第132話 ようこそ
「これで監視の任はお役御免か。もう蛇尾族の女の子を四六時中見守っておけなくなってしまう。もっと目を凝らしてよく見ておくんだった」
「何言ってるんですか! やめてください! あなたは本当に最後まで!」
心底残念そうな勇者にエルシィが苦言を呈すると、彼はガタリと音を鳴らして席を立つ。
「さて、そろそろ俺はお暇させてもらうよ」
「リアムさん、もう帰ってしまうんですか?」
エルシィが名残惜しそうに言うと、勇者はいつものように白い歯を輝かせて恰好付けた。
「人が増えてきた。後は言わなくても分かるだろう? エルシィさん達は心よくまで楽しんでから帰っておくれ」
彼はそれだけ言い残すと飲みかけの酒もそのままに去っていった。
その背中を見送りながらエルシィはほんの少し不憫そうな顔を見せる。
「あの人も、あれで難儀な人ですね。変態なのはいただけませんが、こういう時に皆で騒げないのは少し可哀想な気もします」
エルシィの言葉に竜人はフッと笑いを零す。
「其方もあやつに甘くなったものだ。だが、人の地の勇者があのような男であったことは運が良かった」
「ええ……素直に認めるのはちょっと癪ですけど、あの人の明るさがなかったら、私達は今ここでこんな風にしてはいられなかったかもしれません」
上機嫌に酒を飲み干していた竜人は、真面目な顔付きになって彼女に向き直る。
「其方には世話になったな。人間というのも貧弱なようで中々気概がある。これからもこやつのことをよろしく頼むぞ、エルシィ」
竜人が口元を橙色に染めた少女の頭に手をおいて言うと、エルシィは火照った顔に満足そうな笑みを浮かべて胸を反らして見せた。
「ほら、やっぱり私は頼りになるでしょう? セレンちゃんのことなら任せてください。……やっと、私のことを名前で呼んでくれましたね」
彼女はダークブルーの瞳にほんの少し物寂しげな色を浮かべて続ける。
「お礼なんていいんです。ガレディアさんは滅茶苦茶なことばかり言うから大変でしたけど、私はあなたと一緒にセレンちゃんがこの街に暮らせる方法を考えるのも楽しかったですよ」
「ふむ。それは何よりである」
竜人は清々しい顔で言葉を返す。
彼らが話している間に少女は魚料理をすっかり完食してしまったらしい。彼女は一度自分の腹を撫でてから、竜人に頭を振り向けると、頬を緩めて言った。
「ガレディア、沼に帰ったら、また沢山おさかなとってきてあげる」
次いでエルシィの方を振り向く。
「エルシィにもとってきてあげる」
「そうね。楽しみにしてるわ」
魚を食べた直後に魚を捕ってきてやるなどと言われてもあまり嬉しくはないのだが、少女なりに竜人とエルシィへの感謝を示しているのかもしれない。
少女は常より口数が多くてご機嫌そうである。
解散の時を前にしてエルシィが思い出したように手を叩く。
「セレンちゃん、あなたは今日から正式にこの街の市民になったから、改めて言わせてもらうわ」
彼女はダークブルーの瞳に温かい光を浮かべてにっこり微笑んだ。
「シルトの街へようこそ!」
あともうちょっとだけ続きます!