第131話 祝宴
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「だから言ったであろう。其方は勝利すると。だが、死を間際にしたような其方の儚い姿も愛いものであった!」
竜人は大きなカップになみなみと注がれた酒を煽りながら少女に言う。
竜人達は街の酒場に集まっていた。
投票で無事、少女が市民権を獲得したことの祝宴を上げているのだ。
竜人と勇者、エルシィと少年、そして蛇尾族の少女は大きな丸テーブルで木椅子について歓談に耽っている。
テーブルの上には川魚から作った多様な料理と勇者が持ってきた酒瓶が並んでおり、これを一目見た側から少女は瑠璃色の瞳をきらきらさせて感動を露わにしていた。
「これで、やっと一息つけますね。波乱万丈な百日間でしたが、セレンちゃんが生きてこの時を迎えられて、本当に安心しました」
彼女は少し酔っているのか、うっすら頬を赤くしながら目を細めて少女を見やる。
青いチュニックに着替えた少女は小さなカップを両手で抱えて、橙の液体を睨んでいる。酒ではない。柑橘系の果実を絞ったジュースである。少女は生まれてこのかた綺麗な水か濁った水しか飲んだことがなかったので、見たことがない色の液体に臆しているらしい。
「これ、飲んで平気なの?」
少女が隣に座る少年に恐る恐る尋ねると、彼はカップに注がれた少女のものと同じジュースをぐいっと一口飲んで口元を橙色に染めてから言った。
「うん! 美味しいよ! 僕は泥水よりもこっちの方がずっといいと思うな!」
少女はカップに唇をつけてわずかに啜ってみる。
「あまい」
彼女は顔をあげて不思議そうに呟いた。
まだかすかに躊躇っている風だがお気に召したらしい。カップに両手を添えたままちびちび味わっている。
「あの人も意地が悪いです! 結果が決まる前から、あんな、ぐつぐつ煮えたぎった大鍋を引っ張り出してきて! 小さな子どもを怖がらせてそんなに楽しいんでしょうか!」
エルシィは酔いが回ってきたらしい。蜂蜜色の美酒が注がれたカップを机に叩きつけて叫んでいる。
彼女や竜人の手にある酒は役人から譲り受けてきたものなのだが、流石に勇者もその出所は皆に伝えなかった様子である。
「アルフレート殿には立場があるからね。魔族との交渉は飽くまで利益の為だと内外へ大仰に示しておく必要があるのさ。それにしてもエルシィさん、お酒はあまり強くないみたいだね」
「お酒! お酒と言えば巷の噂で聞いたんですけど、あの役人、学士時代は無類のお酒好きだったらしいじゃないですか! 酒類の一滴も飲まなさそうな顔しておいていい度胸です!」
そのうち頭から火でも噴きそうなエルシィを勇者が宥めていたら、ぞろぞろと客が増えてきた。
少女が通りで声をかけた時に快く挨拶を返してくれた住民達だ。少女らがここにいることを聞きつけてやってきたのかもしれない。役人が投票結果を発表した時には彼らもほっと胸を撫でおろしたものである。
「嬢ちゃん! 良かったな!」
「おめでとう!」
「今日は歴史に残る日だわ!」
住人達は明るい笑顔で少女に声をかけては席について談笑を始める。
どうやら彼らも祝ってくれるらしい。
そんな彼らの言葉を少女も適当に相槌を打ったりしながら聞いている。人間と見れば狼の如く怖がったこの街にやってきた時に比べれば見違えるような光景だった。