第56話 思いがけない来訪者
「あまり緊張しなくていい。君の処遇に関してはアルフレート殿の管轄だからね。それに、君はエルシィ君が保護を呼びかけてきた子だ。私は、彼女の子どもを見る目に間違いはないと思っている」
「それよりも市長、広場が使えないってどういうことですか?」
エルシィが早速尋ねると、彼は額の皺を深めた。
「先日広場で催しを開いた後から、その子に対する住民達の目線が変わったのは君も気付いていることと思う。しかし市民の中には魔族が街に住まうことを断固として許せない人々も存在する。今回の件は彼らを刺激してしまったようでね、催しを中止にしてほしいという要望が出ている」
「そんな! この子は何も悪くないじゃないですか!」
エルシィは眉を歪めて抗弁するが、市長にも引く素振りはない。
「君の言い分は正しいのかもしれない。しかし私も住民の声を無視できない立場にあるし、夜の地に関わる問題は繊細だ。少なくともその子が誤解を受けかねない身なりで人前に出たことは言い逃れのできない事実だからね」
「う……それはまあ、そうなんですけど」
エルシィは心中で竜人と勇者に恨みがましい思いを募らせる。
「でも、せっかくここまで練習してきたのに――」
「エルシィ」
言いかけたエルシィの片袖を少女が掴んだ。
彼女にも言いたいことがあるらしい。少女は市長を見上げて話し始める。
「わたし、この町の人達に、わたしの言葉を聞いてほしいの。人とお話するのはあんまりうまくできないけど、歌を歌ったら沢山の人間に気持ちを伝えられると思ったの」
「君は……この町の住人にどんなことを伝えたいというのかね?」
市長が問いかけると、彼女は訴えた。
「わたしは怖くないよって、伝えたいの」
彼女の中では、ずっと先日の貴婦人との会話が頭に残っていた。
エルシィは張り切る少女を女の子らしい娯楽に目覚めた娘を見るような気持ちで応援していたが、それだけではなかった。少女には自分なりの考えと目的があったのだ。
彼女は胸を打たれたような心地がした。
「ふむ……しかしなあ」
少女の必死そうな姿に市長も眉を歪め、腕を組んで悩んでいる。
エルシィがもう一度彼に訴えかけようとした時だった。
突然、執務室のドアが大きな音を立てて開かれた。
「な、なんだ?」
市長がぎょっとして通路に目を向けると、室内にぞろぞろと沢山の人が入って来る。少女の知る貴婦人や石運び現場の仕事人達、それに以前少女を助けてくれた医者もいる。
「セレンちゃんが踊れないってどういうことですか? 私、楽しみにしてたのに」
「この嬢ちゃんはいつも小さな体でせっせと石を運んでくれてるんだ。それくらい許されてもいいんじゃねえのかい?」
「その通りだ! 俺達はあの子の可愛らしい姿を見たいんだ!」
口々に抗議の声が上がる中、市庁舎を守る衛兵の一人が市長のもとに駆け寄って来る。
「市長! 申し訳ありません! 彼らが執務室へ通せと聞かなくて、武力を行使する訳にもいかず止む無く招き入れてしまいました! なにしろ数が多くて」
「なんだって? 部屋の外にもまだいるのかい?」
市長が仰天の顔で尋ねると、衛兵は頷いた。
「四十名は下らないかと」
後になって思い返せばこの惨事は望外の幸運だったが、訳が分からず目を白黒させているのは少女やエルシィも同じである。
「皆さん、どうしてここに?」
エルシィが尋ねると、答えたのは診療所の医者だった。
「大勢でぞろぞろとここに向かう一団を見かけてね、声をかけて見れば、セレンちゃんが今度開催する公演の許可が降りなくて困っているから、抗議に行くらしいじゃないか。それで、一緒についてきたという訳さ」
「そ、そうなんですか。それはとてもありがたいんですけど、アルツさんは断りもなく急に市の役所まで押しかけるような人ではなかったですよね?」
医者は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「こう言ってしまうとなんだか裏切り者みたいに聞こえるかもしれないが、私は彼らに同調してここへやってきた訳じゃない。彼らがいやにものものしい雰囲気だったから、揉め事にでもなったら大変だと思って様子を見ることにしたんだ」
医者は言いながら市長に詰め寄る人々へと視線を向けるのだった。




