第139話 蛇尾族の秘密
それが何を意味するのか、少女はすぐに察してさぁっと顔色を青くした。
心臓がどくどくと急き立てるように脈打って、背筋にびっしり鳥肌が立つ。
黒いベストに白いシャツ、灰色のズボンを履く少年はまるで人の子みたいだったけれど、それが未だかつて見たことのない生き物であることを彼女は本能で感じ取っていた。
彼女の頭は逃げたいという気持ちで一杯で、だけど後方の少年を巻き込まないようにする為にはどうしたらいいだろうという葛藤が胸を苛んでいる。
動けないでいる少女に向けて、少年は微笑みを絶やすことなく語りかける。
「ほんとはぼく、お城から出たらいけない約束だったんだけど、きみと話がしてみたくてここまで連れて来てもらったんだ」
少年の言葉は少女の耳に入らない。
それでも彼は気にした風もなく、鈴のような美しい声で彼女に問いかける。
「ねぇ、きみは蛇尾族の子がきみだけになってしまった本当の理由を、ガレディアに話した?」
「――――――」
宝石の色をした少女の瞳がまん丸に見開かれた。
彼女は何も言えなかったけれど、少年は少女の返事を待っている。
やがて、少女はゆっくりとかぶりを振った。
「ガレディアの寿命は、長くてもあと千年くらい。きみが大人になるまでは生きられない」
少年の言葉は、彼女がずっと目を逸らしてきた事実だった。
あの日牢獄の中より救われたその時から。
*
蛇尾族とは、万年を生きる命の名前である。
不死鳥の血族を含めない時、最も不老不死に近い種族が魔角族であるとするなら、最も不老不変に近い種族が蛇尾族だった。
彼らは他のどんな種族より長寿で老いるのが遅く、長い時を生きた。
遠い昔に忘れ去られた真実だけれど、遥かなる過去には誰もが知る常識だった。
だから狩られた。
限りある命はより永遠に近しい存在を羨望する。
誰よりも長く生きる蛇尾族の心臓を喰らえば同じように不老に近しい体を得られると、かつて夜の地の民は信じた。
永遠を欲する者共は血眼になって蛇尾族の寿命を奪う方途を探した。
捉えた蛇尾族の心臓を喰らっても彼らは成果を得られなかったから。
蛇尾族の心臓に求めた力などないと彼らが悟った時には、既に取り返しがつかなかった。
定められた寿命の通りに天寿を全うする蛇尾族はもうほとんどいなくて、皮肉にも始まりの理由だった彼らの長寿さえ夜の土地の民に忘れ去られた。
それでも、蛇尾族をずっと狩り続けた記憶は民から失われていなかった。
何故価値があるのか覚えていなくても、価値があったこと自体は覚えている。
では何故自分達は蛇尾族をそんなに求め続けていたのだろう?
きっと美しいからに違いない、と。
そんな愚かで曖昧な理由から蛇尾族は狩られ続けた。
今となってはこの世界で蛇尾族の秘密を知る者は不死鳥の子くらいだろう。
蛇尾族は迫害者共の忘却を正そうとはしなかった。
彼らが確かな目的を持って蛇尾族の心臓を求めていた頃に比べれば、本当の理由を忘れられた後の方がずっと蛇尾族にとっては穏やかな時代だった。
夜の民が本当の理由を思い出せばもう一度試してみようと考えるに決まっている。
そうなれば今度こそ、蛇尾族は瞬く間に滅びてしまうに決まっていたから。