第14話 夜が寂しい幼ナーガ
「ガレディア、爪、切って」
外はすっかり暗い。
開いた木窓から月光が刺し込んでいる。
少女は窓の隣で胡坐をかく竜人のごつごつした膝に両手をついて顔を近づけてねだった。
竜人は少女の白く滑らかな手を取って指を眺める。瑠璃色の爪は少女の指先から伸びて、先端は氷柱の先をやや丸くしたようだ。
あと数日もあれば鋭く尖るだろう。
「そろそろ頃合いか。いいだろう」
「うん」
少女は嬉しそうに頷く。
尻尾をぐるぐるさせて竜人の膝に座った。
竜人は懐から蛇尾族の爪を刃に作られた短刀を取り出す。
少女の差し出した手を後ろから押さえ、その下に薄い布を敷く。
短刀でがりがりと少女の爪の先を削ってゆく。
竜族に等しく蛇尾族にとっても爪は重要な武器だ。
鉱石のような硬く鋭い爪は水中の狩りに役立ち外敵からの襲撃時には身を守る盾となる。これを自分から手放すような真似をするのは図らずも竜人と同じ理由からであった。
瑠璃色の爪は透過した月光が中で乱反射して青く煌く。削れた爪の屑は光の粉が舞うようにさらさら布の上に落ちてゆく。
少女は竜人の胸に背を預けて目を細めながら緩んだ表情でじっとしている。
両手分を削り終えると、少女の爪の先は綺麗な楕円を描いてすべすべだった。
敷かれた薄布は銀を細かく砕いて盛ったようである。
竜人はそれを布袋に詰めると短刀も一緒に身を覆うぼろ布の内にしまった。
竜人の鱗は幾枚か薄く剥がれかけていて、彼はその隙間を所有物の収納場所に用いている。短刀や爪の削り屑を入れて置く布袋、爪を切る時に敷く布、それからエルシィに鞄を送られる前などは少女の水筒もそこに入れて保管していた。
少女は惜しそうに竜人の膝を降りる。
「明日は忙しくなる。床に就くのは早い方がよい」
「うん」
「俺はこのまま寝る」
竜人は胡坐をかいたまま腕を組んで壁に背を預ける。深緑色の瞳が閉じられる。
少女はしばらくどうしようかと迷った挙句、竜人の纏うぼろ布を摘まんだ。
「どうしたセレン」
瞳を閉じたまま竜人が問う。
「一緒に寝よう」
少女は寂し気に懇願する。
「よかろう。せがむ声も実に愛らしい」
竜人は機嫌よく応じた。
竜人と少女は一枚の布団に隣あって眠る。
仰向けの竜人に少女は横からぎゅっと抱き着いて、尾っぽを竜人の腰の辺りにぐるぐる巻き付けて瞳を閉じる。少女の尾は竜人の体をきつく締め付けてみしみしと音を立てるが、竜人は平然と眠る。
人間ならば尾の圧力に負けて骨が砕けているかもしれない。
少女の尾が自然と力んでしまうのは不安の現れであった。人間の幼子が怖い夢を見てお気に入りのぬいぐるみを強く抱きしめるのと似ている。
人間に嫌われたら殺される。
好かれるように頑張らなければいけない。
役人との交渉を終えた日から少女の頭の中ではこのことがずっと渦巻いている。
この街で一生懸命に日々を過ごしても最後はひどいことをされて殺されるだけかもしれない。そんな末路を想像すると少女は泣きたくなってくる。
竜人を恨めしく思う気持ちはない。
竜人の言動には最近肝を冷やされてばかりだが、竜人がいなければ少女はとっくの昔に狩られている。その恩人がこんなに疑いなく信じているのだから、少女だってその気持ちに応えたいという願望はあるのだが、怖いものは怖い。
やがて、尻尾が疲れて少女は眠りに落ちるのであった。