第60話 反幼ナーガ勢力現る
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公演当日。
少女がこの町に来た時から数えて七十日目。
青天の空は少女の晴れ舞台を祝福するようである。
時刻は正午近く。街の広場はごった返すような人だかりに賑わい、即席で作られた複数の露店から香ばしい風味が漂う。
観衆は魚の串焼きやスープを携えて木組みの舞台に蛇尾族の少女が現れるのを待っている。
観衆の中には少女の知る親方や医者、それに貴婦人もいた。
「こんなに人が集まるとは思いませんでした。これ、前の時よりも多いですよね?」
「うむ。リアムは俺と同じ武人だというのに、なかなかどうして雑事に長けた奴だ」
エルシィと竜人は前回と同じく舞台横に設えた小さな控室におり、入り口に垂れた布の隙間からちらちら広場を窺っている。
彼らの隣で金髪の少年は両手に杖を携えてうずうずと舞台を見つめており、観衆から目視できる位置にはいないが、少女は既に舞台の上だ。
前回もそうだったが、今度の公演も集客に関しては主に勇者が担当している。宣伝は彼の仲間がビラ配りや口伝で行った。
公演の内容如何に関わらず、蛇尾族という人外の生き物をじっくり見てみたいという好奇心は程度の差こそあれ多くの住民が持っているのだろう。
勇者という分かりやすい象徴によって安全が保障されていれば市民が足を運びたくなるのは自然なことである。
前回の公演でも彼はこうして人を集めた。
今回は露店もあるのと、前の公演で広まった様々な噂が更なる人を呼んだのだろう。
広場の北側に組まれた木組みの舞台はちょっとした小劇場をやれそうな広さがある。左右の端には木椅子が並べて置かれ、楽器を携えた十数名程の老若男女が座している。演奏を担当する勇者の仲間達だ。
黒衣を伴わない彼らは街の一般人とまるで見分けがつかない。
「ほらリアムさん、もうすぐ始まりますよ。籠っていないでこっちに来たらどうですか?」
エルシィが後ろを振り返って呼びかけると、控室の隅で縮こまっていた勇者はどういう訳か青白く染まった顔で答えた。
「い、いい、言っただろう? エルシィさん、俺は孤高を好む男なのさ」
「もう。またそんなことを」
勇者は今回もお決まりの文句を垂れつつ宿の窓から高見の観賞を決め込む腹積もりだったのだが、それをエルシィが逃すまじと無理矢理一緒に連れてきたのである。
「リアムさん、あなたにはきつく当たることもありますけど、悪い人じゃないってことは私も分かってるんです。せっかくここまで一緒に準備を進めてきたのに、あなただけ別々なんて寂しいじゃないですか」
エルシィが珍しく優しげな言葉をかけるので流石に勇者も折れたらしい。
「嬉しいことを言ってくれる、じゃないか、エルシィさん」
勇者はいつもの饒舌さもなくどこか上擦った声で返しながらおずおずとエルシィ達の後ろに付いた。
「それでいいんです。あなたはそれくらい謙虚なのが丁度いいと思います」
エルシィは満足げに頷くと、舞台の方に目を向けて少し心配そうに呟く。
「セレンちゃん、こんなに沢山の人の前で平気かしら」
「なに、あやつも大分人間に慣れてきた。心配は要らぬ」
「でも、こころなしか前より騒がしいような」
エルシィが怪訝そうに首を傾げた時だった。
「「魔族は人間の敵だ! 騙されるな!」」
観衆の中から複数の声が合わさった怒声が響いてきた。
「な、なんですか!?」
エルシィは目を瞬いて叫ぶ。
「邪悪なる魔族に騙されるな! 奴らは狡猾にも人間の真似事で俺達の心に取り入ろうとしているんだ! 奴らの歌を聞くな!」
響いてくる声に観衆がどよめく。
エルシィ達が人々の集まる広場をよく観察すると、真ん中の方で口々に怒声を上げている一団があるのが分かった。




