第57話 幼ナーガの味方現る
市長は額に冷汗を浮かべながら人々へエルシィ達にしたのと同じ説明を繰り返しているが、興奮しているのか彼らは聞く耳を持たない。
「俺達だって市民じゃないか! 俺達の声は無視するっていうのか!」
「僕は……僕は……! 一度目の公演を見逃した!! 一生の不覚だった!! それが、なんという幸運か二度目が開催されると聞いた時は天に祈りを捧げたね! だというのにこんな仕打ちはあんまりだ!」
「あの子は俺の女神だ! イレーネにフラれて灰色に染まった俺の人生に再び彩を与えてくれた! それをあんたは奪うっていうのか!」
一歩間違えば暴動に発展しかねない彼らの気迫に折れたらしい。市長は戦々恐々として彼らに宣言した。
「わ、分かった! 分かったから落ち着きたまえ! その子が街の広場で舞台に立つことを認めよう」
瞬間、どっと歓声が沸き起こった。室内の空気がびりびりと震え、石で作られた建物が振動したように感じたのは彼らの迫力にあてられていた市長だけではないだろう。
「市長、本当に許可をもらえるんですか?」
エルシィが嬉々として市長に尋ねると、彼はくたびれた表情で頷いた。
「参ったよエルシィ君。こんなにこの子の舞台を臨む人がいるとはね。これも市民の声だ。何よりも公演を中止にしたら彼らが何をしでかすか分かったものではないのでね」
「ありがとうございます!」
少女の知り合いの貴婦人や石運び現場の仕事人達は少女に二言三言声をかけて満足した様子で帰っていく。
先程までもの凄い剣幕で市長に詰め寄っていた男達もようやっと騒ぐのを自重し始めた。
「セレンちゃん、君の舞台が潰れなくて良かった!」
「俺達、必ず君の歌を聞きに行くから!」
「セレンちゃんの舞台を邪魔しようとする奴なんてどうせ君の顔すら見ず魔族を一緒くたに毛嫌いしてるような連中に違いない! 気にしなくていいからな!」
そんな励ましの言葉を口々に残しながら去っていく。
医者が呆れたような、どこか感心したような顔で漏らす。
「なんだか無茶苦茶だったが、とりあえず大事なく問題が解決したみたいで何よりだよ。それにしても、君はこんなに人間の知り合いがいたのか。驚いたよ。人前に出るのは苦手なようだったから、今度の公演も少し心配していたのだが、杞憂だったかな」
医者の言葉に少女はなんとも釈然としないような、歯の隙間に食べたものの欠片が挟まっている時のような、そんな顔をした。
そして去ってゆく男達の背中を見送りながら、彼女はぽつりと呟いた。
「……あの人達、知らない」
彼らのほとんどは少女がこれまで挨拶すらしたことのない赤の他人だった。




