第18話 人と魔族達の平和? で奇妙道中その2
「しかし初めて赴いた人の街で其方の如し武人に出くわすとは中々の奇縁であるな」
「全くの偶然という訳でもないよ。元々、黒竜討伐の依頼があってこの近くまで来ていたんだがシルトで魔族を受け入れるという噂を聞いてね、本当の話ならこんな歴史の珍事を目撃せずにはおかれないとやってきたのさ」
楽しそうな勇者に少々呆れながらも竜人は納得の顔を浮かべる。
「ふ……なるほど。して、依頼とやらは済ませてきたのか?」
「それなんだが、どうにも折が悪かったようでここ数日は依頼のあった街にも現れない。金品を攫っては飛び去ってゆくという話だったからたんまり溜め込んで満足したのかもしれない。今は俺の仲間が巣を探している所さ」
と、このような会話を後ろで聞いている少女は内心ひやひやしていた。
勇者の話に出て来る黒竜というのはひょっとして、先日の戦いで生き残ったのがこちら側に逃げて来た奴なのではないか?
それがばれたらもしかすると少女の首も危ういのでは?
彼女は人の話なんかあんまり聞いていないようだけれど、明日の我が身の命に関わるかもしれない大事を聞き漏らさない生存本能は兼ね備えているのである。
ただ、竜人はあれだけの出来事を既に過去のことと忘れ去っているのか、あるいは敢えて黙っているのか白々しい程に平然としていたから、少女は心の奥でそっと胸を撫でおろした。
「まあ、人里に被害が出ないに越したことはないさ。向こうがそんな様子だから俺ものんびり君らのお目付け役なんてやっていられるのだしね」
勇者がそのように締め括ると、竜人はふいに顔付きを変えて彼に尋ねた。
「時にリアムとやら。先刻の言葉が真実であるなら仲間を陰に潜ませておく必要はもうないはずだ。何故未だ隠しておく?」
「ああ、そのことか。実を言うとそれはこちら側の事情でね。さっきの一件とはあまり関係がない。あいつらを使って君らをどうこうしようという気はないから心配しないでくれ。それに、あまり大所帯を引き連れていると物々しくて皆が怖がるだろう?」
「え。あの人みたいなのが他にも隠れているんですか?」
エルシィがぎょっとして尋ねる。
「気配から察するに五十人は下らぬだろうな」
「そんなにいるんですか。ちょっと不気味ですね」
竜人は真意の判然としない陽光色の瞳を鋭い視線で射ぬかんとする。
勇者は目を逸らすこともなく真っ直ぐ受け止める。両者はしばらく睨み合う。
「食えぬ男だ」
やがて竜人は興が失せたように吐き捨てた。
もうじき街を抜けて草原へ出ようという頃、少女が竜人のぼろ布を摘まんでちょいちょいと引っ張った。
竜人が気付いて目を向けると、少女は眉が下がってどこか曇り顔である。
「ガレディア。なんか、肌がじりじりする」
少女は竜人を見上げながら訴えた。空いている方の手でもう一方の二の腕をさすっている。
竜人は頭上を仰ぐ。昨日よりも陽が強いようである。
「ふむ。其方の肌にこの陽射しは辛いか。小娘。袖の長い衣を用意できるだろうか?」
竜人が注文を付けると、エルシィは得意げな顔で胸を反らした。
「ふふん、やっぱりセレンちゃんに服を着せて良かったでしょう? ありますよ。後ほど持っていってあげます」
それから少女の方に顔を向けて、
「セレンちゃん、今日の夕方まで我慢できる?」
「うん。平気」
出会った頃に比べれば少女も大分エルシィに慣れてきたようである。
やがて建物が消えて川が見えてきた。