第64話 歌って踊る幼ナーガ
アレクシスに抑えられた青年だけがまだ抵抗を続けていた。
「くそ、あいつらは何をやっているんだ!」
始めの威勢を失い舞台に見入る仲間達を睨んで青年は憎々しげに唸る。
そんな彼にブルーノが問いかける。
「お前達は、かつて血生臭い戦を繰り広げた魔族の影を恐れるばかりであの子の姿をその目で見ることもなく避けてきた。そうだろう?」
「それがどうした!」
ブルーノは暗い海を讃えるような色合いの瞳に鋭い輝きを灯す。
「だからこそここへ引き摺りだしたのだ。我らの親衛隊員第一号の計画でな。暴動などという物騒な餌でお前達を集めたのはあの子の姿を見せる為さ。こちらの思惑通りお前の同士は想像と異なる魔物の姿にすっかり毒気を抜かれているようじゃないか」
ブルーノは諭すような眼差しでゆっくりと片手を差し出し、青年を誘う。
「クリストフ、お前も意固地になることはない」
「悪魔のような奴め! 俺は惑わされないぞ!」
青年はにべもなく断るとぴょんぴょん跳ねながら愛想を振りまく少女を睨みつけようとして、微かに瞳を逸らした。
だからわたしはここにいたいよ
穏やかな時間と少しの優しさをもらえれば
他には求めないから
透明な世界はまだ恐ろしいけれど
一緒に笑い合えたら嬉しいから♪
人々は少女の弾む歌声に、華やいだ顔に、生き生きとのたくる尻尾の躍動に、溢れ出すような歓喜と興奮を見る。
それは彼らに心を込めた歌と踊りを見てもらえる喜びだった。
それは初めてこんなにも多くの誰かへ言葉を伝えられる興奮だった。
少女は今、投票のことも、ずっと先の不安も、蛇尾族として生まれた宿命も、火照る体の熱さも、全てを忘却の彼方へ追いやって、
ただ、夢中で舞台を舞う。
あなたはどんなお魚が好き?
わたしは山盛りのお魚が好き
仲良くしてね
お魚大好きセレンちゃん♪
「いぇい」
捻じれた白い体が尾っぽをくるくる回しながら宙高く舞った。
少女は水滴を散らしながら着地すると、両手を大きく広げてこの日一番の愛らしい笑みを見せる。唇からはみ出す白い犬歯が煌いた。
背後で水球が弾けてきらきらと飛沫をあげ、熱を帯びた少女の体に涼やかな雨を注ぐ。
彼女の舞台を守らんとした男達が堰き止めた激流を解放した如く歓声をあげる。
そして、そこかしこからぱちぱちと手を叩く音が響き始めた。
その音はやがて広場を包み込む。
今や人々が少女へ向ける眼差しは春の陽射しのように温かく、不安や恐怖の棘はどこにも見出せないのだった。
「クリストフ、もう止めにしよう」
喝采の中、身動きの取れない青年に呼びかける者達があった。
「魔物っていうのはもっとこう、禍々しい奴だと思ってたんだ。俺、あんな子に出て行けなんて言えないよ」
「俺達、魔族との戦争時代なんか知らないじゃないか」
青年を諫めたのは彼と共にここへ乗り込んできた暴徒達だった。
今や青年の味方をする者は誰もいない。皆が彼を冷ややかな目で見ている。
青年は項垂れ、膝を突き、掠れた声で呟いた。
「そうだな………………お前達の、言う通りだ」
直後、彼は暗青色の瞳をぎらつかせて周囲を睨みつけ、追い詰められた獣の如く叫んだ。
「とでもいうと思ったか! 馬鹿め! これで終わりだと思うなよ!」




