第30話 男の子に尻尾を踏んづけられる幼ナーガ
「ねえ、セレンちゃん。この森って暗くて不気味だけど、わりと人が来るんだよ。そこら辺でぷらぷらしてる蔓がね、籠とか作るのに使えるんだ。時々エルシィの手伝いで取りに来るよ」
少年は前を行く少女の背に向かって聞かれてもいないことをぺらぺら喋る。
ずっと剣先を地につけたまま引き摺ってゆくから、二人の後には歩いた軌跡を辿るように土色の線が残されてゆく。
「ねぇ、僕を夜の地に運んでくれた赤い鱗の人って、セレンちゃんのお父さん?」
少年が尋ねて来るから少女は首を横に振って否定する。
「セレンちゃんのお父さんとお母さん、一緒に来てないの?」
少女は首を縦に振る。
「どうして?」
「……もう、いないから」
少女の声音が自然と暗いものになるけれど、少年は変わらない調子で話を続ける。
「そうなんだ。僕と同じだね」
少女は少しだけ驚いて、問い返す。
「そうなの?」
「うん。僕、戦争してる遠い国で生まれたらしいんだけど、お父さんとお母さんは僕が生まれたばっかりの時に死んじゃったんだって。夜の地に近いこの国をわざわざ攻めて来る国はないし、魔族との戦争もずっとないから、ここの孤児院に預けられることになったって、エルシィが言ってた」
少年はただなんとなく話の流れで身の上話になったような軽い口振りでそんなことを告白した。
「……寂しくないの?」
「だって、顔も覚えてないし……それに、家族ならエルシィ達がいるから気にならないよ」
自然に語られる言葉は彼の日常が未だ何者をも失っていないことを証明していた。
「怪我、もういいの?」
少女はふと気になって、前を向いたまま尋ねてみた。いくら人間が苦手でも少女にだって多少の罪悪感はある。
それに、少年の嘆願が無ければ今頃無残な姿で市中に晒されていたかもしれない。
少年は一際元気そうな声を出した。
「全然平気だよ! 夜の地の魔物って怖いばっかりだと思ってたけど、凄いんだね。川に落っこちた時は死ぬかと思ったのに、目が覚めたらどこも苦しく無くてびっくりしちゃった! だから頼りにしてよ」
少女は聞きながら役人の言葉を思い出していた。
「……でも、怖い人が、誰かに手伝ってもらったらだめって言ってたよ」
「気にすることないよ。だって、僕みたいな子どもが一人増えたくらいで誰が文句を付けるっていうの? あ、これは僕がなんにも役に立たないってことじゃなくて、なんていうか、その――――――」
少年は自分の言葉に言い訳を重ねながら段々しどろもどろになってゆく。
そのうち気まずそうに口を閉ざしてしまった。黙ったまま少女の後ろをくっついてくるので、少女も気にせず先を進む。
森を抜けて視界が開けた。
眼前には険しい岩山が聳えている。
登るのはきつそうだが、標高はそれほど高くない。
少女でも水分補給と休息をこまめに繰り返して挑めば頂上に辿り着く前に疲れ果ててしまうことはなさそうである。
二人は黄土色の硬い土を踏みしめて山を登り始める。
辺りには葉の少ない木々がまばらに見え、地面や岩壁の所々から鋭く尖った岩が突き出している。
上方を見上げれば植物はほとんど見受けられず、ごろごろした大岩が沢山転がっている。何かの拍子にあれが落ちてきたらと想像するだけでも少女は身震いしそうだ。
黒竜と対峙する時が近づくに連れて少女の尻尾は重くなる。
彼女はわずかな期待を込めて少年に振り返った。
「えっと、カイ、剣、使えるの?」
ずっと黙していた少年は話しかけられてぱっと顔色を華やかにした。
「きっとうまくやって見せるよ!」
少年は煌く剣を高々持ち上げてよろよろ振り回して見せた。
それをじっと見つめる少女の視線を浴びながら格好の付かないことに気付いたのか、力を込めて勢いよく振り抜きながらぼそっと一言、
「さ、触るのは初めてなんだけど……あっ」
勢い余って剣に引っ張られた少年の体が体勢を崩しそうになる。
危うく転倒しかけるのをどうにか堪えたところで、すっかり伸びきってしまった両腕では長剣の重みを支えきれずに刀身が落ちてゆく。
その先にはちょこんと少女の尻尾の先があった。
「わあっ!」
少女は慌てて尻尾を横に滑らせる。
鋭い刃が大地を抉ってくっきり跡を残す。
「あ、うんと、剣てこんなに重たいんだね」
少年はたらたら冷汗を流しながら宣った。
少女は唇を引き結んでわなわな肩を震わせると、逃げるように前へ向き直って急ぎ足で山を登っていってしまう。
置いて行かれそうになった少年は身に余る長剣を引きずりながらおたおた少女の背を追いかける。
「ご、ごめん! セレンちゃん、悪気はなくて」
言いながら、少年の足がぎゅむっと弾力のある何かを踏んだ。
少女の小さな背中がびっくんとのけ反る。少年がゆっくり見下ろすと、彼が靴の裏で思い切り踏んづけていたのは少女の尻尾だった。
「あ」




