第22話 いつも腹ぺこだけど頑張る幼ナーガ
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「嬢ちゃん、お疲れさん。今日はもう上がっていいぞ。ちっこい体で怠けもせずに頑張ってるさまぁ見てると俺らも精が出るってもんだぜ」
空がわずかに赤みを帯び始める頃、石運び現場の親方は快活な声で石材を抱える少女に労いの言葉をかける。
親方はつるつると煌く丸刈りの頭と岩の塊みたいな筋骨隆々とした体躯がいかめしく、少女に夜の地で見たゴーレムを彷彿とさせるものがあった。
「はっはっは。そうであろうそうであろう!」
「あんたの働きにも助かってるぜ、竜人の旦那。始めはとんでもねぇのが来たもんだと思ったが、真面目に働いてくれりゃあこちとら文句はねえってな!」
顔が怖い親方に委縮する少女の隣で得意げな竜人にも彼は長年の同僚に対するような口振りだ。
建築補修中の工事現場はもう一息で片が付きそうに見える。少女の担当分はまだ少し残っていたが、二人は親方の計らいを素直に受け取って帰途に就く。
竜人と少女は毎日あくせくと働いていた。
魚捕りと石運びを坦々とこなすだけで先の投票を生き残れるものか少女は心配だったが、滑り出しは好調のようだ。
どう考えても身の丈に合わない石運び現場で少女は意外に受け入れられていた。働きは微々たるものだったが、少女が一生懸命に石材を抱えて運ぶ姿は界隈の男達の心を少なからず揺り動かしたようである。
魚を狩る務めも漁獲量を上げつつある。泥水とは違って見晴らしの良い綺麗な水の中では獲物にも逃げられやすく、体力を消耗する泳力勝負での狩りになりがちだったのだが、繰り返すうちにコツを掴んできたらしい。
何より彼女の漁獲技術は漁師達の間で評判となり、街の噂にまでなっていた。
投票日まで安心はできないが、二人は一先ず大事なく日常生活を送った。
ただ、竜人は少女の身を案じていた。
街暮らしは少女にとって大きなストレスの元になっているようだった。人間のいる慣れない土地で暮らすというだけでも負担は大きい。
川の水の綺麗なことも心労の一因である。泳いでいる姿が地上から分かるのがどうにも居心地悪いらしい。
少女の一番の悩みは空腹である。毎日の食料は少女にしてみれば全然足らないし、エルシィが時折ご馳走してくれる魚料理を合わせても満たされない。
勇者は立場上あまり少女らに贔屓することができない。
少女がやせ細ってしまうようなことはない。食事の量は多くないけれども生きていかれなくなる程ではない。
問題は食習慣の方である。
蛇尾族は一度にお腹一杯に食べ物を詰め込んで数日間休眠する生き物であるから、栄養の総量が足りていてもちびちび食べるばかりではずっと腹の底が空っぽでいるような空腹感に苛まれる。
そんなこんなで少女は日に日に元気が無くなってゆくようなのであった。
少女らが街にやってきた十日目の夕暮れである。
竜人と少女は石材運びを終えて、一度草原の川で汗を流してから仮住まいに帰って来た。少女は荷運びを終えるといつも汗で体がべとべとだし、一方で人間に比べると発汗量が少なくて体を冷ますのに時間がかかるから丁度よかった。
少女は食事の時間まで布の上にぐでっと横になる。
その間に竜人は水に流れてしまった保湿液を少女の体に薄く塗り直してやる。
白い衣に着替えた少女は再び横になって、壁際で胡坐をかく竜人に尋ねる。
「ガレディア、ご飯の時間はまだかな?」
「まだ空は茜色に染まり切っていないからな。もうしばらくの辛抱だ」
「そっか」
少女は同じ問を四度繰り返した。
五度目を迎える前にパンとスープがやってきた。
少女は椅子に座ってパンを小さく齧ると、長い間噛み続けた。一口ごとにそれを繰り返して、スープまで平らげてしまう頃には外は真っ暗である。そうして満たされない顔でお腹を抱える。
竜人は少女を労わるように言葉をかける。
「セレンよ。空腹そうな姿も儚げで良い。しかしあまり無理を続けると体に障るかもしれぬ。荷運びは俺だけでも足りる。其方の義務を免除できぬものか相談してもよいのだぞ?」
少女は首を振る。
「ううん。頑張る」
それは痩せ我慢の言葉だったが、少女も必死なのである。なにせ日々の暮らしぶりに命がかかっている。重たい石を運び続けるのは辛い気もする。しかしそれで多少なりとも人間達が好意を注いでくれることを彼女はきちんと理解している。
竜人は少女を心の底から信じているので投票のことはあまり気にしていない。
しかし少女は九十日後に行われる投票のことを思うと身が竦みそうである。一見平和そうに見える日々こそが生死を分ける戦いなのだ。
だから少女は毎日の生活がいくら辛かろうと生き残るために我慢するつもりだ。
少女は空腹で脱力感に苛まれる体に鞭を打って椅子から立ち上がる。
「あ」
――――――少女の体から何かがぽろりと落ちた。




