第55話 幼ナーガ、市長に会う
空が燃えるような茜色に染まる頃、竜人達はその日の仕事を終え、エルシィや少年と合流して町の中心にある市庁舎へと向かっていた。
彼らの歩く傍らの水路では時折漁から戻る船が流れてゆく。
「しちょうって、ここの王様?」
少女が緊張の面持ちでエルシィに聞く。
「王様とは少し違うけれど、似たようなものね。でも、王都から来た役人みたいに怖い人ではないから安心して。どちらかと言えば親切で人の良い方だから」
「襲ってきたりしない?」
「平気よセレンちゃん」
少女が生真面目にそんなことを聞くから、エルシィが笑いを堪えながら答えてやると、少女はほっとしたような顔で握っていたワンピースの裾を放した。
市庁舎が見えてきた。水路に囲われた大きな石の建物だ。
一行が水路にかけられた橋の側までゆくと、槍を抱えた衛兵達が道を塞ぐ。
「孤児院のエルシィです。昼間のうちに市長に面会の予約を取っておいたはずです」
「エルシィ殿か。話は聞いている。魔物の娘が同行するということについては許可が降りた。だが、男の方は別だ。ここを通すことはできぬ」
エルシィは竜人の図体に視線を向けて納得の顔をした。
「まあ、あなたの外見では仕方ないですね」
「勇者殿には魔物の男の見張りを請負っていただくこともどうかご容赦願いたい」
「そうなのかい? 俺と竜人君は仲良くお留守番という訳だ。この子に付いて行けないのは残念だが、これも勇者の仕事だからね、分かったよ」
恭しく頼む衛兵の言葉に勇者が爽やかな身振りを交えて返す傍ら、エルシィは困り顔で膝を折って少女に尋ねる。
「セレンちゃん、ガレディアさんはこの建物に入れないけれど、やっぱり残る?」
少女はほんのわずかだけ戸惑いの色を浮かべてからはっきりと唇を動かした。
「わたしも、話、聞きたい」
エルシィは少女が残りたいと主張するものだとばかり思っていたから、返答を意外に思った。
エルシィの知る限り水に潜る時を除いて彼女が自分から竜人の傍らを離れたことは一度としてなかった。
少女は竜人を見上げて告げる。
「ガレディア、わたし、行ってくる」
勇者と竜人を残して一同は市庁舎へと続く橋を渡った。
市長の執務室は石で作られた市庁舎の二階にあった。
かつて魔族と戦争をしていた頃は砦として機能していたというだけあって、通路の内装は石壁が剥き出しの簡素なものである。
その中を見張りの衛兵達に囲われて歩いていると、少女はなんだか牢屋へと連行されているような心地になってくる。
そんな少女の姿に気付いた少年はさりげなく少女の手を握ってみた。
少女の冷たい掌は弱々しく少年の手を握り返してきたので、彼は胸の奥がじいんと温まった。
執務室に入ると、書類の束が摘まれた石製机を前にして初老の男性が座っていた。髪は白髪が混じってきており、体躯は中肉中背といったところだろうか。
顔立ちは温和で穏やかそうな雰囲気を伴っている。
南に面した部屋である為、開いた木窓から差し込む陽光のお陰で明るく、通路を歩いている時とは大分印象が違った。
室内に華美な装飾は施されていないが、壁にはシルトの川や水路を描いた絵画が幾枚か飾られている。
「君がこの町にやってきた魔物の娘か。私は市長を務めるローラントだ」
市長は表情を和らげて蛇尾族の少女に笑いかけた。




