第17話 人と魔族達の平和で奇妙な道中その1
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四人は街を流れる水路沿いに東へ歩いてゆく。
シルトの水路は街を出て草原に入った所にある本流から取り入れた人工の川である。シルトの名産でもある川魚は本流で狩る。それで一行は水路を辿っている。
昨日とは違ってちらほら市民の出歩いている光景を見ると、エルシィとよく似た金の髪にダークブルーの瞳をした人が多い。彼らは大抵少女らを視界に入れて恐ろしげな顔を見せるか、遠くの方から不審げな目で睨んでくる。
時折水路を小舟が流れてゆく。
水路の作られた主たる用途は生活用水だが、町内で物資や人を運ぶ運河としての役割も果たしているらしい。
道すがら勇者が語った所によれば、彼は竜人達の小ぢんまりとした家の隣にある大きな宿屋に部屋を借りているらしい。
「――――――突き当りに部屋があってね、窓から飛び降りて来たって訳さ。中々派手な演出だったろう? ああそれから、今後君らが外出する時は俺の部下が知らせてくれる。俺は勝手にくっついて行くから、どこへなりとも気にせず出て行ってくれ」
勇者は何やら親し気な調子で竜人に話しかけている。
後ろを歩くエルシィはその姿にじっとりとした視線を向けて、面白くなさそうな声を出す。
「あなたは魔物を退治する冒険者なのではないのですか?」
「そうだが? でもねお姉さん、魔物を沢山やっつけてきたってことは、人外の輩は見慣れてるってことでもあるのさ。そして俺は子ども好きだ。君も同じだから彼らに協力しているんだろう? ほら、俺達は似た者同士じゃないか。分かり合えると思わないかい?」
「全く! 欠片も! 思いません!!」
エルシィは一語一語に力を込めて反発した。
森の中で竜人に語った話と正反対のことを言っているのには気付いていない様子である。
次の刹那、隣家の屋根の死角から黒い外套を纏った人物が現れ、素早い身のこなしで屋根や壁を伝ってエルシィの目前に舞い降りた。顔立ちはフードに隠れていて分からない。
エルシィは突然のことにびっくりしてのけ反る。
思わずきゃっと声を上げてしまう。
「おっと、そいつは俺の仲間だ。驚かせてしまったかな」
勇者は余裕の笑みを崩さない。
「な、なな、何ですか!?」
エルシィは少々へっぴり腰になりながらも持ち前の負けん気を発揮して変な構えを取った。
黒衣の人は彼女の前で跪くと恭しく弁明した。
「誤解を与えるような真似をして申し訳ございません。一つだけ伝えたかったのです。我らの主は相当の変人ですが根は良い人なのです。どうか仲良くしてあげてくださいませ」
警戒していた反面、相手に悪意がなさそうでエルシィは拍子抜けである。
声色からして女性らしいこともあり肩の力が抜けた所で黒衣の人からもう一言、
「よろしかったらどうぞ」
黒衣の人が懐からエルシィに布を差し出した。受け取って見ると何かくるんである。中には甘い香りのするちっこい焼き菓子が入っていた。
「あ、どうも」
黒衣の人はそれを聞くや否やしゅたっと飛び去って隣家の壁を登ったと思ったらあっという間に見えなくなった。
「俺は仲間に恵まれているんだ。いい奴だろう?」
勇者は誇らしげに語る。エルシィは勇者の仲間にもらった焼き菓子をさくさく噛みながら頷く。
「そうですね。あなたには勿体ないくらいです。あと、これ、美味しかったですとあの人に伝えておいてください」
「勿論だとも」
勇者は気前の良い返事をする。
手前に頑丈そうで立派な建物が見えた。四方は他よりも幅の広い水路に囲われており、正面側に橋がかけられているが、必要に応じて開閉できる仕組みになっている。
一見すると要塞のようにも見える。
「あの建物はね、この街の市庁舎だ。何故あんなにものものしいかって? ここは夜の地に近いからね、魔族《君ら》との戦争で砦に使っていたのさ! とは言っても今は昔の話、ずっと睨み合いが続いてる最近じゃお飾りもいいところでね、それで市長の職場を兼ねてるって訳さ」
勇者はまるで観光案内でもするかのように屈託のない笑みで説明してくれるが、夜の地からやってきた少女らにとっては皮肉めいた発言でもある。
そして竜人も竜人で別段気にした風もなく会話を続けるのだった。