第134話 少女の想い
少女の言葉がきっと少年の夢見る意味でないことは彼にだって察せているけれど、そんなことはどうだって良かった。
ただ、きっかけがほしいだけだった。
少年は今日、あの日言えなかった言葉の続きを伝えに来たのだった。
少年は顔が熱くなるのを無視して、勢いに任せて、止まってしまったらもう言えなくなるとばかりにまくしたてる。
「ぼ、ぼくも、セレンちゃんのこと好き! 朝も、昼も、夜も明日も、その先もずっとずっと一緒にいたいくらい好き! 抱きしめて放したくないくらい好き!」
優しいところが好きだった。
人間の女の子なら絶対にありえないようなことを言ったりやったりするところが面白くて、格好よくて好きだった。
とびきり可愛らしくて綺麗で好きだった。
そんな女の子が溺れた少年を助けてくれたことが何よりも嬉しくて一目惚れした。
少年にとって彼女は特別で、その理由を言い尽くすことなんかできなかった。
少年ははっと我に返って、なんだか不安になってきて少女から目を逸らした。
少女は宝石のような瞳で彼を見つめながら不思議そうに問いかけてくる。
「カイ、ずっとわたしといたいの?」
「う、うん」
改めて聞かれて、もう一瞬前までのように断言することは恥ずかしくてできなかったけれど、せめて少女の瞳を真っ直ぐ見るようにして頷いた。
すると、少女は膝立ちでいる少年の背に両腕を回して、抱き着いた。
少女の綺麗な髪が少年の頬に触れて、密着した白い体のひんやりした体温が彼の肌に伝わってゆく。
「セ、セレンちゃん?」
「カイの体、あったかい」
今度こそ頭の中が真っ白になった少年が上擦った声で少女の名を呼ぶと、彼女は少年の耳元で囁いた。少女の唇からはみ出す犬歯の鋭くてひんやりと硬い感触が少年の耳に微かに触れて、ちくっとした。
少女は少年にぎゅうっと体を押し付けてくっついたまま離れない。
白くて柔らかい体と少年の肌を隔てるものは薄い布一枚だけで、そこに少女の肌を濡らす泥水が沁み込んでゆく。
それは跳び上がってしまいそうに冷たかったけれど、沸騰しそうな少年の頭には毛ほども気にならなかった。
どくどくと伝わる少女の心臓の脈動。
柔らかくて小さな白い胸が少年の体で潰れる感触。
耳で感じる少女の息遣いと、少年の全身に伝わる少女の柔らかさの圧が波のように繰り返して押したり引いたりすることで分かる呼吸の感覚。
どれもが少年の心臓を加速させる劇薬で、少女に触れたからこそ感じられる彼女の命の証。
でも一番はその体の温かさだった。
少女は全身ひんやりとして冷たかったけれど、たった一か所、少女の腹の、鳩尾よりは少し下で臍よりは上の辺りに少年はぬるま湯のような温さを覚えた。
それは人の体で一番温かい部分で、多分少女も同じなのだろう。
人より体温の低い蛇尾族の少女だけれど、彼女の体にだって人肌に解せる温度がある。
ほとんど裸のような姿で抱き着かなければ気付けないくらいのささやかな温もり。
きっと鱗が分厚い竜人には届かない温もりできっと他の誰も知らない彼女の体温。
その温もりに触れている事実が少年の心に何よりも甘く溶けた。
少年がすっかり脱力してしまった頃になって彼女は赤い耳に優しく言い聞かせる。
「カイ、人間だから。朝も夜も、ずっとここにいたらきっと体壊しちゃうから。だから代りに、時々ぎゅってしてあげる」
少年の胸の奥に染み渡る少女の美しい声は、なんだか少し切なそうで、どこか少し儚げで、いつもより大人びて聞こえてくらくらする彼の頭に最後の止めを刺した。
少年はもう密の海に溺れたような心地でそれ以上を望むことなどできなかった。
だって、少女の言葉には確かな愛情があった。きっと少年が望んだものとは種類の違う愛情だったけれど、でも、少年だけに向けてくれる特別な愛情だった。
それから少年はすっかり惚けてしまって、帰る時にうっかり沼に落っこちてしまいそうな有様だったから少女が街まで付き添ってあげたのだった。