第41話 帰ってきた幼ナーガ
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「リアムよ。其方の言葉、誠に信用してよいのだろうな?」
「焦るなよ竜人君。何度も説明してるだろう? 役人殿の依頼だからね。あの子は俺の仲間がきちんと見守ってる。まあ、本旨は逃走を防ぐ為の監視な訳だが、万が一のことがあればあいつらがどうにかする。元は俺の所へ来た仕事なんだ、責任は最後まで持つさ」
竜人と勇者、エルシィが少女の出立した森の入り口へと赴いて既に長い時間が経過していた。
空は藍色に染まり始め、空気がひんやりしてきている。
彼らから少し離れた所で街の衛兵達が待機している。
昼間、少女が黒竜退治に向かわせられたことを聞いた竜人はすぐにでも山へ向かおうとしたのだが、勇者が慌てて押しとどめた。
少女を助ければシルトにはいられなくなる。わずかでも穏便に事が運ぶ可能性が残されているなら様子を見るべきだと説得した。
そんな主張で納得する竜人ではないが、こっそり少女の監視に駆り出された見張り役は勇者の仲間のみであるから、少女の命に危険が及んだ時はいくらでも手の打ちようがあると聞いて渋々堪えることに決めた訳である。
「カイ、本当にセレンちゃんを追いかけていったのかしら」
腕を組みやきもきしながら少女の帰りを待つ竜人と、余裕そうな勇者の傍らでエプロン姿のエルシィが心配そうに呟く。
金髪の少年は夜の地で体を癒し竜人らの頼みを快諾して監視官庁へ嘆願を届けた後、念の為に孤児院の寝室で安静にさせられていた。
それが目を離している隙にいつの間にかいなくなっていたものだから大人達は大騒ぎである。
街中を探しても見つからず途方に暮れていたところで、外見の一致する少年が北の森へ向かっていくのを見かけた人がいるというのを聞き、ひょっとすると蛇尾族の少女を追いかけていったのかもしれないという結論になったのである。
「あ!」
エルシィが森の向こうからやってくる人影に気付いて声を上げる。
埒の飽かぬ問答を繰り返していた竜人と勇者がばっと振り向く。
蛇尾族の少女と金髪の少年だ。
少年は半裸で少女を背負っていた。少女の尾は少年の腰の辺りに巻き付いている。
「ガレディア」
赤い鱗の巨躯を認めた少女は瞳を大きくして懐かしそうに呼ぶと、少年の背を降りてするすると寄っていく。
竜人の体にぴっとり抱き着いて腰の辺りに顔を埋める。竜人が少女の背を抱いてやると、彼女は背中を震わせて小さく嗚咽を漏らし始めた。
少女はこの一日で惨たらしい拷問に晒されかけ、恐ろしい竜の巣窟へ追い立てられ、苦しくて痛い思いもした。
不安と恐怖の中で生き残るために無理矢理に我慢していたものが溢れ出してしまったようだった。
竜人は穏やかな声で語りかける。
「セレンよ。窮地に傍にいてやれなくてすまぬ。だがよくぞ戻った。今は好きなだけ泣くがよい。俺はその身の奏でるいかなる調べも賞賛しよう」
少女は何も言わずに竜人の衣をぎゅっと握りしめて啜り泣く。
その傍らでエルシィは空恐ろしい形相を浮かべながら少年に詰め寄った。
「カイ! 今まで何やってたの!?」
彼女が少年の肩をぎりぎり掴んで問いかけると、彼は鼻息も荒く答えた。
「聞いてよエルシィ! 僕、セレンちゃんと竜退治してきたんだ!」
「竜退治って、もしかして本当に……というかあなた、どうして裸なの? それになんか濡れて……もしかして、泳げないのに水に飛び込んだんじゃないでしょうね!? 一昨日溺れて死にかけたばかりなのよ!」
「溺れそうになったら、またセレンちゃんが引っ張り上げるって言ってくれたから」
少年はうっすら頬を染めて語る。
エルシィはいくら叱っても全く暢気そうな少年の姿に呆れて溜息を吐いてしまう。少年の体を強く抱きしめて、柔らかい金髪の頭頂に掌を乗せると、上ずった声で言った。
「あんまり心配をかけるようなことばかりしないで。あなたは普段からやんちゃする子じゃないから、突然いなくなったらびっくりするでしょう?」
さすがに少年も少し反省したらしい。眉を下げて申し訳なさげに詫びる。
「ごめんよエルシィ。でも僕、セレンちゃんの力になりたくて。本当だよ」
少年の言葉を聞いた彼女は、彼の太股に巻かれた布にちらりと目をやって言う。
「あなたが嘘をついていないことは目を見れば分かるわ。怪我までして、あの子の為によく頑張ってくれたね」
エルシィが少年の頭を撫でて優しく微笑むと、彼はふくふくと嬉しそうにした。
勇者は傍らに降り立った黒衣の仲間に仔細の報告を受けながら彼らの様子を穏やかに見守るのであった。




