第28話 その選択は希望か絶望か?
その時、ごおん、ごおん、と、重厚な鉄扉を叩く音が響いた。
傾けられてゆく盥の動きが止まる。
役人がそちらに足を向ける。
少女の胸に期待が溢れる。
きっと竜人が戻ってきたのだ。
少女はそう信じて、鉄の扉を穴が空くほどじっと見つめる。
役人が分厚い鉄扉を引いた。
明るい光が差し込む。
少女は目を瞠った。
扉の向こうにいたのは、兵服に身を包んだ衛兵だった。
少女は絶望した。
自分は助からないのだと悟った。
衛兵は役人に何かを伝えると去っていった。
鉄の扉が閉じられる。
薄闇が戻る。
役人が少女の方へ戻ってくる。
灰色衣の人間が再び盥を傾けてゆく。
少女は全てを諦めて両の瞳から涙を零した。
役人は灰色衣の人々に告げた。
「器具を置くがよい」
彼らが驚いたように役人へ振りむく。
少女の口に入れられていた漏斗の足が引き抜かれる。少女は喉の奥が気持ち悪くてげほげほと咳き込む。漏斗や盥、鎚が台の上に戻される。
少女は困惑する。
「貴様が襲った少年から嘆願があった。貴様に処罰を与えることを踏み止まってほしいとのことだ」
「え?」
「貴様の仲間が夜の地の魔術師に力を借りて少年を治癒したらしい」
竜人が夜の地へ戻ったのはこの為だった。少女の知る由もないことだが、彼らが夜の地へ向かう際、街より借りた馬が人の地とは異なる土地に怯えてしまって思い通りに走らなかった。
そのせいで帰還が大幅に遅れたのだった。
「少年自身の嘆願であれば無視することはできぬ。しかし王国の立場もある。よって、特別に機会を与えよう」
まだ安心はできないが成す術もなく拷問にかけられることだけは回避した。未だ無防備な姿で寝台の上に拘束されているというのに、少女の胸に喜びの波が押し寄せる。全身を苛んでいた震えがひいてゆく。
役人は問う。
「実験か、兵役か、選ぶがよい」
「へーえき?」
少女は耳慣れない言葉に問い返す。
「王国兵の代理として戦ってもらう。とは言っても、戦争などの大きな争いはない。害獣を駆除してもらう。これは貴様に課せられる制裁という名目であるから、仲間の魔物などの助けを借りることは認めぬ」
「実験て、なにするの?」
「王国では最近、対魔物用の新しい毒薬を開発した。近年は夜の地との戦争を行っていない。捕虜もないから効果の程が検証できぬ。貴様には毒薬の効能を試す被検体になってもらう」
「……それって、飲んだらどうなるの?」
少女はこわごわと尋ねてみる。
「数秒で心臓が止まり死に至るはずである」
血色のよくなりかけていた少女の顔色が再び蒼ざめてゆく。
「案ずるな。致死量は飲ませぬ。貴様には希釈した溶液を試すのみである。頭痛、吐き気、眩暈、倦怠感、視野の狭窄、動悸、呼吸困難、異常発汗、発熱、全身の痙攣・麻痺、吐血などの症状に見舞われる程度で済むはずだ。ただ、貴様は未だ成体に至らぬ。運が悪ければ絶命するだろう」
少女の顔面はすっかり先程の青白さを取り戻した。
役人は今一度尋ねる。
「実験か、兵役か、選ぶがよい。どちらかの役目を負えば此度の件は不問に伏そう」
少女に選択の余地などなかった。
「へ、へーえき。へーえきにする」
少女は役人を見上げながらたどたどしい発音で答える。
運次第で生死が決まってしまうなど少女には耐えられない。たとえ命が助かってもきっと苦しいに違いない。もう一つの選択肢を顧みるまでもなく実験だけは避けねばならないと少女は思った。
「よかろう。貴様は一度限りの王国代理兵だ。丁度昨日のこと、勇者殿のお仲間が街を襲撃しては金品を攫っていた害獣の巣を突き止めた。これよりそこへ出向いてもらう」
聞き覚えのある内容に少女は不吉な予感を覚えたが、もう遅かった。
そして役人は命じる。
「西の岩山に棲みついた黒竜を討伐せよ」
「え」
少女の形相が戦慄に凍りついた。
果たしてセレンちゃんは生き残ることができるのか!?
次章、黒竜 VS 幼ナーガに続く!!




