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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第七章 忙殺の軍師⑤

 天正六年(一五七八年)一〇月、信長からその手腕を認められ、従五位下摂津守を叙任していた荒木村重が摂津国有岡城(現在の兵庫県伊丹市)で信長に反旗を翻して挙兵した。この知らせは直ちに安土の信長に知らされたが、


「な、なぜじゃ。村重が謀反などと・・・。」


 青天の霹靂であったようで、信長は激しく動揺したという。それほど村重の武将としての能力を認め、信じていたのだ。


「忠繁! すぐに村重に使者を派遣せよ。一時の気の迷いであればわしは気にせぬ。」

「かしこまりました。では、村重様と懇意にされていた十兵衛光秀様に依頼いたします。」


 光秀は村重と茶の湯の友として仲が良かった。また、織田家発展のために共に努力し合った仲でもある。その縁で、光秀の長女である岸は村重の嫡子・村次(あらきむらつぐ)に嫁いでいた。



 すぐに光秀は松井友閑などを連れて考え直すように説得へ向かったが、村重は頑として聞き入れなかった。光秀は岸を明智家に返すように説得し、岸を連れて居城へ帰った。説得失敗の報を受け、中国方面の攻略へ向かっていた秀吉は、配下の黒田官兵衛孝高(くろだよしたか、この頃は小寺孝隆と名乗り、後の黒田如水。)を説得に向かわせたが、村重は官兵衛を幽閉し、徹底抗戦の構えを見せた。


「殿、本当によろしかったのですか?」


 家臣の中川清秀(なかがわきよひで)が声をかけてきた。


「今さら何を申すか。信長は必ず天下に害を成す。今叩かねば、この国は暗黒の時代を迎えよう。」


 村重は自室に入ると、愛用の茶器を撫でながら、義昭の使者だと言って訪ねてきた老人のことを思い出した。



 その老人は立派な口ひげに相反したみすぼらしい格好で、児島勘十郎(こじまかんじゅうろう)と名乗り、自分は将軍の使者だと名乗った。


「では、将軍は再び挙兵なさるおつもりか。」

「さよう。信長のためにそなたが道を踏み外すのを不憫に思われた義昭公は、この新包囲網にぜひとも村重殿を引き入れよと厳命なされました。」


 そう言って、義昭が考案したという天下太平案を提示した。そこには、九州は島津家と大友家、山陰山陽は毛利家、四国は三好家、北陸周辺は上杉家、甲信から駿遠地区は武田家、関東一帯は北条家、東北は最上家と南部家が統治し、畿内一帯は荒木家が統治する案を提示した。


「義昭公は京において、天下の政を行います。つまりは、各地区の大名達の頭領として、征夷大将軍たる仕置きをするとおっしゃっております。そのためには、日の本全土を見れなければいけません。統治は各地区の大名に任せ、その運営を義昭公がなされる。これが、義昭様のお考えになられている天下太平案です。」


 村重には日本の中心たる畿内一帯を広く統治し、天下万民のために力を貸してほしいと言われた。ちょうど同じ時期、一向門徒である村重の家臣の一部が、本願寺へ兵糧を横流しにしていたことが発覚し、信長の耳に入っては謀反の疑いがかけられるかという問題があったばかりで、眠れない夜を過ごしていたところだ。


 村重は悩んだ末、この話に乗ることにした。幸い、有岡城は四国とも山陽とも近い位置にある。三好家や毛利家との連携は取りやすい位置にあり、本願寺からの支援も受けられる場所にあった。


「むむむ。将軍がそこまでわしを買って下さっておられるとは。」

「義昭公は、天下泰平には村重殿のお力は不可欠だと申されておる。信長がいかに勢力を伸ばしたと言っても、天下の大名達がこぞって攻めかかればひとたまりもありますまい。このまま信長の配下として地獄への道を進むか、天下万民のために生きるか、村重殿のお考えはいかに?」


 そこまで言われ、村重はこの話に乗ることを決意してしまった。村重は有岡城に籠城し、信長の説得をはねつけ、義昭の天下太平案に乗ったのだった。



 同じころ、駿河の光鏡院では、徳川信康、武田勝頼の代理として長坂釣閑斎、北条氏政の代理として板部岡江雪斎(いたべおかこうせっさい)の三名が会談を行った。小次郎は改めて義昭の思いを伝え、各地の大名達が結託することで魔王信長を倒すことができると訴えた。


「わが主。氏政殿は、関八州を保証していただけるのであれば、武田や徳川との禍根は一切忘れ、天下万民の太平のために協力を惜しまぬと申されております。」

「義昭公は京において、天下の政を行います。つまりは、各地区の大名達の頭領として、征夷大将軍たる仕置きをするとおっしゃっております。そのためには、日の本全土を見れなければいけません。統治は各地区の大名に任せ、その運営を義昭公がなされる。これが、義昭様のお考えになられている天下太平案です。」


 江雪斎の言葉に、小次郎は満足そうに答えた。。


「武田家中では、まだこの話は公になっておりません。勝頼様は先の長篠の敗退でいささか家臣達の突き上げが強く、大事を話せる状態ではないのです。しかし、打倒織田家のためには甲斐の精鋭を惜しまぬと申されております。」


 そう伝えた後、釣閑斎は小次郎に向き直り、


「ただし、一つ条件がござる。織田家討伐の折には、軍師である霞北忠繁の首はわが武田家に討たせていただきたい。あやつは勝頼様を唆し、武田家を長篠に誘い出して騙し討ちにした極悪人。願わくば、勝頼様にその首を討たせたい。憎んでも憎み切れぬ恨みがございます。」


 そう言って唇を噛んだ。長篠の敗戦以降、何度となく忠繁の笑顔が夢に出てきた。あの笑顔に騙され、長篠で大敗した夢を何度も見ては飛び起きた。それは勝頼も同じなのであろう、最近はすっかりやつれた気がする。


「織田の軍師ですか。噂は北条にも入ってきておりますが、なかなかしたたかな奴のようですな。」

「よいでしょう。織田家討伐の折には、霞北忠繁の身柄は武田家にお預けいたしましょう。」


 小次郎はそう言うと、あらかじめ用意していた誓紙を三枚取り出し、


「では、徳川、武田、北条の三家が同盟を組んだことを誓紙にいたします。」


 そう言って三名の署名を記入し、そこに義昭の代筆として小次郎の名前を付け加えると、それぞれが血判を押した。


「それでは、決起の時期はまた義昭様から指示があるかと思います。それまでは、各々準備を怠りませぬように。」


 会談は終結し、それぞれの地へ戻ることになった。信康は初めて自分が大きなことに加わっていることに高揚し、意気揚々と岡崎に引き返した。



 一一月には、信長の命じた大型鉄鋼船が完成し、木津川口の戦いで毛利水軍に勝利すると、本願寺は完全に孤立した。顕如は質素倹約を命じ、疲れ切った僧兵や門徒達にもうしばらく辛抱するように訴えた。


 この時、本願寺の包囲を指揮していたのは佐久間信盛であったが、本願寺からの攻撃がないのをいいことに、包囲しているだけで積極的に攻めかかろうとはしなかった。信長からは本願寺を攻めるよう指示もあったが、長島願証寺で追い込まれた門徒達のすさまじさを学んだ信盛は、恐れて動かなかったとも言われている。



 年が明けて天正七年(一五七九年)六月下旬、岡崎城では、瀬名の主催で茶会が開かれていた。徳は姫達を連れて信康に挨拶のために面会した。


「殿、義母上様。お招きいただきありがとうございます。」

「おお。姫達は息災か?」

「はい。このように健やかに育っております。」


 長女・登久姫(とく)は三歳、次女・熊姫(くま)は二歳だった。瀬名が男子を産まぬからと側室を用意してからは、信康が徳の閨に赴くことはなく、今の徳にとって、二人の姫の子育てがすべての生きる希望になっていた。


「いずれは名のある武将に嫁がせるゆえ、しっかり育ててくれ。」

「はい。」


 徳はお辞儀をすると茶会の会場へ移動した。


「織田殿の件が片付いたら、徳姫の処遇も考えなければ。」

「母上。処遇とは穏やかではないですな。命を奪うほどのものでもありますまい。姫達は嫁がせればよいとして、徳には寺にでも入ってもらえばよいでしょう。」

「ほほほ。それなら、家康殿と一緒に本願寺に送ろうかえ。」

「悪い母上じゃ。」


 笑い合う二人の声を、戸を隔てて聞いていた者がいる。徳姫本人だった。察しのいい徳は、二人が何か良からぬことを考えているのがわかったため、姫達を腰元に任せると、そっと聞き耳を立てていたのだった。血相を変えて自分の部屋に戻ると、腰元の弥生(やよい)がそのただならぬ雰囲気に、


「姫様、何かございましたか?」


 そう声をかけた。ガタガタ震えている徳を見て、


「まずは落ち着いてくださいませ。この弥生が付いております。」


 弥生は徳に水を飲ませ、背中をさすってやった。徳は呼吸を整えると、今しがた信康と瀬名が話していたことを打ち明けた。


「何か良からぬ企みが進んでおる。弥生、そなた調べてくれぬか。」

「わかりました。幸い、今なら茶会の挨拶でお二人とも広間から身動き取れぬはず、調べてまいります。」


 弥生は織田家から徳が嫁いだ時に、信長が護衛のために手配して腰元とした伊賀出身のくのいちだ。弥生は広間に二人がいることを再度確認すると、信康の部屋に向かった。この時間なら側室達も外しているため、中が無人であることを確認して、周囲を警戒しながら音もなく入室した。


 信康の部屋には余計なものがない。煩雑とするのを嫌う信康らしいが、そのおかげで目当ての物はすぐに見つかった。その内容を読み、それが徳川家、そして織田家の存続にかかわる重要なものであることがわかると、弥生の顔色がみるみる変わっていった。


「これは、家康公への謀反の証ではないか。」


 弥生は血判状をそっとしまい込むと、何食わぬ顔をして徳の元へ戻った。弥生が戻ると、徳はその表情からただ事ではないことがわかったのだと推察した。


「姫様。落ち着いてお聞きくださいませ。信康様に謀反の企みがあります。」

「ああ、やはり。」


 心のどこかで、そうではないかと予想していた。距離を置かれているとはいえ、たがいに一度は愛し合った夫婦だ。信康の考えていることは何となくではあるがわかる。


「信長公へ報告いたしますか?」

「待って! 父に報告すれば、信康様ばかりではなく、浜松の義父上様にも害が及びます。弥生、すまないがこれを浜松の義父上様に渡してきてくれまいか。」


 信長ではなく家康に。それは、徳川家を守ろうとする嫁の配慮であった。その気持ちがわかった弥生は、


「わかりました。必ず、浜松の家康公に届けます。」


 そう言うと、そのまま部屋を出た。徳は呼吸を整えると、これから起こるであろう悲劇を思い、胸を痛めた。



 弥生は昼夜を問わず走り抜け、翌朝には浜松城へ到着することができた。


「なにやつ!」

「怪しい物ではございません。岡崎城の徳姫様の使いで参りました。火急の使いです。家康様にお目通り願います。」

「なに、徳姫様の? しばし待たれよ。確認してまいる。」


 門番はそう言うと、重臣の本多正信を連れて戻ってきた。正信は家康の知恵袋ともいえる。信頼の厚い家臣の一人だ。


「これは、徳姫様の侍女。」

「はい、弥生と申します。徳姫様の密命を帯びて参りました。」

「密命? わかった。とにかく参れ。」


 正信は弥生を連れて広間に通し、事情を聞くと驚愕し、すぐに家康へ報告を上げた。しばらくすると、難しい顔つきで家康が広間に入ってきた。


「待たせたな。」

「徳姫様付きの腰元で弥生と申します。こうなっては包み隠さず打ち明けますが、私は信長様より徳姫様の護衛として付けられた忍びの者でございます。」


 そう名乗ってから、弥生は血判状を家康に差し出した。受け取った家康は血判状の内容を確認し、


「愚かな。何ということを考えてくれた。」


 そう言って嘆いたという。


「弥生殿。この件、信長殿には?」

「まだお伝えしておりません。信長公にお伝えしては、信康様だけでなく、家康様にまで害が及ぶ可能性が出るゆえ、まずは家康様へお伝えせよとのご命令でございます。」

「そうか。信康には過ぎたる女房殿じゃな。それゆえに不憫でならん。」


 家康はもう一度連判状を読み返した。


「信康と長坂釣閑斎、板部岡江雪斎はわかるとして、この介添人の梶井小次郎と言う者は何者であろうか。」

「わかりません。その者がいつ岡崎城へ参ったかもわかりません。」


 弥生の答えに、家康は大きくため息を吐くと、


「弥生殿、一つ頼まれてはくれないか。」

「はい、何なりとお申し付けください。」

「この件、安土の信長殿に伝えてほしい。処分はこの家康に任されたいとも伝えてくれ。今、書状を作ろう。」


 家康はそう言うと、信康謀反の疑いと、処分は厳正に行うことと、その後の徳姫のことを書き記し、弥生に渡した。あえて先に信長へ報告することで、この案件に口出しさせないように機先を制することを考えたのだ。


「岡崎に戻ったら、徳姫には何も心配するなと伝えてくれ。」


 そう言って弥生を送り出した。


「いかがなさいますか? 信康殿がこの梶井小次郎なる者にたぶらかされたとも言えますが・・・。」

「信康はわざわざ三家の会合にまで出て血判状を作っておる。それに、瀬名まで絡んでいるとすれば、ただではすむまい。」


 家康はそう言って目を閉じた。正信にはすでに家康がどうするかが良くわかっていた。わかるがゆえに、それ以上は何も言えなくなってしまった。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


村重の謀反に信康の謀反騒ぎ。

天正期もいろいろあったことがわかります。


信長の人生は波乱続きですね。

まさに、駆け抜けた一生であったのではないかと思います。


次回、信康編は佳境に入っていきます。

どうぞお楽しみに!


水野忠

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