第54話 竜人が持ち帰った魔術具
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「ガレディア、お帰り」
「うむ。俺は戻った! これが成果である」
広げられた竜人の掌では緑色の鉱石が陽光を透過して鮮やかに煌いている。外套の背からは長い木杖が飛び出し、先端には同じ輝きを放つ一回り小さな石が据えられている。
人の地を発って三日、竜人は無事に目的を果たしてきたらしい。
青天の下、璧門で竜人を迎えて川へ向かう少女は、竜人のいなかった間の寂しさを埋めるように、緩んだ表情でずっと彼の左手首を握りながら石畳の上を這っている。そうして時折思い出したようにぶつぶつと唇を動かして歌詞を思案する。
「セレンちゃん、ガレディアさんのいない間にも一生懸命歌を考えていたんですよ。もう少しで完成しそうなんです」
「ほう! それは吉報だ! セレンよ、如何なるものであれ其方の紡ぐ言葉であれば誠美しいに違いない!」
竜人の言葉に少女は頬を紅潮させて嬉しそうにする。
道中竜人の話したところによると、彼の持ち帰った魔術具は陸上に大量の水を呼び込む魔法がかけられているらしい。
この水で少女の体を冷やすというのが竜人の考えである。
仔細の説明を聞くと、エルシィは得心顔になった。
「なるほど。それなら見せ方を工夫すれば舞台にも間を空けず済みそうですね。お昼に早速考えてみましょう」
そこまで言ったところで、彼女は眉を下げて困ったように尋ねる。
「でも、衣装はどうしましょう? お客さんの目があるからって衣装を着せたまま水に入れる訳にもいきませんし」
竜人は即答する。
「考えるまでもない! 裸体でよいではないか!」
「またあなたはそんなことを! 大体、前の公演を受けて市長からあまり街の秩序を乱すような行いは控えるようにという通達が来ていたじゃないですか!」
エルシィは叱りつけるように言うと難しい顔で考え始めたが、すぐにぱっと顔色を明るくさせた。
「そうでした! 前の旅先でセレンちゃんに買って来たお土産があったじゃないですか!」
エルシィが少女に強く勧めると、彼女はぎゅっと眉を寄せながらも苦渋の決断で受け入れてくれたのだった。
エルシィは自分の選んだ服が無駄にならなくて嬉しそうであった。
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二度目の公演へ向け準備を始めてから十数日が経った。
定めた期日まではもう少しだ。歌は随分前に完成を迎え、少女は当日へ向けての練習に励んでいる。
勇者の仲間達も公演の宣伝に奔走し始めた。
そんな最中の出来事だった。
「ガレディアさん、大変です!」
朝の町中、務めに出る少女らに合流するなりエルシィは血相を変えて呼びかけた。
「大仰な声をあげてどうしたのだ、小娘」
竜人が尋ねると、エルシィはちらりと少女に視線を向け、言いにくそうに躊躇ってから口を開いた。
「実は、セレンちゃんの公演なんですけど、市長から広場を使う許可が降りないんです」
「どういうことだい? 一度目の公演では俺が市長に話を付けに言ったんだが、町への奉仕活動だと言ったらすんなり受け入れてもらえたよ」
勇者に言われたエルシィは困った顔で説明する。
「それが、私も今朝市庁舎の役人から知らされたばかりでよく分からないんです。なんでも市民から苦情が来ているらしくて」
「町の人間が、わたしに踊ってほしくないって言ってるの?」
少女が真剣な顔付きで尋ねると、エルシィは答えづらそうに眉を歪めた。
「セレンちゃん、まだ詳しい話を聞いた訳じゃないから」
「セ、セレンちゃんを、その、裸で躍らせたからかな?」
少年が頬を染めながらもじもじと口を挟む。
「でも、先日申告を出した時市長にはちゃんと約束してあるんです。町の人達が戸惑うことにならないよう今回は私が見張っておくって。あの時はそれで問題なさそうだったんですけど」
「まどろっこしいな。直接聞きに行けばよいではないか」
話を聞いていた竜人が億劫そうに言い、エルシィは頷く。
「そうですね。ガレディアさん達の務めが終わったら、皆で事情を聞きに行きましょう」




