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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第七章 忙殺の軍師①

登場人物紹介


霞北忠繁 ・・・元会社員。信長の軍師。右近衛少将。

風花   ・・・光秀が保護していた少女。忠繁の妻となる。

繁法師  ・・・忠繁と風花の子。


織田家

織田信長 ・・・右近衛大将。尾張の小大名から天下の覇者へ。

羽柴秀吉 ・・・織田家の重臣。藤吉郎、筑前守。

竹中重治 ・・・秀吉の家臣。半兵衛。

小寺隆高 ・・・秀吉の家臣。官兵衛。後の黒田如水。

小寺松寿丸・・・官兵衛の子。

竹中重矩 ・・・織田家臣。久作。半兵衛の弟。

明智光秀 ・・・織田家の重臣。十兵衛、日向守。

松永久秀 ・・・織田家臣。信貴山城主。戦国の梟雄。

松永久通 ・・・織田家臣。久秀の子。

森好久  ・・・久秀の家臣。

織田信忠 ・・・右近衛中将。信長の子。

丹羽長秀 ・・・織田家家老。米五郎左。惟住。

柴田勝家 ・・・織田家家老。権六。修理亮。

佐久間信盛・・・織田家家老。退き佐久間。

前田利家 ・・・織田家臣。槍の又左。

細川藤孝 ・・・織田家臣。文武の鑑。

松井友閑 ・・・織田家臣。堺の代官。

筒井順慶 ・・・織田家臣。

佐々成政 ・・・織田家臣。

荒木村重 ・・・織田家臣。摂津守。

荒木村次 ・・・織田家臣。村重の子。

だし   ・・・村重の妻。

岸    ・・・村次の妻。光秀の子。

中川清秀 ・・・荒木家臣。

高山右近 ・・・荒木家臣。

太田牛一 ・・・織田家臣。記録係。


徳川家

徳川家康 ・・・三河、遠江の大名。信長の同盟者。

本多正信 ・・・徳川家重臣。

石川数正 ・・・徳川家臣。

徳川信康 ・・・家康の子。

瀬名   ・・・家康の妻。築山御前。

徳    ・・・信康の妻。信長の娘。

登久   ・・・信康の子。

熊    ・・・信康の子。

弥生   ・・・徳姫の侍女。

岡本時仲 ・・・徳川家臣。三河武士。

野中重政 ・・・徳川家臣。三河武士。


上杉家

上杉謙信 ・・・越後の龍。軍神。

小島貞興 ・・・上杉家臣。鬼児島弥太郎。

柿崎景家 ・・・上杉家臣。突撃隊長。

樋口兼続 ・・・上杉家臣。与六。後の直江兼続。

直江景綱 ・・・上杉家臣。

上杉景虎 ・・・謙信の養子。三郎。

上杉景勝 ・・・謙信の養子。喜平次。

的兵衛  ・・・上杉の忍び。和雪の的兵衛。


武田家

武田信玄 ・・・甲斐の虎。病床に伏す。

武田勝頼 ・・・甲斐の大名。信玄の子。

長坂釣閑斎・・・武田家臣。勝頼の側近。



本願寺家

本願寺顕如・・・浄土真宗宗主。光佐。

本願寺教如・・・顕如の子。

本願寺准如・・・顕如の子。


その他

今井宗久 ・・・堺の豪商。茶人。

千宗易  ・・・茶人。

津田宗及 ・・・堺の豪商。茶人

畠山義隆 ・・・能登大名。

畠山春王丸・・・可隆の子。

長綱連  ・・・畠山家臣。

遊佐続光 ・・・畠山家臣。

温井景隆 ・・・畠山家臣。

宇喜多直家・・・豊前国の大名。

足利義昭 ・・・室町第一五代将軍。

北条氏政 ・・・関八州の大大名。

板部岡江雪斎・・北条家臣。外交官。

別所長治 ・・・毛利家臣。三木城主。

曲直瀬道三・・・医聖と呼ばれる京の名医。


 天正五年(一五七七年)八月一七日、松永久秀は、突如として天王寺砦を焼き払い、久通と共に信貴山城に引き上げ、反信長の兵を挙げる。霞北屋敷での花見の会からわずか四カ月後の出来事であった。


「あの老いぼれめ、何を血迷うたか。」


 信長は目を細めて信貴山城の方角を見た。この安土からは見えるはずもないが、信長の悔しさが背中から伝わってきた。


「忠繁。信貴山城へ使者を送れ。すぐに開城すれば不問にするとな。」


 信長も、鞆に追放された義昭が信長討伐の檄文を繰り続けていることは知っている。大した影響もないと放っておいたが、ここにきて、再びその悪影響が出始めたのだ。信長は冷酷、冷徹なイメージが強く、裏切りなど問答無用で斬り捨てそうだが、長島で討ち死にした兄・信広が謀反を企んだ時も不問にしているし、以前の久秀の謀反も許している。弟の信行が謀反を企んだ時も一度は不問にした。


 忠繁は堺の代官であった松井友閑(まついゆうかん)を使者に立て、久秀に降伏するように求めようとしたが、久秀は使者の受け入れすらしなかった。


 光秀が信貴山城の支城である片岡城を攻め落とすと、信長の嫡男である織田信忠を総大将に、筒井順慶、細川藤孝、丹羽長秀、そして羽柴秀吉らの軍勢、総勢四〇〇〇〇が信貴山城を取り囲んだ。そして、一〇月五日、信忠は総攻撃を指示する。しかし、信貴山城は久秀自慢の名城、何層にも築かれ、計算し尽されたその造りに、信忠達は苦戦を強いられる。門ひとつ攻めるにも、門をぐるりと囲んだ郭から弓矢や鉄砲が放たれるため、攻め手は真後ろ以外囲まれながら戦っているようなものだった。被害が大きくなる前に、信忠は引き上げを命じた。


「ふふふ。どうじゃ、わが自慢の信貴山城は。信忠、早々に落とせるものではないぞ。」


 信貴山城の天守閣で、取り囲む織田勢を見ながら久秀は高笑いした。城に籠る松永勢は八〇〇〇ほどであったが、今日の戦いは完全に織田勢を手玉に取っていた。


「父上、この機に本願寺へ援軍を求めてはいかがでしょう。」

「そうじゃな。北陸では謙信が南下してきておるし、ここで本願寺が挙兵し、毛利や武田、北条が立ち上がれば、まだ勝ち味があるというもの。」


 久通の提案に、久秀は配下の森好久(もりよしひさ)を呼び出すと、石山本願寺へ援軍を求める使者となるように指示した。


「好久、石山本願寺へ援軍を求めに行け。」

「ははっ。」

「少数でもよい。本願寺が援軍に来れば、兵達の士気は上がり、ここで時を稼げば謙信や毛利が駆け付けよう。そうなれば、武田も北条も動く。」

「命に代えましても、石山本願寺へ援軍をお願いしてまいります。」


 しかし、好久は夜陰に紛れ信貴山城を脱すると、本願寺へは行かず、そのまま筒井順慶の陣へ出向いた。好久は、数年前から順慶が松永家へ送り込んでいた間者だったのだ(諸説あり)。


 順慶は好久が来たことを信忠に伝えた。


「ほぅ。では、好久殿が本願寺の援軍を連れ帰ったと偽って、筒井殿の兵を信貴山城に紛れ込ませるというか。」

「はい。」

「少将殿、いかが思われる。」


 忠繁は信長の命で信忠の軍師として参陣していた。あわよくば久秀の説得に出向きたいと考えていたのである。それは信長も承知済みで、久秀の経験や見識は、まだまだ今後の織田家の力になると考えていた。


「よいお考えと存じます。援軍と称しても、本願寺の現状を考えれば大軍は送れません。せいぜい数百程度でしょう。順慶様は今夜中に兵を選抜し、好久殿は明後日の早朝、織田勢を突破したというように見せかけて信貴山城へ戻ってください。そこで、頃合いを見て攻めかかるのです。」


 順慶はさっそく二〇〇名の鉄砲隊を組織すると、二日後の日の出前、歓声と共に筒井勢、明智勢をかき分けるように突破させ、そのまま信貴山城へ向かわせた。忠繁はその様子を見届けると、


「信忠様、お願いがございます。」


 膝を付いて信忠に願い出た。


「好久殿の兵がうまく城内を攪乱させましたら、落城前に今一度、降伏勧告に使わしていただけないでしょうか。」

「なんですと?」

「上様は、改心するのであれば久秀様を助けてもよいと仰せになられております。私も、戻るのなら戻らせたいと考えます。」


 信忠は決していい顔はしなかった。信長と違って、信忠は内向的で堅実。即決即断の信長と対照的に、家臣の言葉に耳を傾けてから物事を決める。その信忠にしてみても、裏切りと降伏を繰り返す久秀の行動は理解しがたいものだった。


「中将様(信忠のこと)にはなかなか理解しがたいかもしれませんが、松永久秀はこの戦国乱世において異質な存在です。世間一般的な武士の物差しでは測りきれない考えがございます。しかし、あの者の見識は深く、今後も織田家にとっては有益です。」

「・・・あいわかった。あの他人に心を許さぬ父上がそばに置く少将殿の考えじゃ。わしが思うよりも正しいのだと思う。しかし、ここまで久秀は我らの使者を受け入れていない。向こうが断ってきたらお諦めくだされ。」

「ありがとうございます。」


 本願寺の援軍として迎え入れられた好久達は、信貴山城の三の丸付近に配置された。そして、一〇月一〇日早朝、信忠は順慶達を先頭に再び一斉攻撃を指示した。順慶は竹束で銃弾や弓矢を防ぎつつ前進を命じ、何度か押し返されたものの、なんとか城門までたどり着くことができた。


「ふふ。無駄なことを、何度来ても同じじゃ。」


 天守閣から久秀が不敵に笑いながら見下ろしていたその時だった。三の丸に配置した森勢の鉄砲隊が、一斉に味方へ向けて発砲したのだ。


「なんじゃと!?」


 味方からの銃弾により二の丸は身動きが取れず、その援護のなくなった城門はあっさりと突破された。こうなるといかに難攻不落の名城と言えど崩壊は早かった。夕方前には本丸を残してすべての郭が織田勢に落とされた。


「父上、織田方から降伏の使者が来ておりますが、いかがいたしますか?」

「今さら降伏などせん。追い返せ。」

「使者は、少将忠繁様です。」


 それを聞いて、けだるそうに外を眺めていた久秀はようやく久通の方を向いた。


「ふむ。久通、使者を受け入れよ。受け入れたらおまえはありったけの火薬を天守下に仕掛けよ。忠繁を帰したら火を付ける。よいか、間違っても忠繁を返すまで吹っ飛ばすでないぞ。」


 そう厳命すると、襟元を正して忠繁の入城を待った。



 忠繁は本丸の門前で一度深呼吸をして息を整えた。門が開かれると、中ではいまだに大勢の兵士が弓矢や鉄砲、槍と言った思い思いの武器を構えて待ち構えていた。少しでも刺激すれば、自分をはじめ、後ろに控えている多くの兵が命を落とすことになる。


「父上がお会いになるそうです。使者は少将様お一人でよろしいのですか?」

「ええ、私一人です。」


 久通は忠繁を受け入れると、再び門を閉じた。


「ご案内いたします。」


 久通の案内で、忠繁は本丸を登り天守閣へ上がった。久通は案内を終えると一礼して戻っていった。天守閣の窓際、久秀は扇子で自分を仰ぎながら、不敵に笑って待っていた。その目の前には、たくさんの茶器が並べられていた。戦のせいなのか、久秀は茶会の時よりも少しやつれて見えた。


「失礼します。」

「おぅ、少将殿。花見の会ではすっかり馳走になったな。いろいろ広げてしまってすまんが、まぁ、座れ。」


 茶器を挟んで、忠繁は腰を下ろした。この茶器の数々は、名物平蜘蛛の茶釜をはじめ、久秀が集めた一級品の茶器達であった。これすべてでどのくらいの価値があるかは忠繁にはわからない。しかし、久秀が生涯をかけて収集してきたことを考えると、その品々がとんでもない価値になるだろうということはわかった。


「久秀様、単刀直入に申し上げます。」

「降伏はせんよ。」


 忠繁が話し始めると、久秀はかぶせるようにそう言って笑った。


「信長は平蜘蛛の茶釜を差し出せば不問にすると言っておったな。はは、甘い男じゃ。」

「上様は、久秀様の見識を惜しまれております。降っていただけるのでしたら、今の待遇と変わらない身分を保証します。いや、させてみせます。」

「阿呆ぅ。少将殿ともあろうお方が、何を甘いことを言っておるのじゃ。それでは他の家臣達に示しが付かん。」


 久秀は首を振った。忠繁はため息を吐き、


「久秀様はなぜ謀反など。茶会の時はそんな姿、微塵も見せなかったではないですか。朽木谷でも、天王寺砦でも、信長様を討とうと思えばできる機会はあったのに。なぜ、なぜ今、謀反など。」


 と問いただす忠繁に久秀は笑って答えた。


「わしは面白いことが好きじゃと申したであろう。天地がひっくり返らぬ限り、信長が戦国乱世を終わらせる。わしは戦国の梟雄と言われた松永弾正久秀じゃ。平和な世にこれほど似つかわしくない男もおるまい。」

「天地はひっくり返ります。」

「なんじゃって?」


 忠繁の言葉に、久秀は首をかしげた。


「天正一〇年六月二日、上様は京本能寺において、ある家臣の謀反に遭い命を落とされます。上様の天下統一は果たされません。」

「お、お主は、なにを言っておるのじゃ。」


 さすがの久秀も、忠繁のこの言葉には驚き、思わず身を乗り出した。が、


「・・・ぐはっ。」


 急に身体の中のものがこみ上げ、久秀は吐血してしまった。茶器のいくつかにその血が降り注ぎ、いびつな線を描きながら床板に吸い込まれていった。


「久秀様! まさか、ご病気。」

「ふふ、歳には逆らえぬな。一年ほど前から、たびたび血を吐くようになってな。茶会のころはまだ食べることができたが、この半月は食べることもままならぬ。それよりも、信長が討たれるというのはどういうことじゃ。お主がなぜそれを知っている。」


 口元の血を拭いながら、久秀は怪訝な顔で忠繁を見た。忠繁は一度息を吐くと、


「私は、四〇〇年先の時代から舞い込んできた者です。」


 と、そう伝えた。しばしの沈黙、久秀の頭の中で忠繁が何を言ったのか整理しているのであろう。しかし、何度か頷いた後、久秀は笑い出した。一蹴されるか、馬鹿にされるか、いずれにせよ信じてもらえるはずもないと思っていた忠繁にとって、久秀の言葉は意外なものになった。


「ふふ、戯言を申すな。と、言いたいとこだが、そうか、そう言うことか。ははは、大体わかったぞ。少将殿、お主は先の時代から舞い込んできた、ゆえに、信長に取り入って戦略を立ててきたのか、知っている歴史をなぞっただけということか。」

「そう言うことになります。もっとも、すべてがすべてではありません。私が覚えている歴史の知識は浅く、信長様に進言したのは桶狭間と墨俣と長篠においてのみです。それ以外は、自分で考えたり、工夫をしてきました。」

「だがわからん。信長が本能寺で死ぬのであれば、その謀反人を今から除外すればいいではないか。お主は信長の軍師であるだけでなく、最も信長が信頼する側近じゃ。」


 久秀の指摘に、忠繁は視線をそらした。除外してよい人物ならそうしたのであろうか。いや、除外する前に本能寺の変を回避できる方法を模索したかった。光秀もまた、忠繁にとっては失いたくない大事な友人だからだ。


 忠繁のその表情で、大体のことが久秀にはわかってしまった。


「明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康。この辺りのいずれかが信長を討つのか。」


 顔には出さないように努めたつもりだったので、忠繁は驚いて顔を上げた。久秀はとぼけたように笑うと、


「おぬしが簡単に除外できぬ人物と言えば、懇意にしている明智、羽柴、徳川、この辺りになろうな。まぁ、今となってはどうでもよいがの。」


 そう言うと、おもむろに立ち上がろうとして、足元をふらつかせた。


「久秀様!」


 慌てて忠繁は茶器をよけて駆け寄り、その身体を支えた。驚くほどに痩せていて弱々しかった。躑躅ヶ崎館に一緒に行った時は、共に温泉に浸かった時は、老体とは言え筋骨隆々の歴戦を駆け抜けた身体付きをしていたが、服の上からでもわかる痩せ方に、改めて久秀が重病だということがわかった。


「大丈夫じゃ。」


 久秀は忠繁の支えを振り払うと、天守からこの本丸を取り囲む織田勢を見下ろした。兵士達の中には、久秀が姿を現せたことに気が付く者もいるようだ。所々で天守を見上げて、指差しているのが見える。


 久秀は肩で息をしながら、集まった軍勢を見渡した。こうやって天守から兵士達を見下ろし、天下人たる自分に酔いしれる。そんなことを考えたこともあったが、今では何の感慨もわかなかった。


「ご病気ならなおさら、今一度降り養生してください。」

「それこそ戯言じゃ。六〇年じゃ、六〇年以上この乱世を駆け抜けてきて、今さら畳の上でなど死ねるか!!」


 声を荒げてはみるが、思うように声も出せない。久秀はよろよろと腰を下ろすと、


「平蜘蛛の茶釜は、しゃくだから冥土に持っていく。ふふ、信長には久秀と共に砕け散ったと言え。」


 そう言って、不敵に笑った。


「少将殿。そろそろ、お別れの時間じゃな。もう、戻られよ。わしは病ではなく自分の手で逝く。」


 それ以上、久秀を説得する言葉も、別れを伝える気の利いた言葉も、忠繁からは出てこなかった。久秀は忠繁のその気持ちがわかったのか、


「わしにこれ以上気を遣うな。別れの言葉もいらん。本能寺で謀反が起きるのであれば、そなたの知恵で何とかしてみせよ。」

「久秀様・・・。」

「そなたは、信長の軍師であろう?」

「・・・はい。やってみます。松永弾正久秀様、お世話になりました。」


 忠繁は一礼して階段へ向かった。そして、階段を降り始めてふと立ち止まると、もう一度久秀を見て頭を下げた。久秀は上衣を脱ぎ、キセルに煙草を吹かしては、自分の身体に灸をすえていた。その顔は満足そうな笑顔だった。階下で待っていた久通に連れられ、忠繁は本丸の外へ出された。信忠が、首尾はどうなったかと歩み寄ってきたが、忠繁は静かに首を横に振った。


「天守から火が上がったぞ!」


 誰かの声に振り返り、忠繁は天守閣を見上げた。次の瞬間、閃光が走ったと思うと、轟音と共に天守は爆発し、四方に破片が飛び散っていった。忠繁は信忠に下がるように促し、白煙に包まれる天守を見ながら、


「爆死って、面白すぎですよ。久秀様・・・。」


 そう言って寂しそうに笑った。久秀、久通親子が天守に爆薬を仕掛けて爆死したため、残った城兵は門を開けて降伏した。それもあらかじめ久秀が命じていたらしい。久秀らしい用意周到さであった。


 久秀の逸話はその死に際しても多く、この爆死が本当であったかどうかも諸説あるが、どちらにしても信貴山城で自害する直前に灸をすえていて、


「今から自害するのに灸をすえてどうするのですか。」


 と言う久通に対し、


「馬鹿者、灸は脳卒中の予防でやっているのであって、万が一、自害の際に脳卒中を発症して身体が動かなくなったら、松永は自害の恐怖で身体が動かなくなったと笑われる。灸をすえることで脳卒中を防ぎ、心穏やかに死ぬことができよう。」


 と、答えたとか。他にも、東大寺の大仏を焼いたのが永禄一〇年(一五六七年)一〇月一〇日、その一〇年後の同日に死んだことから、大仏を焼いた天罰が降ったと噂されたりした。将軍殺し、日本人初のクリスマス会などなど、戦国の梟雄と言われた松永久秀は、たくさんの逸話を残し、六八年の生涯を駆け抜けたのであった。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


実は、時霞の登場人物で松永久秀が一番好きだったりします。

こんなに破天荒で、自分に正直で、

物語の中では頭も良くて気も効くおじいさまでしたね。

こんな風に生きてみたい。。。


次回は謙信編最終章突入です。

お楽しみに!


水野忠

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― 新着の感想 ―
[一言] 68ならこの時代だと超長寿なので あったかも知れないですね しかし、畳でしぬのが嫌だから謀反って 数奇者の松永久秀らしいですわ
[一言] まぁ、脳卒中って用語は現代用語なので昔の人に言ったら、全く分からないと思いますよ笑。信玄の時もそうだったけど、理解してくれるのが凄い笑。
[良い点] テンポが早くて読みやすいです。 [気になる点] 天正五年が一九七七年になってますが? [一言] 数字の間違いは目につきやすいのでもったいないと思います。
感想一覧
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