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幼ナーガは今日も生きてます!!  作者: なかみゅ
第五章 幼ナーガ防衛戦争
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第102話 少女が目指す先は


「さて、今のがこの街に侵入してきた一番の大物かな?」


 魔獣共蔓延る只中を一人の青年が軽やかな足取りで歩いてくる。


 引き締まった痩身、明るい茶髪、闇を打ち負かすような陽光色の瞳。外套を羽織った片腕には朝日の色彩に輝く一振りの剣を携えている。


 昼の戦いで倒れた筈の勇者だった。


 勇者は少女に目を向けると興奮に顔面を輝かせながら近寄ってきた。


「んんん!? セレンちゃん!? セレンちゃんじゃないか! どうしてこんなところで裸になっているんだい? まてよ? ひょっとして俺は今セレンちゃんの窮地を救ったところなんじゃないか!?」

「リアム、生きてたの?」


 少女は瑠璃色の眼を丸くして呆然と問いかける。


「勿論だとも! 昼間、奴らを食い止められなかったのは心苦しいが、ともかく俺はこうして復活し戦いに舞い戻ってきたという訳だ!」


 勇者は包帯の巻かれた腕で少女の濡れた肩を憚りもなく触りながら教えてくれた。


 人々の作戦は失敗に終わった。


 体を張って彼女を守ろうとした行いは魔物ラーミナの知略に一歩及ばず打ち破られた。

 それでも、彼らの努力に意味はあった。


 竜人をして矛を交えたいと思わしめる変態が目覚めるまで時を稼げたのだから。


「それにしても、あのでっかい四ツ目君も中々しぶといらしい」


 勇者は弾き飛ばされた魔獣が突っ込んだ瓦礫の山にちらと目を向ける。


 衝撃によって舞い上がった粉塵が晴れてくると、魔獣は低い唸り声を上げながら警戒の色を浮かべて勇者達を睨んでいた。

 脇腹より血を流しているが、覇気は衰えず、眼光は狩人のそれそのものである。


「セレンちゃん! 俺の後ろに隠れ―――む!」


 振り返ろうとした勇者が咄嗟に剣を持ちあげる。

 今まで様子見に徹していた狼共が一斉に動き出したのだ。


 が、狙いは勇者でなければ少女でもなかった。

 彼らは黒い巨体の傍らへ殺到してゆく。


 黒獣は四つの眼で彼らを一瞥し、

 そして、

 

 喰らいついた。


 骨が潰れる音。肉が噛み砕かれる音。それらが混ざって濃厚な悪臭と共に奇怪な音を響かせる。

 巨体に穿たれた脇腹の傷がみるみる塞がってゆく。


「なるほど。そこら中にいる狼達はただの雑兵と見せかけて四ツ目君の回復薬おやつでもあったらしい。不死に近い魔角ベルルム族の使い魔として相応しい生命力だね」 


 軽口を叩いているが、勇者とて万全ではない。

 王国に伝わる聖剣――光る剣(クラウ・ソラス)

 


 真に勇ある人間のみが扱えるこの剣が宿す光と炎熱の加護は無限である。

 限界出力を放てば大国一つ丸ごと両断することも可能だろう。

 

 これを所持する勇者が人の域に収まっているのは人体の限界故。

 勇者の右腕《利き手》の負傷は敵によるものではなく、昼の戦いで力を振るい過ぎた代償である。

 

 強大過ぎる力を解放すればこの剣は所有者の身をも焼き焦がす。

 魔王軍との戦闘半ばで倒れてしまった理由もこの火傷が原因だった。

 服で隠れてはいるものの、彼の負傷は広く右半身に及んでいる。

 

 その気になれば彼はここいら一帯ごと黒獣を消し飛ばすこともできるが、今左腕まで使えなくなれば後がないし、なるべくなら街の損壊は最小限に留めたい。 

 

 再生する巨獣を相手に左腕のみの耐久戦を強いられる勇者は、それでも前を見据え己が雄姿を示さんとする。


 太陽の弾けたような輝きが奔流となって聖剣から溢れ出す。


「しかし安心してくれセレンちゃん! 雪のように美しい君の柔肌を彼らの毒牙にかけさせはしない! 今こそ不死鳥《太陽》の加護を受けし聖剣の力を見せ――――」



 ――――この瞬間、少女は高らかな勇者の声を背に逃げ出した。



 聖剣の光が目くらましになる今こそ好機と睨んだのである。


 少女は守備よく包囲の隙間を抜け、一目散に疾走する。

 既に追っ手の大方が集っていたのか、前方に魔獣の影は見当たらない。

 

 少女は自分だけが助かりたくて勇者を見限ったのではない。

 研ぎ澄まされた生存本能は勇者の傍らにいれば安全だと確信していた。

 

 それでも、少女は心配だった。

 本当は、始めから街の外を目指していなかった。


 敵に占領されつつある街。

 追跡してくる有象無象の魔獣達。

 

 その脅威を実感する程に少女の胸はざわめいて、何も知らないまま取り返しのつかない時を迎えてしまうのではないかと不安に駆られた。

 

 竜人は夜の地(ノクティス)で過去幾度も少女を守護してきた。

 少女に魔の手が及んだことは一度もなかった。

 

 彼が劣勢にあるのかもしれない。 

 街の惨状から悟ってしまうと、少女は居ても立ってもいられなかったのだ。



「……ガレディア」



 少女は疲労に重い尻尾をのたくらせながら、共に在り続けた守護者の名を呟くのだった。

 

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