第133話 告白
霧煙る沼地の深奥、小さな泥蔵の中。
少年は一人で蛇尾族の少女の元に訪れていた。
竜人は石運び人達の元へ仕事の手伝いに行っている。
投票前のような就労義務は無くなったが、市民とて税はあるし、街との付き合いも先のことを考えれば続けていくべきという訳である。
最も、竜人は少女を一人残していくことを躊躇ったのだが、最近では少女の方が一日くらいの留守番なら気にしない風である。陽射しの元へ無理に連れ出すのも少女の体質によくないので、彼は渋々一人で出かけていった。
もちろん、そういう時に少年が少女の所へやってきたのは彼にとってよんどころない事情があってのことである。
少女は今日も泥蔵の中で寝そべって、俯せの白い背は少年を前にして隠されもしない。少年はいつかのように寝間着の薄い布一枚という出で立ちで蔵の端っこに座っている。杖代わりの剣も忘れてはいない。
彼がここを訪ねるのはあの日以来である。
少年はやはり少女の白い体を真っ直ぐには見られず、どぎまぎしながら口を開く。
「あの、セレンちゃん」
「なに?」
少女は俯せのまま、視線だけ上向けて問いかけてくる。暗い泥蔵の中で微かな光に煌く尻尾がずりずりと泥の上を擦っている。
少年は思い切ったように口を開きかけて、一度閉じてから、思い直した顔で言った。
「ぼく、大きくなったら料理作る人になろうかな」
「料理作る人?」
「うん! セレンちゃん、魚好きでしょ? だから、料理人になったら、セレンちゃんにお腹いっぱい魚料理食べさせてあげる!」
少年が元気に宣言すると、少女は途端に背を起こして、ずいっと彼に身を寄せて、凍った海のような瞳をきらきらさせて聞いてきた。
「ほんと?」
興奮した少女の鼻先が少年に触れそうで、急に視界が少女の顔で一杯になった彼はたじろいでしまう。でも、半分はその場しのぎで言った言葉が思った以上に彼女の心を動かしたことが嬉しくて、続く言葉はすぐに思い浮かんだ。
「本当だよ! 沢山練習して、きっとセレンちゃんを満足させて見せるから、待ってて!」
少年もまた身を乗り出すようにして伝えると、少女は頬を紅潮させて嬉しそうだった。
「カイ、好き」
「――――」
真っ赤に染まって林檎みたいになってゆく少年の顔。
頭の中が空っぽになりかけた少年は、ここへ来た意味を思い出して言葉を紡ぐ。
「――ぼくも、好き」