第19話 人間のためにご奉仕する幼ナーガ
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ゆったりと水の流れる音が聞こえる。
水面は深い青に染まって川幅は広い。遠くの方を見やると釣り針や網を垂らした木船がちらほらと窺える。周囲には足首程まで丈のある草原が茂っていて、まばらに木が生えている。
一行は川から程近い木陰に休んでいた。
側に彼ら以外の人影は見えない。
人間の船が浮かぶ水域に潜るのは少女が嫌がったのだ。
彼女は陽光の当たらない際に立って熱心に水流を眺めている。他の三人は草の上に座して少女の様子を見守っている。
勇者が外套の内から大きな網を取り出した。
「捕まえた魚はこの中に入れてくれ。後で俺が食事処や魚屋に持っていく」
竜人が網を受け取る。
「セレンちゃん、大丈夫でしょうか? 急流ではないけど街の水路に比べれば流れが速いし、水底は深い所だと大人でも足が着きません」
エルシィは少女を心配しているらしい。竜人は平静である。
「水中はあの子の領分だ。こと水の流れに関すれば我らよりもずっと道理を熟知している。童だからといってあまり見くびるでない」
少女が竜人に振り返る。観察を終えたらしい。
「ガレディア、行ってくる」
「うむ」
竜人が頷くと少女は前に向き直る。鞄を草原に落とす。ワンピースを脱ぎ始める。
「おお!」
勇者が何やら感嘆の声を発して少女に熱烈な視線を浴びせる。
少女が粗い手つきで掴んだワンピースの裾が頭の方に引っ張り上げられる。白い布地が瑠璃色に煌く鱗の境を越えて少女の背中を露わにしてゆく。
「そうはさせません!」
エルシィが後ろから両手で勇者の目元を覆い隠した。
「エルシィさん!? なぜこんな惨い仕打ちを!」
勇者が口元をへの字にひん曲げて抗議する。
エルシィは眉を歪めて怒声を浴びせる。
「なんでもなにもありません! あなたには恥というものがないのですか!?」
「恥だって? 馬鹿な。俺は勇者だぞ? それくらいの勇気がなくてどうする?」
勇者はエルシィに目元を隠されたままきりっと格好付けて問いかける。
「あなたは一体どこに勇気を振り向けているのですか!?」
二人がそうこうしている間にワンピースを脱ぎ去った少女はするする川べりに向けて滑ってゆく。
水面を目前にして立ち止まると、弾力のある尾っぽをばねのようにぐぐっと縮めて小さくなる。
唇を引き結び、縮めた尾っぽを勢いよく伸ばす。
透き通るような水色の髪が舞う。
少女が跳ねた。
細い体が流麗な曲線を描きながら蒼い水面に吸い込まれてゆく。
ばしゃっと音を立てて飛沫が上がる。
水中でブクブク泡が立ち登る。
水上から見ると底知れない川は内から眺めれば見通しが良い。
川底でごろごろ転がっている石ころ。
柔らかそうな泥。
時折視界を横切る銀色の魚達。
それらは水の天井から透けるように差し込む陽光に照らされて鮮やかである。
見上げれば光が帯のように揺らめいている。
少女の尾っぽは横側よりも前面と背面の方が扁平である。
少女は尾っぽを根元から捻じって平に近い面を横にすると、左右にくねらせて魚の如く自在に泳ぎ回る。
力強く水を叩く瑠璃色の尾は少女の体を風のように運ぶ。両腕はぴったり腰に添えて抵抗を減じている。
地上から細長い影を見ればその姿は天翔ける竜のようでもあった。
「ぷはっ」
少女は一度水面に頭を出した。
きらきらと飛沫があがる。
少女のうねる髪や白い肩を濡らす水滴が陽光に輝く。
蛇尾族は長らく水に潜っていられる種族だが、呼吸には肺を用いるから延々と水の中に留まっていられる訳ではない。
しかしまだ少女に疲労の色は見られない。
少女は陸に目を向けて竜人の位置を確認する。竜人は少女が潜っている間に川べりにきており、勇者に受け取った網を携えて胡坐をかいている。
少女は勢いをつけて再び潜る。
水面にあどけなく白い手がにゅっと出てくる。
白い手はびちびちもがく銀色の魚をがっしり捕まえていて、川べりに向けて魚が放られる。
ちょうど竜人のいる辺りに落ちて来るので、彼は掴み取って網の中に入れる。
ぴちっ、ぴちっ、ぴちっ、と音を立てながら次々と魚が宙を舞う。
小一時間すると少女は水上に頭を出して少々休み、また潜っては魚を手掴みにする。太陽が真南に上がる頃になればすっかり網が一杯になっていた。