第138話 約束の邂逅
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よく晴れた散歩日和、蛇尾族の少女と少年は二人で通りを歩いていた。
少年は袖のない茶色の上着を見に付けて、少女は白いワンピースにいつもの茶色い肩掛け鞄を提げている。
最近、少女とエルシィ達は前に勇者と約束した公演に向けて準備を進めている。
この日も川原で練習をして、その後今では会談の集合場所のようになっている石の仮住まいへ集まって日程やら舞台の準備やらの話し合いとなった。それが二人には退屈だったから、少年の方が誘って抜け出してきたという訳なのであった。
特に目的地があるのでもなく、少年はなんとなく少女と二人で歩きたいだけである。少年は取り留めもない話をして、少女はそれに相槌を打たなかったり打たなかったりごくごくたまに打ったりする。
彼女が少年の話で表情を変えることは稀であったし、口を挟んでくることはもっと珍しかったけれど少年は気にせず喋り続ける。
少年は少女の心の中が分かる程賢くはないけれど、彼女が退屈でつまらないことに嫌々付き合ってくれるような性格でないことだけはよく分かっている。
ただ、いつでも少年の話をきちんと聞いてくれているのかということに関してはあんまり自信がないのであった。
ところで、少女が先日泥の蔵の中で少年に囁いた約束はきちんと有言実行されている。
大体一日から二日に一回くらい、少女は何の前触れもなくふいにぎゅうっと抱き着いてきて、少年の頭が沸騰してしまいそうになる頃に放してあげる。
そうして、その後はまるで何事もなかったように平気でいる。
彼女が何を基準に時を選んでいるのか、はたまた全くの気まぐれであるのか、それは少女の胸の内にしかない謎である。
ただ、少女はいつでもどこでもお構いなしなので、エルシィやら街の大人達やらの目がある時にそういう風にされると、少年は恥ずかしくって穴の中にでも潜りたい心地になる。
と言って、人目がある時にはやめて欲しいだなんて彼女にお願いする度胸は少年の中にはないのであった。
少年の毎日が幸福であることは言うまでもない。
大通りを歩く少女がちらりと路地の方を見遣った時だった。
彼女の視界の端に人の地ではあり得ないようなものが映り込んだ。
一目見て、それは蝶のようだった。
燃えていた。
それは橙の火花の鱗粉を散らして燃えていた。
燃えているのに、それはまるで地に堕ちる素振りもなく羽ばたいている。その体は炎でできているかのように平然として宙を舞う。
少女は誘われるように路地へ向かう。
胸の中にある感情は不安か好奇心か。あるいは恐怖か興奮か。
彼女には珍しくどちらとも判別のつかない情動であったけれど、ともかく少女は尾を進めて不可思議の源を追いかける。
細い路地に入った時、ちらちらと飛び回る沢山のそれを前にして彼女は気付く。火の粉を振り撒いて羽ばたくそれは、蝶ではなく鳥だった。沢山の小さな鳥が彼女を誘うように飛んでいる。
彼女を導くように飛んでいる。
案内されたその先、建物が投げかける日陰の中。
そこには、紅い瞳の少年が微笑んでいた。
「あ、セレンちゃ――――わ!」
後ろの方でびっくりするような声があったけれど、少女の頭の奥で曖昧に響くばかりだった。
何しろ彼女の本能は目前の生き物を認識することで精一杯だった。
少年の背丈は少女と同じくらいで整った顔立ちは愛らしい。
煌くような黄金の髪は微風に揺れて、鮮血のように赤くて鋭い瞳が真っ直ぐに少女を見つめている。
少年は日向の少女に影の中から呼びかける。
「やぁ、蛇尾族の子。ぼくはね、夜の民の王様だよ」