孤児院に遊びに来てくれなかったのって、もしかしてその呪いがあったからですか?」
エルシィがふと気付いた顔で尋ねると勇者はこっくりと頷いた。
「だからって一人でいる子にいきなり話しかける気持ち悪さが変わる訳ではありませんが、あなたのことが少しだけ分かった気がします。何にせよ大きな怪我がなくて安心しました。これからは、そういう大事なことは早めに言ってくださいね?」
「勿論だよ、エルシィさん」
勇者は白い歯を煌かせて笑うのだった。




