第15話 空から降ってきた変人勇者
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翌日。
少女と竜人が起き出す頃、昨日と同じ献立の朝餉が届けられた。
少女は例によって一瞬で平らげると竜人に少しばかり分けてもらう。
少女と竜人は本日から街に奉仕せねばならない。
役人と合議をした結果、奉仕内容は魚取りと荷運びに決まった。
午前中は川で魚を取り、午後は建築材などの荷物を運ぶ。魚を取るのは少女の十八番であるし、竜人は膂力があるので適任だ。別々で動くことにはならなかった。一緒にしておいた方が監視も楽だという訳である。
食事を終えると外出の支度を始める。
少女はワンピースを脱いで裸になると、夜の地の魔術師から物々交換で手に入れた保湿液を竜人に塗ってもらう。蛇尾族は乾いた土地が苦手であり、湿度の低い街では肌が割れてしまう危険がある為だ。
少女の尻尾は鱗の隙間から微量の粘液を分泌しているからきちんと水分補給さえしていれば乾燥することはない。竜人は少女の背、胸、腹など、肌色の皮膚がある所にだけ保湿液を塗る。
この時の少女は少しご機嫌である。灰色がかったクリーム色の保湿液は粘性があって、肌触りが少女のお気に入りの泥と似ていたからである。
これをすっかり終えてしまうと少女の柔く滑らかな肌はしっとり潤った。
少女はリボンのついたワンピースを頭から被って袖に腕を通し、水筒の入った鞄を肩にかける。水色の髪はかすかに乱れているが少女の知るところではない。
「では行こう」
「うん」
少女は竜人の後ろにくっついて頷く。
「む」
戸を開いて足を踏み出した竜人は低く唸った。
少女はその様子に何かを察する。
「セレン。其方は籠っているがよい」
「うん」
彼女を残したまま竜人は戸を閉じる。弾かれたように天を見上げる。
空から銀色に煌く刃が迫っていた。
竜人は片腕を頭上に掲げる。
刃と腕が激突する。
キィンと金属を打ち鳴らすような音が響く。
刃は長剣だった。
上空から降って剣戟を浴びせた者は外套を纏う茶髪の青年だ。若い外見にそぐわぬ風格を放ち、陽光色の瞳は闇を寄せ付けぬ輝きを湛えている。
青年は整った顔立ちに不適な笑みを浮かべる。
「硬いな!」
長剣がぎゃりぎゃりと音を立てて竜人の腕を滑ってゆく。
竜人はふっと力を込め、勢いよく腕を振り払った。
青年は上方に跳ね飛ばされる。
一度宙返りをしてそのまま離れたところに着地する。
外套がふわりと舞う。
青年は竜人程の巨躯を持たないが、すらりとした長身で一挙手一投足に隙がない。
「貴様、何者だ?」
青年は竜人の威圧にも笑みを崩さず飄々と応じる。
「俺は人の地の勇者さ。夜の地の魔物にとっては敵将の一人ってところかな」
「ほう。話に聞いていた人間の強者か。面白そうだ」
竜人は荒々しく笑う。
「興味を持ってもらえたようで何よりだ」
勇者は竜人の右腕、ぼろ布が破れている所に視線を向ける。勇者の長剣が直撃した部分である。裂け目から緋色の鱗が覗く。傷はついていない。
「竜族……それも人型の地竜。この目で見るのは初めてだ。今の一撃を防いで無傷とは、竜族の鱗はやはり頑丈だ。俺も興奮してきた。一騎打ちと行こうじゃないか」
「一騎打ち? それは異な事を言う。貴様、仲間には恵まれているようではないか」
竜人が周囲に鋭い視線を走らせてつまらなさそうに吐く。竜人は何かを見通しているらしい。
勇者は一瞬目を大きくして、すぐに余裕の笑みを取り戻す。陽光色の瞳には闘争心が漲っていた。
「驚いたな。君は勘も鋭いのか! さては相当の手練れとみた。心配するな。露払いだ。誰かに余計な水を差されるのも面白くないだろう?」
「ふむ。その心意気は買おう。ならば見せてみよ! 貴様の腕前とやらを!!」
竜人は傲然と腕を組んで大音声を張り上げた。竜人の纏うぼろ布の下から硬い物がひび割れるような音が響く。
勇者は長剣を構えて不敵に笑いながら応じる。
「それは光栄だ! せっかく期待させたのに落胆されては名折れになるからな。真の力を見せようじゃないか! この聖剣クラウ――――――」
その時、ぎいっと重たい石を擦りつけるような音が響いた。
「ん?」「ぬ?」
竜人と勇者が怪訝そうにそちらを見やる。
すると、少女がわずかに石の戸を開いて仮住まいから顔を出している。こっそり様子を窺うはずが思いの他大きな音を立ててしまい、しまったという表情である。
次の刹那、勇者は陽光色の瞳を爛々と輝かせ電光石火の勢いで少女に迫り戸を無理矢理にこじ開け、そして言った。
「おお! 君が蛇尾族の女の子か! 天使のようにあどけない顔立ち! 艶めかしくうねる美しい尻尾! それに小さなお口の端っこからはみ出して愛嬌に満ちた白い歯なんか、思わず指先でこつこつ叩いてみたくなるじゃないか! きっといい音がするに違いない! 可愛らしい! 実に可愛らしいぞう!」
こともあろうに勇者は鼻息も荒く少女を褒め称えたのである。
膝を突いてずいっと顔を近づけてくる勇者に少女は訳も分からず困惑顔である。
一方の竜人はほんの少し前までの剣呑な空気を忘れて大層機嫌をよくした。
「ほう! 貴様、分かっているではないか! 名を何という?」
「俺はリアム。リアム・マイスナーだ」
「覚えておこう。俺はガレディアという」