第20話 マーメイドに興味津々な幼ナーガ
いつの間にか、遠くの方で漁をやっていた船の人々が手を止めて口をあんぐり開けながらこちらを見ている。
少女は彼らの視線に気付くこともなく胸元に手を当てながらはあはあ喘いで息苦しそうである。
さすがに疲労が溜まってきたらしい。
「セレン! もうよい。網は満たされた」
少女は首の動きだけで頷くと、しばらくぶかぶか寛いでから、川べりまで泳いで尾っぽをずるりと地表に持ち上げる。
勇者が今一度感嘆の声を発しエルシィに目元を覆われる。
ワンピースを拾い上げようとしたところで少女ははたと気付く。川から這い上がったばかりの体はずぶ濡れである。白い肌の上を雫が伝い、髪はゆらゆら波打って額に張り付いている。
エルシィが手拭を持ってきていたので、体を拭いてから服を着た。
目元を覆う両手から解放されたところで勇者は意気揚々と少女に駆け寄った。
「凄いじゃないか! 君はまるで人魚姫だ!」
「……まーめいど?」
耳慣れない言葉に少女は思わず聞き返す。
「上半身が人間で、下半身が魚の姿をしている亜人のことさ! 伝承によれば、人魚は皆美しい容姿を――――――」
「お魚? 美味しいの?」
「ん、んん? どうかな? 食べたことはないなあ」
勇者は困った顔になる。
「でも、人魚はそこいらの魚より大きいから、セレンちゃんのお腹には入りきらないと思うなあ」
勇者が遠回しに話の方向を転換しようとすると、少女は何食わぬ顔で言った。
「そしたら、食べきれない分は刻んで、埋めておくの」
「きざ……それはグロテスクだね」
勇者の相貌が少し青くなる。
少女はお腹が空いているらしい。先程から竜人の抱える網の魚を頻りに物欲しそうな目で見つめている。
視線に気付いた勇者は少女を宥める。
「悪いけど捕まえた魚は全て街の糧にするようにという命令でね」
「そうなの?」
少女は餌を奪われた子猫のように悲しそうである。
「家に帰れば衛兵達がお昼のご飯を運んでくれているはずさ」
少女の水筒に水を補給した後、四人は急ぎ足で帰路についた。
*
少女らは一旦勇者と別れた。
彼は魚を運ぶ仕事がある。
エルシィもあまり長く仕事を抜けられないので孤児院に帰っていった。
竜人と少女は仮住まいでご飯を食べる。
保湿液は水で流れてしまったので、少女はもう一度竜人に塗ってもらう。
しばらく休んで午後の務めに出る。
勇者は宣言通り、二人が外へ出て間もなく現れた。今回は普通に宿屋の入り口から出てきた。
竜人と少女は新しい家を作るのに使う石材を運んだ。
竜人は大きな鉄の器に大量の石材を入れて肩に担いで軽々しく運んでゆく。
少女は小さな石材を両手で重たそうに持ち上げると、竜人の後ろについてせっせと頑張る。鞄の中から頻りに水筒を引っ張り出してはくぴくぴ水分を補給する。
陽が暮れる頃になると少女はへとへとである。竜人は特に疲れている風でもない。
資材運びを終えて家に戻り休んでいると、エルシィが訪ねてきた。
昼間竜人が注文を付けた服を持ってきてくれたのだろう。
彼女は部屋に入るなり顔を顰めて口元を押えた。
「う……なんですかこの部屋、埃塗れじゃないですか。こんなところで一晩過ごしたなんて信じられません」
手に携えていた籠を机の上に置きエルシィは走り去った。
竜人達が待っていると、箒や水の入ったバケツ、雑巾などを抱えて戻って来た。彼女はきっぱりと宣言する。
「掃除しましょう! 掃除!」
部屋の大掃除が始まった。
余りの汚さに何度かバケツの水を交換する羽目になったが、終わる頃にはすっかり部屋がぴかぴかになった。
昨日までは天井の方に沢山張り巡らされていた蜘蛛の巣も取り払われた。
「清潔を心掛けることも人間の嗜みです!」
一段落した後で、エルシィは籠の中身を少女らに見せた。
袖の長い色々の衣が入っている。少女はその中からなるべく窮屈でなくて、着衣の難しくなさそうなのをいくつか選んだ。寝巻用の服もあった。
土埃の落ち切っていない少女のワンピースは、白い生地に汚れが目立つこともあり、一度エルシィに預けて洗ってもらう。少女はとりあえず寝間着用の服を着ておく。袖と裾の長いゆったりした白い衣だった。
エルシィは後でまた来ると言って帰った。




