第32話 人間の友達ができる幼ナーガ
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「はあ……はあ……はあ。ここまでくれば、きっと大丈夫」
少年は草の上に座り込んでぜえぜえ息を吐きながら腫れかけた頬を押さえている。
少女も多少落ち着いたらしく、少年の隣でじっとしている。
二人は薄暗い森の中まで後退してきた。
どうやら黒竜は少女の悲鳴を聞きつけ縄張りの岩山を荒らされたと思って襲ってきたらしい。
山を下りようとする二人を執拗に追いかけて来ることはなかった。
呼吸が整ってくると、少年は後ろめたそうな顔で少女に謝った。
「さっきは、怖がらせてごめん。でも僕、あんまりいろんなことができるわけじゃないけど、セレンちゃんに頼りにしてほしかっただけなんだ」
「カイ、足」
少女は少年の足を見つめて心細げな声を出した。
「え?」
少年が視線を辿ると、彼の左足、太股の辺りに火傷をして肌の露出している所があった。少女を突き飛ばした時に炎を避けきれなかったようだ。
逃げるのに夢中で気付かなったらしい。
「これくらい平気だよ! 川で溺れて死にかけるのに比べたらなんてことない!」
「でも、わたしのせいで」
「僕、怒ってないよ! 川でのことも。セレンちゃんが引っ張りあげてくれなかったら、あのまま死んじゃったかもしれないし。それにあの時、うっすら意識があって、なんていうか、柔らかかったっていうか、その」
少年は頬を真っ赤にしてもごもご言いあぐねた。
「と、とにかく、助けてくれてありがとう! 役人さんに、セレンちゃんに酷いことをしないようにお願いしたのは赤い鱗の人に頼まれたのもあるんだけど、そうでなくても、セレンちゃんの為なら何でもしてあげる!」
「……ほんとうに、怒ってないの?」
少年の言葉を聞いた少女は不思議そうに尋ねる。
「本当だよ! だから、僕、セレンちゃんのことが…………セレンちゃんと、セレンちゃんと、えーっと、あの、そう! 友達! 友達になりたいんだ!」
少年はにっこり微笑んで片手を出した。
「友達?」
「うん!」
少女を真っ直ぐ見つめる優しい眼差しに陰りは無かった。
少女は彼のことを信頼してもいいような気がした。
少年の求めに応えて片手を伸ばしかけて、それがどうにも恐ろしいらしくやっぱり引っ込めてしまうと、代りに尻尾の先をずるりと持ち上げた。少年が少女の尻尾を握ったら、少女も尻尾の先を彼の手首に絡めた。
少女は犬歯の覗く唇を緩めて淡く微笑んだ。
少年は困った顔で言った。
「でもどうしよう。剣、置いてきちゃった」
目の前の脅威から助かったものの状況は何も好転していない。
山に戻っても剣がまだあの場にあるか分からない。
金品を狙う黒竜が持ち去ってしまった可能性もあるし、そもそも剣があった所で少年に役立てられるものかどうか疑わしい。
しかし少女だってもう怯えているばかりではない。
たとえ竜人のように絶対の強者でなくとも、安心できる者が傍にいてくれることが心強かった。
狼に狩られる兎のような心地だった彼女の胸に勇気が湧いてくる。
「カイ」
「ん?」
少女は瑠璃色の眼に決然とした光を宿して少年に問いかける。
「わたし、考えてみる。手伝ってくれる?」
「もちろん! 何でも言って!」
少年は頼もしく応じた。
少女はかつてない熱を帯びて懸命に頭を巡らせる。




