第110話 痛みと絆
大剣を失った少女の腹は栓が抜けたように夥しい量の鮮血を吹き出し、腹の中を逆流した血が唇からどぷどぷと溢れてくる。
死の予兆に固まっていた相貌が堪えようもない苦悶で歪められてゆく。
地面に赤い染みを零しながら頽れてゆく小さな体を、大きな赤い左腕が抱き留めた。
片腕で抱えられる少女の息は弱々しく、腹を染めるぶちまけたような赤色は美しく白い肌の上で哀しいまでに鮮やかだった。
彼女は一度ごぽりと血塊を吐いてからか細い声で己を見下ろす男の名を呟いた。
「ガレ……ディア…………」
呼ばれた竜人もまた、その身を血塗れにして満身創痍だ。
城壁の中から目覚めて今こうしているのが不思議な程。
魔物を殴り飛ばした右腕はぶらんと垂れ下がって動きそうもない。
元より限界だったのかもしれない。
「セレン!」
竜人は深緑の瞳に強壮な光を宿し、己の肉体など知るものかと声を張り上げた。
「斯様に苦しむ姿も尚愛らしい! 痛むなら大いに苦しめ! 俺はその様もまた愛でよう」
言葉が紡がれる間にも少女の血はどくどくと大きな腕の隙間を伝い流れて止めどない。 白い肌が青白さを通り越して土気色を伴ってゆく。
浅く浮き沈みを繰り返す胸が息を止めるまで幾何もないと、誰が見ても明らかだった。
「だが死ぬことは許さぬ! 其方は必ず助かる!! 俺が言うのだから絶対だ!!」
有無を言わせぬ命令のような言葉。
傲然として力強い呼びかけは、散り散りになりそうな少女の意識を確かに繋ぎ止める。
「よいな?」
朦朧と濁った意識の中で少女は力なく頷く。
焦点のうまく定まらない瞳は破れた腹の絶望的な痛みを訴えるようで。
血と共に辛そうな息を吐き続ける彼女の姿はあまりに惨い。
ただ、まだ苦しんでいるということは、まだ死に抗っていることの証左でもある。
きっと望めば昏く甘い終わりの安寧に沈んでいけるというのに。
少女は竜人の言葉を律儀に守ろうとしている。
いっそ猟奇的な讃嘆の言葉も、少女を生かす為に意味のないものではなかった。
「うむ」
竜人は満足げに応答し赤に塗れた小さな体を横たえた。
一度だけ瑠璃色の前髪を優しく撫でてから目を細めて言った。
「よくやってくれた」
そうして腰を上げ、背を向ける。
視線の向かう先は魔物が吹き飛ばされた粉塵の中。
少女の生還を欠片も疑わず、今はただ己の敵に相対する。