第47話 貴婦人と世間話をする幼ナーガ
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エルシィが街を出て数日後のことである。
少女らはその日の務めを終えて沼へと帰る所だった。
陽は沈みかけて辺りは薄暗い。そこここで明かりが灯っている。人通りは少ない。
少女は袖の短い白のワンピース姿である。ここ数日は陽射しのきつくない天気が続いているので、初めて自分で選んだこの服で日中を過ごすことが多かった。
少女の隣には金髪の少年もいる。
彼は黒竜の件があってから言いつけを破り無断で孤児院を抜け出した罰も兼ねて静養させられていたのだが、ようやくその期間を終え朝から少女らにくっついてきていた。
黒竜を討伐する折に受けた傷は軽かったので二人ともすっかりよくなっていた。
「今日はいつもより道が空いてるみたいだね。なんだか気分がいいや」
少年は言いながら道の真ん中で晴れ晴れと腕を広げたりしている。彼らを見かけた人々は少女の隣で元気な子犬の如く暢気そうにとことこ歩いている少年が危うく彼女に絞め殺されかかった当人だとは夢にも思うまい。
前方の曲がり角から若い男が出てきた。こちらに気付かず道を横切ってゆこうとする。
いつもの慣習で少女が挨拶をしようとずるずる這ってゆくと、男は少女に気付くなり頬を引き攣らせた。
「ひっ」
男は甲高く短い悲鳴を上げて走り去ってしまった。
「どっか行っちゃった」
少女は呆然と男を見送りぽつりと呟いた。
少女らの通る道に人が少ないのは偶然ではなかった。
住人の多くは少女に気付くと別の通路に入って迂回しようとしたり、露骨に警戒しながら道の端をそそくさと歩いて行ったりする。彼女が挨拶に声をかける間もない。
少女が事件を起こしてから市民の態度は彼女が街へやってきた当初の頃に逆戻りしつつあった。
「こんばんは、セレンちゃん」
少女の後ろから声をかけてきたのは濡れ羽色の上着を羽織った貴婦人だった。
まだ黒竜の一件が起こる前に少女が初めて声をかけた女性だ。
「あ……こんばんは」
「皆ひどいものね。こんなに人見知りする子が自分から人を襲うなんてあるはずないのに、噂ばかり鵜呑みにして。怖がってばかりで恥ずかしくないのかしら」
貴婦人は腹立たしそうに文句を吐いた。彼女も直前の一部始終を目撃していたらしい。少女は彼女と何度か挨拶を繰り返すうちに顔を合わせれば簡単な会話くらいはできる仲になっていた。
「わたし、怖がられてるの?」
「え?」
少女は綺麗な瞳を丸くして不思議そうに問いかけた。
少女にしてみれば自分の心臓はいつだって人間達の掌の上にあるようなものである。それに常から共にいる少年やエルシィは彼女を怖がらないから、人間が少女を恐れているなどという考えは思いも寄らなかったらしい。
「そ、そうみたいね」
貴婦人は思わぬところで失言をしてしまったという顔で気まずそうに返す。知らずに済んだかもしれない悲しい現実を少女に突きつけた罪悪感に苛まれているようだ。
そんな貴婦人に少女は質問を重ねる。
「わたしが、人間に懐かれるようにしないと殺されちゃうのも、怖がられてるからなの?」
「殺されるなんて、そんなこと言わないで。皆あなたをよく知らないだけよ。わたしはセレンちゃんのことを怖がったりしないわ」
貴婦人は不憫そうに慰めの言葉をかけた。すると少女は口元を緩めてほっこりとした顔を見せたので、彼女も安心して胸を撫でおろす。
「夜は暗いから気を付けてね」
貴婦人は膝を折って優しい声で言うと歩み去ってゆく。
幸いなことに今も少女を遠ざけないで接してくれる人もいる。
石運び現場の仕事人や、少女が挨拶を繰り返して交流を築いた人達だ。少女はあまり人間に慣れていなかったが、外見以上に幼く見えるおどおどした振舞いがむしろ親しみやすさに繋がっているらしい。




