第50話 竜人と勇者の飽くなき語らい
少女は毎日魚捕りを終えると飽きもせずに鈴を尾先に結わえ付けて遊んだ。
時には昼の食事を忘れて荷運びの務めが始まるぎりぎりまで河原に残っていたこともあるくらいだ。
元々体を動かすのは嫌いでなかったし、人見知りをするだけで声を出すのも苦手ではないらしい。
川の側であればすぐに体を冷やせるから、陽射しの下でも思い切り遊べる。
少女は生まれてこのかたあまり娯楽を持たなかったから、色々な物の溢れる人の街で夢中になる事柄ができても不思議ではない。
竜人は少女がこれまでに浮かべなかった類の生き生きとした表情を見せるようになったことを喜ばしく思っているようである。
ある日、竜人が少女の踊っている光景を眺めている時、彼は何か閃いたらしく硬い鱗に包まれた手をぽんと叩いた。深緑の鋭い瞳に灯る爛々とした輝きは少女がこの地へ移住する直前に見た時と同じく絶対的な自信に満ち溢れている。
竜人は鋭い牙を覗かせて言った。
「名案を思いついた! セレンの麗しき舞を人間共に見せつけてやろうではないか!」
「ほう! 面白い考えだね竜人君!」
勇者は興味津々な顔で竜人の言を賞賛する。
「前々から良い折のないことを悩ましく思っていたものであるが、今こそセレンの稚き美貌を市中の奴らに知らしめるのだ!」
「素晴らしい! しかし少年との一件を境にセレンちゃんは市民に怖がられている。これは投票に影響する重大な問題だろう? そんな暢気なことをしていて平気なのかい?」
勇者が指摘すると、竜人は得意気に腕を組む。
「まあ待て。俺とて粋に任せてものを言っているのではない。むしろこれこそ絶好の機会である! 小心の人間どもであれ己の目でセレンのあどけなき晴れ姿をとくと見れば考えも変わろう!」
「おお! それは確かに名案じゃないか!」
勇者は竜人の計画に感服したようである。
「そこで其方に聞いておきたいのだが、先日銀髪の娘がいた広場は使えるだろうか? それから如何にして人間どもに周知するかも考えなければならぬ」
「広場については奉仕活動として芸をやるという名目で市長に届け出てみよう! 宣伝なら心配はいらない。俺の部下達に任せてくれ! 百人でも二百人でも集めてやろうとも!」
彼らは少女を置き去りにして既に決まったような口振りで相談を始めてしまった。大いに盛り上がって楽しそうである。
少女は口を挟むこともできずに呆然と静観している。
しかし少女の心中は意外にも落ち着いていた。黒竜の一件を経て多少は肝が据わったらしい。
まして、それが先の生存に繋がるのであれば力を尽くさぬ訳にはいかないし、好きなことを頑張って得られるものがあるという期待感も少女の心をやんわりと焚きつけた。
少女が粛然と決意する中で水を得た魚の如く勢いづいた男達の議論は続く。
「となれば衣装を決めなければ! ここはぜひとも人魚姫みたいに純白の貝殻の胸当てを――――――」
「ふ! リアムよ! 何を言っているのだ」
勇者の熱い願望を竜人が鼻で笑うと、彼はきょとんとして問う。
「どういうことだい?」
竜人は堂々と宣言する。
「衣などは要らぬ! 裸体でよい!!」
「そ、それは……いいのかい?」
「無論! 蛇尾族は元より裸族。日常生活はこの地の文化に合わせているが、せっかくの晴れ舞台で自然な在り方を隠す必要もあるまい」
「ほほう。なるほどなるほど! ならば問題はないな!」
さしもの勇者とてかすかな罪悪感に心を痛めた風であったが、竜人の言い分を聞いてすっかり開き直った。
「しかし気分がいい。あのがみがみうるさい小娘がここにいたら必ずや文句をぶつけてきたであろうからな! あやつの居ぬ間に準備を済ませてしまおうではないか!」
ずっと黙って話を聞いていた金髪の少年は少女の傍らで心配そうに尋ねる。
「セレンちゃん、あの人達、あんなこと言ってるけど、いいの?」
すると少女は瑠璃色の瞳に光を宿して意気込んだ。
「わたし、頑張る」
「え…………ええ!? ……セレンちゃんがそう言うんなら、僕、応援する」
少年は頬をほんのり染めて少女の瞳を真っ直ぐ見られないままにそう言った。
少女とて以前にエルシィが言っていたことを忘れた訳ではない。人前に裸を晒していいのだろうかと初めは疑問だったが、人間である勇者が竜人の提案をあっさり受け入れたものだから大丈夫だと思ったらしい。
少年の内なる声は反対するべきだと叫んでいたが、彼も妄想の奥底では少女の妖艶な姿を期待していたので、彼女がその気でいると分かるなり純朴な心は抵抗もなく甘い誘惑へと引きずり込まれてしまうのだった。
かくして少女はシルト市民の面前で裸踊りを披露する運びとなる。
それからの日々は慌ただしかった。
少女は毎日魚捕りの後で踊りの練習に励み、旧仮住まいで食事を取る間は竜人と勇者があれこれ議論しながら歌を考え、歌詞が決まったら彼女はそれを暗記するのにいつでもどこでも口ずさんだ。
振りつけは主に少女が自分で考案したけれども、犬歯を爪でこつんと叩く仕草は勇者の希望で取り入れられた。
少年に贈られた首飾りがずっと屋敷の箪笥の奥底で眠ったままになっていたから、たまには使ってやらないと少年が可哀そうな気がしてきて、少女は身に付けて踊ることに決めた。
その場の勢いに任せて始動した計画の主導者たる二人は踊りの経験などろくに無い。
少女にまともな助言をしてやれる者は誰もおらず、結局の所素人が四人集まってわいわいやっているだけなのであるが、最初にやっていた踊り子の真似事に比べると大分形になった。
そして――――――特に邪魔が入ることもなく少女はその日を迎えたのである。




