第49話 夢中になる幼ナーガ
翌日の昼。
少年は勇者と共に木陰で少女の魚捕りを待っていた。
誰に注意された訳でもないが少女の一糸まとわぬ姿を見ないように後ろを向いてそわそわしている。
一方の勇者は水の中で揺らめく白と瑠璃色の影を目で追うことに熱心そうである。竜人は川の中から少女が放り投げた魚を網に突っ込むのに忙しい。
そうして少女が陸へ上がってくると、どこからともなく黒衣の仲間がやってきて勇者に目隠しをする。街を出る前にエルシィが頼んでいたのである。
少女が体を拭いて白いワンピースに身を包むと少年は待ちかねたように駆けよってゆく。
魚捕りを終えた後は荷運びの務めまで休憩を挟むからちょうどよかった。
「セレンちゃん、これ」
少年が握った拳を開くと、小さな銀色の鈴が陽光を照り返しながら転がっていた。三つある鈴は掌の上でかすかに揺れ動いて純白の煌きを移ろわせる。
少女は興味津々な顔で一つ手に取り軽く振ってみた。ころころ可愛らしい音が鳴り響く。
「もういらない奴だから、あげるよ」
「本当?」
「うん」
少年が白い掌に残りの鈴を落としてやると、音が混ざってしゃらんと鳴る。
少女は薄桃色の唇を緩めて微笑んだ。
「カイ、ありがとう」
「う、うん。喜んでくれてよかった」
何気なく持ってきてやっただけなのに少女が存外に嬉しそうな顔をするから、少年はどきっとした。昨日贈った首飾りとの落差を思うと少々複雑な気持ちである。
少女は早速竜人にぼろ布の端を細長く千切ってもらい、それで三つの鈴を繋げてみた。
手首に巻こうとして、片手ではやりにくいことに気付いてぺたんと草の上に座り込むと、尾っぽの先を体の前に持ってくる。背中を前に倒して顔を近づけ、鈴のぶらさがる細布を丁寧な手付きで尾先に結わえ付けた。
少女が立ち上がって尾先を振れば美しい鈴の音が響く。
彼女は満足そうである。
少女はしばらく尻尾をふりふりして音を楽しんでいると思ったら、そのうち鼻歌を歌いながらたっぷたっぷ飛び跳ね始めた。昨日踊り子がやっていたのを真似ているつもりらしい。
少女の喉からふんふんと漏れてくる歌声はまとまった旋律を奏でることはないけれど子どもらしい愛嬌があった。
普段なら彼女はお昼の食事を求めて早々に旧仮住まいへ行きたがるのだが、よっぽど気に入ったらしく、白いワンピースの裾をふわふわ舞い上げながら時間を忘れたように遊んでいる。
あまり表情に出ないが尻尾の動きの激しさを見るに興奮しているらしい。
木陰で見守る三人は微笑ましい気持ちである。
竜人は少女の尻尾がぴちぴちと草原を叩くのを眺めながら少年に言葉をかける。
「セレンがあれだけ楽しそうにしているのを見るのは久方ぶりだ。人間の玩具も中々悪くないかもしれぬ。でかしたぞ小僧!」
少年は褒められて照れ顔である。
一方の勇者はきりりと目つきを尖らせ真面目くさった顔で何やら語りだした。
「ふ。子どもというのは神羅万象に計り知れない価値を見出す生き物だからね。時に我々から見れば一体そのもののどこがそんなに魅力的に映るのか理解の及ぼないこともあるだろう。しかしそれこそが子どもの愛らしさの本質なのだよ竜人君! 全く我楽多としか思えないような品を大切そうに抱えてご執心な姿こそ実に無垢なかわいらしさに溢れて愛でてやりたくなると思わないかい?」
勇者が瞳を輝かせて興奮気味に問いかけた時だった。
ぱきゃっ、と一段高い音が少女の方から響いてきた。
鈴の音がぱたりと止む。少女の尻尾は勢いよく大地を叩きつけているのにぴっちぴっちと鞭を振るうような音が耳に残るばかりである。
「ふんふふん…………あれ?」
少女は不思議そうに自分の尻尾の先を顧みる。
「あ」
尻尾に結わえられた布からぶらさがる鈴が砕けていた。
少女はもう一度ぺたっと座り込んで、尾先の布を解いて両掌の上に乗せてじっとみつめてみる。土埃に塗れた三つの鈴は無残にひしゃげてもう鳴らない。
鈴のくっついた尾先を胸の昂りに任せてあんまり強く地面に振り下ろしたものだから潰れてしまったらしい。
少女は座り込んだままこの世の終わりでも迎えてしまったみたいに悲しそうにしている。
「どうしたの?」
少年が目の前に立って少女の顔を覗き込むように問いかけてきたので、彼女は両手の鈴を差し出した。
「これ、壊れちゃったの」
少年は鈴を一つ手に取って、くりくりした碧眼で観察してみる。
「あ、ほんとだ」
彼は呟いて、壊れた鈴を白く小さな掌に返すと、少女に笑いかけた。
「でも、大丈夫だよ。うちに帰ればまだ沢山あるから。今日はもうないけど、また明日持ってきてあげる!」
すると少女は、砂漠の真ん中で迷子になった子どもが親を見つけた時のように甘い視線で彼を見上げてきたから、少年はまたどぎまぎとして顔が熱くなってしまう。
翌日、少年は集められるだけの鈴を持ってきて少女を喜ばせてやった。
少女は鈴を鳴らすのに尾っぽを地面に叩きつけることだけは二度としなくなった。




