第21話 幼ナーガ歓迎会
エルシィは衛兵が夕飯を持ってきた頃に戻った。
食事を運ぶ衛兵と同じく布の被さった盆のようなものを抱えている。
椅子に尾っぽを乗っけてスープとパンに手を付けようとしていた少女は香りが増えたことに気付いて期待の色を浮かべる。
「それ、食べ物?」
「そうよ」
エルシィは母親のようににっこり笑う。
彼女が盆を机において布を取り去ると、二つの皿の上にほかほか湯気を立てて焼き魚が乗っていた。塩気を含んだ香りが少女の鼻孔を大いに刺激する。
「一日遅れになったけど、シルトの街へようこそ! 初めてのお仕事を頑張ったお祝いよ」
少女は嬉しそうな顔をすると、先にパンとスープを平らげた。いつものように皿ごと口元に運んで丸呑みにすると、エルシィは仰天している。
少女はそんな彼女の反応に気付くこともなく焼き魚の皿を示して尋ねる。
「これ、お魚?」
「え、ええ。セレンちゃんが川で捕ってきたのと同じ種類よ。塩をかけて焼いたの。簡単な料理だけどシルトでは名物なの」
エルシィが丁寧に説明する。
「こやつは魚が好物だが、生魚しか食したことがないからなあ。火にかけて色味の変じた魚は一見してよく分からぬのだ」
竜人は焼いた魚をまじまじと眺める少女を見て面白そうである。
そうしながら、カップの水に何か粉っぽいものを注いでいる。
「ガレディアさん、それ、何ですか?」
気付いたエルシィが問うと、竜人は注いだ粉が浮いた水を口に含みながら言う。
「削って砕いた爪である」
「爪…………爪って」
エルシィはひどく反応に困る顔をしたが、すぐに取り繕うような言葉を紡ぐ。
「ガ、ガレディアさんの種族にはそんな風習があるんですか?」
「ふむ。竜人種の習慣という訳でもないが、まあ、そのようなものだと思っておいてくれ」
言いながら、竜人はカップを握らない方の自身の手の甲を眺めている。
釣られてエルシィが目をやると、大きな竜人の手に微かな異変が現れた。
赤い光沢を放つ鱗で覆われた甲に、塗料を垂らしたように小さく銀色が広がる。
色彩の変じた所は指先くらいの広さだったが、竜人の爪と似た輝きを放っている。
銀の輝きはぴきぴきと音を立て形を変じ赤い手の甲より伸びる小さな棘となった。
エルシィが不思議そうにその様を見ていると、竜人はもう片方の手でぱんと叩いて銀の棘を砕いた。握った拳の中で欠片をごりごり磨り潰して、カップの水に注ぐとそのまま飲み干してしまう。
何か問いかけてみたくなったエルシィの視界の端に、両手を伸ばしてお皿を抱えようとする少女の姿が映った。
「ちょっと待って!」
料理を丸呑みにする寸前の少女をエルシィは慌てて引き留める。
「なに?」
「よく噛んで食べよう。その方が味もよく分かるし、沢山食べたような気がするでしょう?」
「わかった」
少女はエルシィが手渡してくれた二本のフォークをグーで握ると、覚束ない手付きで焼き魚を真ん中から二つに分けた。
てかてかと脂が乗ってぷりぷりした白身が露わになる。
半分に分けたうちの片方にフォークを突き立てて、骨も抜かずに丸々口の中に突っ込む。少女は頬っぺたをリスのように膨らませてむしゃむしゃする。
隣では竜人が同じようにして焼き魚を食しており、ばりばり骨をかみ砕く音が響いている。
「おいしい」
少女は頬を膨れさせたまま曖昧な発音で感想を述べた。
「セレンちゃんのお口に合って良かったわ」
この日から少女はよく噛んでご飯を食べるようになった。
これ以後エルシィが爪の謎を問う機会は終ぞ訪れなかった。




