第六章 虎と龍と梟と魔王②
尾張を出発した忠繁と久秀は街道を抜け、一路、躑躅ヶ崎館を目指した。馬に乗っているとはいっても、その振動の度に背中が痛み、忠繁にとっては地獄のような移動になった。
「大丈夫か、和泉守殿。」
「はは、馬が動くたびに痛みが走ります。でも、武田を引っ張り出すためですので、我慢我慢です。」
その忠繁の姿を見て、久秀はふと思ったことを口にした。
「和泉守殿は、信長のためにどうしてそこまでできるのじゃ?」
久秀としては、使える主など自分の力が存分に発揮できるのであれば、いつ変えてもいつ裏切ってもいいと思っている。しかし、献身的とも言える忠繁の信長への行動は、戦国の梟雄と言われる久秀には新鮮だった。
「単純に、信長様が好きなんですよ。」
忠繁は屈託なく笑うとそう答えた。その笑顔を見た時に、久秀は不思議な感覚になったことを感じた。まっすぐに信長を好きだと言う忠繁の想い、そこには尊敬と友愛があることが伝わってきた。長く、久秀にはなかった感情だ。
「世間では、比叡山焼き討ちや、将軍追放、長島願正寺の虐殺など、冷酷で情のない方と言われてしまっておりますが、私は、信長様が家臣思いで、領民思いで、そして家族思いなのを見てきました。この方が天下を治めれば、親が子を、子が親を、兄弟を殺さなければいけないような悲しい時代は終わると、そう信じているからです。」
「そうか、そなたの行動は、すべて信長様が基準になっておるのじゃな。」
「私からも聞いていいですか?」
「なんじゃ?」
「久秀様は、信長様の臣下になったり、裏切ったり、また戻ったり、そのお心がどこにあるのかわかりません。いや、軽蔑しているとかではなく、本気で裏切ったのなら朽木谷で信長様を助けたり、その行動が不思議なんです。上手く言えないのですが、久秀様はこの戦国の世において、他の武将とは一味違って感じるのです。」
忠繁の疑問に、久秀はしばらく黙って考え込んだ。そんなことを面と向かって聞いてこられたのは初めてだった。改めて考えると、その行動の理由が何なのか、自分でも考えたことがなかった。
「・・・そうじゃな。わしは、自分に素直なのかもしれん。信長様に従っているのも平伏しているわけではない。織田家で働けば面白そうじゃというだけじゃ。信長様が負けるであろうなと思ったから、わしは包囲網に加わった。しかし、武田は撤退し、将軍は追放され、朝倉も浅井も滅んだ。そのままではわしも共倒れじゃから戻った。わしは主を変えるのは当たり前のことだと思っておる。負けるとわかっている弱い主君に従って死ぬのはご免じゃ。それは悪ではない、裏切られたくなければ常に強くあればいいと思っているのだ。」
「ご自身で天下を取ろうとは思わなかったのですか?」
「ないな。わしは自分が天下人と言う器ではないことを、自分でよくわかっておる。しかし、平々凡々と生きていくのもつまらないじゃろう。」
「久秀様は、面白いことがお好きなんですね。」
「はは、そうかもしれんな。確かに、織田家におれば退屈はせん。」
久秀はそう言って笑った。破天荒な人生と数々の逸話のため、松永久秀と言う人物はどちらかと言うとダークなイメージが強い武将かもしれないが、忠繁はこの自分に正直な人物が好きだった。また、年齢や見た目と違って、意外と面倒見がいいことも尊敬していた。
「さて、そろそろ今夜の宿を決めようか。そなたの傷を考えると、野宿で地べたにうつ伏せで寝かせるのは忍びないからのぅ。」
そう言って再び笑った。甲斐に入って宿を取り、久秀は宿の下人に金を渡して忠繁の看病を任せた。もうこの頃になると出血はしていないが、痣が残り痛みも酷かった。薬湯を飲みながら、うつ伏せになると井戸の水で背中を冷やし、寝る前には塗り薬を塗って休む。そんなことを繰り返し、とうとう、甲斐の本拠地である躑躅ヶ崎館へ到着した。
最後の関所を通った時に、武田兵が勝頼に久秀の来訪を伝えに走ってくれた。久秀は勝頼の側近、長坂釣閑斎(ながさかちょうかんさい、長坂光堅ともいわれる。)に面会を伝えてほしいと頼んだ。そのため、躑躅ヶ崎館に付いてからは、釣閑斎は二人に部屋を迎え、そこで待つように指示した。
「さて、いよいよ正念場じゃな。我らの降伏を信じさせ、何としても武田を動かすのじゃ。おぬしの弁論にかかっておるぞ。」
「はい。自信はないですが、やるだけやってみます。」
「ところで、信長様から金子は預かってきているか?」
「はい。結構な量を持たされました。必要になるだろうからと。」
忠繁が首をかしげると、久秀はにやりと笑った。その時、久秀とそうたいして年齢の変わらない老齢の男が入室してきた。久秀よりも線は細いが長身の男だった。
「おぅ、これは久しいな。」
「釣閑斎、お邪魔しておるよ。」
「信長に寝返ったお主が、武田家に何の用じゃ?」
釣閑斎はそう言うと、二人の前に座って久秀を睨みつけた。長坂釣閑斎は信玄の代からの武田家臣で、性格は野心家で自信家。しかし、勝頼のことはかわいかったようで、実の息子のように助け、勝頼も釣閑斎を信頼して側近に取り立てている。
「寝返ることにしたのよ。もともと、将軍と朝倉、浅井が連続して滅んだからな。身に危険が及ぶ前に降ったふりをしたまでじゃ。顕如も勝頼殿も、まだ打倒信長の気持ちはあるんじゃろう?」
「それは無論じゃ。今も信玄公が果たせなかった上洛を果たすべく、勝頼公は準備を進めておる。今度こそ、織田家は終わるじゃろう。」
「そうなるだろうと思って、早めに武田に降ることにしたのじゃ。ほれ、わしだけではない。織田家の重臣、佐久間信盛様も、この霞北忠繁殿も一緒じゃ。忠繁殿は三方ヶ原で空城の計を用いた策略家、なかなかの知恵者ですぞ。おっと、これが佐久間様からの書状じゃ。」
久秀はそう言って離反の書状を釣閑斎に差し出した。釣閑斎は書状を読むと、忠繁と久秀の顔を交互に見た。忠繁は久秀に紹介されたため、痛みをこらえて頭を下げた。
「長坂様。ご面会いただきありがとうございます。霞北和泉守忠繁と申します。」
「霞北和泉守・・・。間者の報告で知っておるぞ。信長のお気に入りの側近ではないか。そんな男がどうして信長を裏切る。」
「それは・・・、勝頼様の前でお話いたします。それよりも、お骨折りいただく釣閑斎様にはこちらをご用意しております。何卒、なにとぞ勝頼様へはよしなにお取次ぎください。」
そう言うと、用意してきた金子の一部を釣閑斎へ差し出した。釣閑斎は金子の袋を受け取り、その重さを感じると、
「ふふ、わかった。勝頼様にお伺いを立ててくるゆえこのまま待たれよ。そうじゃ、食事を用意させよう、長距離移動した疲れを癒すとよい。」
そう言って、にこにこしながら部屋を出ていった。その笑顔に、久秀の笑みの意味がわかった。
昼過ぎになり、用意された食事を済ませると、忠繁達は勝頼に呼ばれ広間に移動した。そこには『風林火山』と書かれた掛け軸の前に、整った顔立ちの青年が座っていた。現在なら、俳優やアイドルで人気が出そうな顔つきだった。それが武田勝頼だった。そして、その両脇に座る男達が、信玄時代からの家老達なのであろう。
いまだに痛みが引かないため、久秀に支えられるようにして勝頼の前に腰を下ろした。
「ご無沙汰しておりますな、勝頼殿。」
「おぅ、弾正殿。包囲網を抜けて信長の家臣に戻ったそうじゃな。」
「はは、それを言われるとちとつらい。わしが再度信長に降ったのは、次の戦略に向けてのこと。ただ、時は参りましたぞ。」
久秀は、忠繁から書状を受け取ると勝頼の前に差し出した。勝頼はその書状を取り上げ、何度か読み返してから顔を上げた。
「佐久間殿ほどの重臣が、本当に武田に降ると申すか。」
「はい。佐久間様は三方ヶ原での大敗、刀根坂での遅参など、度重なる失態が続き、信長よりかなりの叱責を受けています。織田家中では本願寺や武田とのことが一区切りついた時に処罰されるのではないかともっぱらの噂です。座して死を待つのであれば、いっそのこと勝頼殿に降り、武田家の末席に加えていただきたいと申しております。」
「ほう。佐久間殿に弾正殿とご子息殿、それから・・・。」
そこまで言って、勝頼は忠繁を見た。
「お初にお目にかかります。織田家家臣、霞北和泉守忠繁と申します。」
「ふむ。そなたは信長の軍師と聞いておるが、それほどの者が信長を裏切って武田に付くと申すか。」
疑いのまなざしが見て取れた。書状は家老達が回覧しているが、目を通した者がそれぞれ忠繁のことを猜疑審の目で見ていた。無理もないだろう、これから戦を始めようという時期に、攻め込む相手の重要人物達が降ると言われても、それは信じ難いというものだ。
「私達が勝頼様に内通するのは、猜疑の目をもってかかるのが当たり前でございます。勝頼様には、私が信長の軍師とおっしゃっていただきましたが、私が織田家に仕えるようになって一五年。確かに、桶狭間の戦いや、楽市・楽座の政策、六角攻めなど、いくつもの戦略を立ててまいりました。」
忠繁はそこでこぶしを握り締めると、唇を噛み、悔しそうな表情を作った。
「しかし、農民上がりの羽柴秀吉は浅井旧領一二万石、かつて敵方であった明智光秀は近江坂本五万石の大名に取り立てられましたが、私の所領は岐阜城下に三千石のみ。軍師と言う肩書が付いたところで、実権はほとんどありません。これは、あまりに不公平です。」
「確かに、そなたの噂はこの武田家にも流れてくるほどじゃ。羽柴や明智に比べれば、実績はあるのであろうな。」
頷く勝頼に、
「勝頼様。霞北殿は三方ヶ原の折、浜松城の門扉を全開にするよう指示を出した男でございます。」
釣閑斎が捕捉を入れてくれた。浜松城攻めで参陣していた勝頼は、釣閑斎のその言葉に食いついた。
「おお、あれはそなたの計略であったのか。霞北殿、あの時、浜松城にはどんな罠が仕掛けてあったのじゃ。」
「なにもございません。」
「なにっ?」
「なにもございませんでした。あの時、浜松城内では、まともに戦える兵士は二〇〇〇名ほどでした。そのため、扉をすべて開き、武田様の動揺を誘ったのでございます。かがり火で煌々と照らし出された浜松城は実に幻想的でございましたでしょう?」
忠繁の言葉に、あの場所にいた武将達の何人かが頷いた。城内にいた忠繁ですら、幻想的に感じたほどだ。外から見える浜松城は、それは不可思議に見えたことだろう。
「圧倒的に不利なはずの徳川が、城を開け放って待ち構えているとなれば、そこに何か罠があると疑うのは必定、特に、あの時は浜松の先も織田攻めを控えていましたので、無駄に兵を損することは避けたいと考えられると思ったのです。」
「なるほど、確かにその通りじゃった。」
勝頼をはじめ、多くの家臣達が頷いた。少しずつではあったが、忠繁の話に耳を傾けてくれているようだ。信玄の時代には、山本勘助(やまもとかんすけ)と言う軍師がいた。しかし、勘助の死後、軍略家と言われる人物は武田家にはいない。真田昌幸などの知恵者はいたが、半兵衛のような戦術家とは違った。
「話がそれました。それでも、信長の軍師として、織田家の発展に貢献したいと考えておりましたが・・・。勝頼様もご存知の通り、信長は将軍義昭公を追放し、義理の弟でもあった長政殿を討ち、その首を酒の肴だと言って家臣達の前にさらして酒宴を開き、強引に朝廷に詰め寄り、改元や蘭奢待の切り取りを強制し、比叡山では罪もない女子供一〇〇〇〇人を皆殺しにし、長島願正寺では多くが平民である門徒達を兵糧攻めで苦しめた挙句、降ってきた者達に銃撃を浴びせ、寺に閉じ込めた数万の門徒を焼き殺しました。」
握った拳を床に叩きつけ、忠繁は目を閉じた。ここで涙でも流してひと芝居しようと思ったが、なかなか素人にできる技ではない。難しいものだと思ったが、そんな余計なことを考えられるくらいに冷静である自分に驚いていた。
「・・・もう、耐えられません。」
忠繁はそう絞るように言うと、顔を上げ、勝頼をまっすぐに見つめた。あまりの眼力に勝頼は驚いたようだ。
「耐えられぬ。とは、いかなることか。」
「あの男は人を殺すのが好きなのでございます。それも一方的に。私は比叡山や長島での話をお諫めいたしました。すると、生ぬるい考えでは天下は取れぬとお怒りになり・・・。」
忠繁はそこまで言うと、これ以上は察してくれと言うように、平伏したまま動きを止めた。久秀は少し勝頼に近付くと、
「勝頼殿、そしてお集りの重臣方。にわかに信じがたい気持ちは重々承知じゃが、武田家に見放されては、わしらには行く場所がない。しかしな、わしや佐久間様が勝頼公に降るのを決意させてくれたのは和泉守殿のおかげでもあるのじゃ。和泉守殿、失礼するぞ。」
久秀はそう言って、忠繁の上衣を脱がしていった。あらわになる背中、そして、そこに残った一面の痣と、にじみ出た血の跡に重臣達は食い入るように見入った。
「こ、これは酷い。」
勝頼は思わず身を乗り出して背中の傷を確認した。
「信長にやられたのか。」
「はい。お諫めしたところ信長は怒り、私を中庭に引きずり出すと、小姓達に押さえ付けさせ、竹棒で私を叩いたのでございます。」
久秀は忠繁の衣服を整えさせると、
「わしは、たまたま別件で岐阜城に出仕しておったが、中庭から響く怒鳴り声に様子を見に行くと、信長が笑いながら忠繁殿を折檻しておったのじゃ。呆然としていると、突然、飽きたと言って竹棒を放り出し、わしを見つけると傷が癒えるまで謹慎するように伝えよ。と言って城内へ引き上げていったのじゃ。忠繁殿は気を失っておったが虫の息でな。すぐに別室に運んで介抱したのだが、ごらんのとおり酷い傷であった。これまで懸命に織田家に尽くしてきた和泉守殿が不憫でな。佐久間様の屋敷に運び、そこでこの話をしたのじゃ。」
忠繁が気を失った後の話を補足してくれた。もちろん全部嘘であるが、忠繁の話に合わせてそれをすらすら言える久秀は、恐ろしいし頼もしいなと感じた。
「気が付くと、久秀様が懸命に看護してくださいまして。その時に佐久間様のお話を伺ったのでございます。私には何の未練もございませんでした。」
「佐久間様とも話をしたのじゃが、和泉守殿のような知恵者が一緒に降ってくれれば、我らも安心して武田家で働けるというもの。」
「それから数日して、怪我の具合もよくなってきたので、こうして勝頼様にお目通り願った次第でございます。武田家で地位を保証しろとは言いません。ただ、信長を討つための勝頼様の戦団の末席にお加えください。望みがあるとすれば、願わくば、この手で信長を・・・。」
思いつめた表情の忠繁に、勝頼は腕を組んで考え込んでしまった。これから織田家との決戦に向かう勝頼にとって、このタイミングでの寝返りは相当に怪しい。しかし、忠繁の背中の怪我や、信長の見聞きしてきた性格を考えると、二人の言っていることもあながち嘘とも思えない。事実、間者から比叡山焼き討ちや長島願正寺の虐殺の報告は来ている。
「皆はどう思う。」
勝頼の問いかけに、山県昌景、馬場信春、内藤昌豊、高坂正信ら、武田四名臣は疑義を唱えたが、小山田信茂や甘利信忠(あまりのぶただ)、土屋昌続(つちやまさつぐ)などの普代の家臣達多くが忠繁の怪我を見て、信長討つべしと主張した。
「勝頼様。それがしも初めは疑いを持ちましたが、霞北殿の怪我を見て確信に変わりました。彼らを受け入れ、信長を討つべきでしょう。」
寵愛する釣閑斎の言葉に勝頼の心も動いたようだ。勝頼が受け入れに傾いたことで、四名臣はため息をついた。
「霞北殿。では聞くが、信長を討つための算段はあるのか?」
「はい。それでは、わが愚策をお聞きください。」
忠繁は図面を用意してもらうと、腰から扇子を取り出し長篠城を指さした。
「勝頼様は、ここ数年の戦において、遠江や三河の大半を手中に収められておりますが、長篠城はまだ落とせていません。」
「そうじゃ。長篠城は天然の要害、なかなか思うように落とすことができないでいる。」
「しかし、長篠城を落とせば、主要な徳川の城は浜松城と岡崎城。まずはこの長篠城を落とし、浜松、岡崎と下していけば、徳川の領地はことごとく勝頼様のものとなりましょう。まず攻めるは長篠城です。」
そして、長篠城の先、設楽原を指した。
「信長との決戦はこの設楽原になります。長篠を攻められれば、家康は必ず信長に援軍を求めましょう。私達は一度岐阜へ戻り、設楽原へ出るように進言し、織田方として参戦します。」
「武田方ではないのか。」
「はい。我らが先に降ってしまうと、信長は出てこない可能性があります。」
その言葉を聞いて、信春が異論を唱えた。
「ほう。降ると言った割には織田の陣でのうのうとおられるつもりか?」
「違います。同じ降るにしても、それは効果的でなければいけません。最初から武田方に付いて参陣するのと、織田の陣にあって突如、反転して攻勢に出るのと、どちらが混乱を招くと思われますか?」
「ううむ。」
一理あったため、信春はそれ以上言葉を出せなくなった。
「信長の兵はどの程度になる。」
今度は昌豊が訪ねてきた。
「信長の徳川への援軍はせいぜい一五〇〇〇、あるいは一〇〇〇〇程度になることも考えられます。家康の兵と合わせても二〇〇〇〇に満たないでしょう。」
「それは少なすぎないか。信長の兵力は総力一〇〇〇〇〇と聞いておるが。」
昌景の指摘に、忠繁は首を振って答えた。
「山県様、それは違います。いえ確かに、総動員すれば織田家の兵力は一〇〇〇〇〇程度にはなりましょうが、信長は急に領地を広げ過ぎたため、まだ各地は安定しておりません。本願寺への抑えとして明智光秀に二五〇〇〇、丹波、丹後に備えるために羽柴秀吉には一五〇〇〇、越前の一向一揆対策で丹羽長秀に二〇〇〇〇、北陸方面は上杉への抑えとして柴田勝家に二〇〇〇〇、さらに、伊賀の忍軍、雑賀鉄砲集などの備えとして筒井順慶(つついじゅんけい)に五〇〇〇とすると、多く見積もっても信長が動かせる兵は一五〇〇〇が限度、各地の守りを考えると、長篠へ来る兵力はそれよりも少ない見込みです。」
各地を扇子で指し示しながら、忠繁は各地の守りを伝えていった。根拠を示されると、昌景も納得したのかそれ以上の追及はしなかった。
「私は設楽原に進軍するように信長に提案いたします。設楽原は甲斐方面から西へ緩やかな下り坂になり、美濃側は急な勾配になります。信長はここに馬防柵を立て、武田騎馬隊を迎え討つことでしょう。しかし、馬防柵だけでは数で勝る武田騎馬隊の突破は防げません。おそらく混戦になると思います。頃合いを見て、長篠城攻撃隊が信長の側面を突きます。その時に、佐久間様と久秀様の兵が一斉に寝返れば、織田勢は大混乱となりましょう。」
そして、岩村城を指し、
「旗色が悪くなったところで、私が信長に撤退を促し、設楽原を北上させます。その時に、岩村城などの武田勢を南下させ、これを一気に叩けば、三河の高原で信長の命運を絶つことが叶いましょう。勝頼様はそのまま西進を続け、尾張から美濃までを一気に攻め落とします。岐阜城を手中にすれば、そこを拠点に残った織田家臣団を攻められ、信長の旧領はほぼ勝頼様のものとなりましょう。」
そこまで説明して扇子をしまった。設楽原まで出てきた信長を討ち取れば、おのずと長篠城も落ち、長篠城が落ちれば浜松城もその先の岡崎城も落とすのはたやすいだろう。岐阜まで手中にして、そこから仕切り直して京を目指す次の段階に入るのも理にかなっていると言えた。勝頼は腕を組んで聞いていたが、忠繁の言葉を聞き終えると満面の笑顔を見せた。
「霞北殿。いや、これからは軍師殿と言わせてもらうか。見事信長を討ち果たし、徳川を滅ぼした暁には、佐久間、松永両名を家老として家臣団に加え、そなたはこの勝頼の軍師として天下のために働いてもらおう。無論、信長のように冷遇はせぬ。働きに応じてしっかりと俸禄を用意しよう。」
その言葉を聞いて、忠繁も安堵して笑顔を見せると、
「勝頼様のお言葉、身に余る光栄、ありがとうございます。」
そう言って深々と頭を下げた。こうして、忠繁の計略は勝頼の心をとらえ、運命の長篠の戦に向かっていくことになる。
続く。
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水野忠




