第27話 絶望する幼ナーガ
少女の命運は最早絶望的だった。
しかし少女はまだ全てを諦めてはいない。
竜人はきっと戻って来る。
その思いだけを心の頼りに硬い寝台の上で涙を我慢する。
部屋で器具を整理していた灰色衣の人々は、役人の言葉を受けて台の上にあった布を寝台の足元に敷き詰めてゆく。
少女の位置からは彼らが何をやっているのかまるで見えない。得体のしれない彼らの行動にぞっと身を竦ませながら少女は問いかける。
「な、なにするの?」
灰色衣の人々は反応もなく坦々と作業を続ける。
答えたのは役人だった。
「寝台の足元に布を敷いているのだ。水びたしになるからな」
「え?」
「これからそこにある漏斗の注ぎ口を貴様の口に突き入れる。それから盥の水を漏斗に流し込む。腹が破裂する寸前まで貴様が水を呑んだら、鉄の鎚で貴様の腹を殴る。水を全て吐き出させたら、もう一度水を呑ませて殴る。貴様が溺れ死ぬ寸前まで繰り返す。川で溺れた少年に更なる苦痛を与えた報いである。聞くところによれば蛇尾族というのは蛇のように腹が伸縮するらしいな。その腹がいかように膨らむものか見ものである」
役人は少女の白く柔らかい腹を見下ろした。
役人の発言は暗記してきたかのようにすらすらと機械的である。
「ここまでは貴様を弱らせて気力を削ぐ為の下準備である。続きを聞きたいかね?」
少女は既に心臓が冷たくなってゆくような恐怖に囚われて何も返せなかった。
少女の形相を見れば望んでいないことは明白なのに役人はなおも続きを語るつもりでいるらしい。
「平たい鋏を用いて貴様の爪を剥がす」
少女の体が「爪」という言葉に反応してびくんと震えた。
「両手の爪を一枚ずつ丹念に剥がしてゆく。全て爪を剥がしてしまったら次は鱗を剥がす。鱗を剥がすのは爪のようにいかぬ故、尖った錐の先を鱗の隙間に突き入れて浮かせてから、爪と同様平たい鋏で引き抜く。途中で泣き叫んだり抵抗したりすれば苦痛が増すので覚えておくように」
役人は少女を安心させようとでもしているかのように次の言葉を放つ。
「それほど怯えずともよい。嘘偽りなく問いかけに応じれば爪は剥がさぬ。水の苦痛を耐え抜けば後は貴様の態度次第ですぐ楽になれる」
だが、続いて語られる仕打ちは少女にとって全く慰めにならないものだった。
「尋問が済めば貴様は市内の広場で磔にされ、鉄の杭で胸を貫かれて処刑される。貴様の体は丸一日大衆の目に晒したまま放置される。魔物の体は屈強故、翌日になっても運悪く生きて苦しんでいた時は首を跳ねる。せめてもの温情である」
役人は一切の淀みなく淡々と話し終える。
役人の言葉は徒に続く苦痛と早急な死のどちらがよいかと問うているようなものだった。
少女の顔色は死人のように青い。
「わたし……わたし……わざとじゃないよ」
少女は精一杯の努力で掠れた声を絞り出す。
それは言葉足らずの主張だったが、役人は意味を解したらしい。
「水の罰を受けて爪と鱗を失っても同じ言葉を繰り返したなら認めよう。しかし害意の有無は王国にとって些末な問題である。いかなる経緯にせよ王国領内で受け入れてしまった魔物が人間を傷つけたという事実は重大である」
灰色衣の人々が布を敷き終えたらしい。
台の上で山積みになっていた布がほとんど消えている。
彼らのうちの一人が大きな漏斗を持ち上げる。注ぎ口はまるで喇叭のようである。もう一人が水の入った盥を両手に抱える。
更に別な一人は鎚を携えた。
「なんで、こんな、こんなに、するの?」
少女は目尻に涙を溜めながら途切れ途切れに尋ねる。
「この一事に王国の存亡が左右される可能性がある為である。魔物を擁護し、万が一にも他国から王国が夜の地に寝返ったとみなされれば、外交関係に致命的な亀裂をもたらし、諸国に様々の制裁を受け、国の破綻を来す恐れがある。夜の地に我々の警戒を軽んじられる結果となっても我々は無視できぬ暗雲を抱えることになる」
役人は表情、声色、仕草を一切変化させずに感情の稀薄な言葉を紡ぎ続ける。
「王国はいつ何時も秩序を維持する為に最善を尽くさねばならぬ。ことここにおいて、我らの最善の選択肢は誓約を破った魔物に考え得る限りの制裁を下すこととなる。他に疑問は?」
役人は問いかける。
少女はもう何も言えない。
役人は顔を上げて灰色衣の人々に命ずる。
「では水の罰を」
これを合図として少女の口元へ大きな漏斗が近付けられてゆく。
鉄輪で首を拘束されている少女は顔の上に迫る漏斗を見つめながら唇をぎゅっと引き結ぶ。
しかし漏斗の足の先、注いだ水の流れ出る部分は斜めに切れて鋭い。
強引に押し込まれたら唇が裂けてしまう。
少女は恐る恐る小さく口を開く。漏斗の足が少女の口内に入る。ひんやりした足の先端が喉の奥に当たって少女はえずいてしまいそうになる。
瑠璃色の瞳に水のたっぷり入った盥が映る。少しずつ漏斗の注ぎ口に傾けられてゆく。少女の心臓が鼓動を速くする。
無理矢理に大量の水を呑まされる苦しみを覚悟して、少女は強く目を瞑った。




