第44話 エルシィが目撃したもの
昼下がり、エルシィは馬車に揺られながら三十日ぶりに街へ戻ってくる道中だった。
孤児院で世話をしている子ども達の一人に親類が見つかったのだ。
エルシィがその子を親類の元まで送り届けにゆくことになったのだが、その子は遠く離れた国の出身であったから、彼女は長らく街を空けることになった。孤児院では故あって母国を異にする子も珍しくはない。
道中はそれなりに危険も多く、子どもの為ならと進んで危ない役回りでも引き受けるエルシィは実のところその領分でだけなら街の市長でも彼女の言葉に耳を貸さざるを得ないような発言権がある。
竜人達がこの街を訪れた折にはその立場を生かしてどうにかこうにか交渉の場を設けさせた訳だが、そういう裏の話は彼らには内緒なのだった。
出発の時には多くの子ども達が寂しがっていたから、彼女が戻れば皆大喜びで歓迎してくれるだろう。だがエルシィの顔色はどこか鬱々としている。
彼女の頭には蛇尾族の少女のことがあった。
数十日前、少女が孤児院の少年を傷つけてしまった事件は市中を大いに騒がせた。一時はどうなることかと思われたが、驚くべきことに子ども二人だけで役人から命じられた黒竜討伐という難題を成し遂げてしまったことで事態は強引に収束へと向かった。
少年が少女の任を手助けしたことについては是非を問うこととなったが、元となった騒動の被害者が自らの希望で行ったものであるということ、少年が幼くまともに剣も振るえない一般人であったことから特別に容認された。
少女に課せられた罪は不問となり、元の生活に戻ることを許された。
かくして騒動は落着した。
しかし此度の出来事は少女の将来にとって大きな負債となるだろう。
少女が人間の子どもを傷つけた事件は、事の仔細を置き去りにして市中へ広く知れ渡るところとなった。
加えて少女が黒竜討伐の任務を達成したという報は、彼女の幼くひ弱そうな姿に見かけ以上の力が秘められていることを証明し、市民の不安を一段と煽る結果に繋がった。
魔物が街を歩くことに慣れ始めていた住人も再び警戒を強めた。
懸念されるのは投票への影響である。
投票で敗れれば少女を待つのは拷問と処刑。
そうなれば結局は無残な末路を先延ばしにしただけということになる。
少女の前途は多難である。
「――――――ご婦人。ご婦人、街についておりますよ」
「あ、すみません。考えごとをしていたもので」
エルシィは壮年の御者に呼びかけられて少し気恥ずかしくなりながら馬車を降りる。
長旅から帰って来た彼女はベージュの上着を羽織っており、片手には大きめの籠を提げている。院の子ども達への手土産だ。
彼女が街を出たのは少女らの黒竜討伐から数日後だった。竜人は人類の常識に欠けるし、勇者は多少見直しつつあるものの頭がおかしい変質者には変わりない。カイは少女と親しげにしていたけれどもまだ子どもである。
少女と彼らだけを街に残してゆくのは心配だった。
残された日数はあと四十五日。
エルシィは自分のいない間に何も問題が起きていないことを祈りつつ歩きだす。
空はよく晴れて絶好の散歩日和だ。久々の街並みに懐かしくなる。
街の広場を通りかかった。
時折市長が演説をしたり、立ち寄った旅芸人や踊り子が見世物を披露したりする場だ。
今もざわざわと人だかりができており、辺りは異様な熱気に包まれている。これだけ多くの市民が集まるのも珍しい。エルシィのいる広場の端からでは様子が分からない。
一体何事だろうと思って彼女は人ごみを掻き分けてみた。
やがて中心にあるものが見えてきた。
彼女は口をあんぐり開けて固まってしまった。
提げていた籠の落ちる音があった。




