第127話 投票
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投票場となる広場は既に街中の人々でごったがえしていた。
様々な催しで使われてきた場だが、これほどの大衆が集まるのはここ数年ぶりだろう。
人々が静粛にして見つめる広場の片側には人間を幾人も放り込めそうな鉄鍋があった。
魔王軍が攻めてきた時に使われたものらしく、所々歪に歪んでいる。
赤々と燃え盛る火にかけられた鉄鍋はぼっこんぼっこん泡立って地獄の釜のようだ。
昼の今はあの夜ほどの威容でないが、恐ろしさは変わらない。
蛇尾族の少女は灰色の拘束衣を着せられ、鉄鍋の隣に設えられた高台の上に立たされていた。両腕を胴体ごとベルトで固定され、両手首に取り付けられた鉄輪から伸びる鎖の先に重そうな鉄球が転がっている。
台上には数人の衛兵と王都の役人がいた。
高台を見守る観衆の中には少女のよく知る面々も揃っている筈だが、あまりの人混みでここからは誰がどこにいるのか見当がつかない。
人々の後方で衛兵達に囲まれながら仁王立ちしている竜人の位置だけが少女の目にもはっきりと分かった。
緋色の相貌に憂いの色はなく、必要以上に浮足立つこともなく泰然自若として台上を見つめている。
衛兵達に連れて行かれる時少女にくれた言葉は、
「今日こそは竜族より面の皮厚きあの役人に目にもの見せてやるのだ! ではセレンよ、行ってくるがよい!」
という自信溢れる一言のみであった。
しかし竜人の感性が必ずしも人類の価値観と合致しないことはこの街へ来た時に見せつけられている。
いつだって余裕のある巨躯に勇気づけられてきた少女だが、今この場に至ってそれは彼女の不安を煽るばかりなのであった。
「シルト市民諸君」
硝子玉のような瞳で観衆を見下ろす役人が呼び声を上げた。
彼は低くよく通る声で朗々と説明を始める。
「これより魔物の娘の処遇を決定する。市民の過半数が受け入れる意思を持つのであれば、今後も魔物の娘はこの地で暮らしてゆくことになる。そうでない場合、この者を我らの敵兵とみなし諸君の前で拷問にかけた後処刑する」
役人はちらりと鉄鍋に視線を投げる。
「処刑が決まった場合にはこの鉄鍋で魔物を焼き殺す。まず、魔物を縄で縛り梁から吊るし、鍋の中へ尾先より少しずつ浸しながら此度の移住計画に関して真意を糺す。次に夜の地に関する情報について、先の交渉で開示していないものがないか検める。その他必要事項を問いただした後、魔物を鍋に沈め処刑する。ただし、王都への報告の要から首のみは傷つけず残しておくものとする」
傍らで役人の説明を聞く少女は顔色を真っ青に染め鉄鍋の中の輝きを見つめた。どうやらこの大掛かりな処刑装置は元々この時のために用意されていたものらしい。
「では、投票作業を始める」