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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第五章 天下布武へ向けて⑩

 翌朝、日の出と共に長島願正寺は開かれ、顕忍と下間頼旦を先頭に、降伏した者達が次々と小舟で出てきた。門徒達は一様にやつれ、顔色は悪く、船から落ちないようにするのがやっとの状態だった。特にまだ一四歳の顕忍の衰弱は激しかった。


「顕忍様、私が至らず申し訳ありませんでした。」

「気にしないでください。頼旦がいなければ、私だけではとっくに願正寺は落ちていました。我らの命で門徒衆は助かるのです。そうすればまた、信長に一矢報いることもありましょう。そう祈り、共に極楽浄土へ参ろう。」

「ははっ。」


 降伏を信じた二人に、信広は先頭の小舟が長良川の半分を過ぎたあたりで攻撃を命じた。


「鉄砲隊、放て!!」


 数百の鉄砲が火を噴き、先頭の小舟にいた顕忍と頼旦を襲った。頼旦は顕忍を守ろうと盾になり、十数発の弾を受けて長良川に沈んだ。鉄砲隊が次の弾を込めている間に、弓隊が矢を放ち、数十名の門徒衆の命を奪った。


「頼旦!」


 顕忍は手を伸ばしたが、頼旦には届かず、頼旦は血を流しながら流れに飲み込まれていった。


「おのれ。信長め、騙しおったなぁ!!」


 顕忍は刀を抜くと、川に飛び込んで信広の陣を目指した。信広はそれが顕忍だとわかり、槍を持って応戦した。信広の配下の兵士が顕忍を討とうと前に出たが、さっきまで座っているのもやっとだった顕忍が、兵士達をなぎ倒して信広に迫った。


「こ、小僧め!!」


 信広は持っていた槍で顕忍の刀を弾くと、その胸に容赦なく槍を突き刺した。顕忍は苦悶の表情を浮かべたが、


「南無、阿弥陀、仏・・・。」


 と、念仏を唱えると、喀血して倒れた。それを見ていた門徒衆達は、倒れた仲間と顕忍達を見て怒りを爆発させた。


「仏敵信長を許すな!」

「武器を持て! 鍬でも棒でもいい!! 仏敵信長を殺せ!!」


 先ほどまでうなだれていた門徒衆達は、我先にと川に飛び込んで信広の陣を目指した。中には力尽きて溺れる者、鉄砲の弾に倒れる者、矢に射抜かれる者、圧倒的に不利な条件だったが、皆一様に、


「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」」


 そう念仏を唱えて信広の陣に迫った。見る限り痩せこけ、立っているのもやっとだった門徒達の鬼気迫るその様相に、信広の背筋は凍った。


「何をしておる。相手は半死人ぞ、討ち取れぃ!」


 儀伝はそう言って兵達に前へ出るように命じた。しかし、信広の兵はせいぜい一〇〇〇足らず、門徒衆は数万に上る。斬っても斬っても次が現れ、兵士達は囲まれて嬲り殺されていった。


 そして、信広の陣の異変に気付き、周辺の陣にいた信次や信直は、救援のために兵を動かした。これがさらに混乱を呼んだ。長島願正寺には雑賀衆の鉄砲使いも多く立てこもっていた。雑賀衆は願正寺を出ると、船の上からでも織田勢に向けて鉄砲を放った。そのうちの一発が、戦闘で指揮を執っていた信広の眉間を割った。


「の、信広様!!」


 儀伝が駆け寄った時には、目を見開いたまま、すでに信広は絶命していた。そして、儀伝が後頭部に痛みを覚えて振り返ると、棒切れを持った門徒の女が、何度も何度も儀伝に棒を振り下ろした。儀伝はなす術もなく叩かれ続け、助けを請う声も届かずに命を落とした。殺到した門徒衆は誰彼かまわず襲い掛かり、信直は首を食い千切られ命を落とし、信次も一〇名以上の門徒衆に囲まれて斬り殺された。



 その異変に気が付いた信長は、すぐさま迎撃を命じた。


「信長様!」

「この混乱を治めるのは不可能じゃ。逃げる門徒は捨て置け、襲い掛かってくる者にだけ対応すればよい!」


 いかに門徒衆が多いと言えど、統率の取れた織田兵が介入すれば相手にはならなかった。混乱したのは緒戦だけで、やがては一方的な殺戮となっていき、夕暮れまでには鎮圧することができた。一向宗徒二〇〇〇〇人以上の死者に対して、織田勢の被害は数百名程度。しかし、信広や信次達をはじめ、多くの織田家一族が命を落とした。


 燃え上がる長島願正寺を見つめながら、忠繁は膝を付いた。


「なぜ、こんなことに・・・。」


 兵糧攻めで苦しめ、一揆に参加することがいかに過酷で無意味かをわからせるための作戦だった。多くの門徒は、ここから逃亡して元の生活に戻ることができたはずだった。そうして、歴史上の虐殺を防ぎつつ、長島願正寺を落とせたはずだったのに、目の前に広がるのは河口付近で緩やかになった長良川に浮かぶ門徒衆の屍と、炎上し、中で焼け死んでいく門徒衆の怨嗟の声だった。


 信長の本陣には、次々と訃報が舞い込んでくる。


「織田信広様、討ち死に!」

「織田右衛門尉様、お討ち死に!」

「織田又八郎様、討ち死に!」

「平手久秀様、討ち死になさいました!」

「山田勝成様、お討ち死に!」

「織田半左衛門秀成様、討ち死に!」


 討ち死にの報を聞くたびに、忠繁と信長は呆然と立ち尽くした。


「もうよい! もうこんな戦はまっぴらじゃ! もうよい!!」


 信長はいら立ちのあまり床几を蹴飛ばし、机に広げてあった配置図を破り捨てると、まだ怒りが収まらずに机をひっくり返した。


「こんなはずじゃ。防げたのに、こんな、こんな・・・。」


 炎上する長島願正寺がひっくり返ったかと思うと、忠繁の視界が真っ白になった。



 忠繁が気が付くと、そこは焼け野原の中に設営された幕舎の中だった。身体を起こすと、辺りは薄暗く、ところどころに明り取りで灯されているろうそくの炎が頼りなく揺らめいていた。どうやら日が沈んだ後の時間だと判断ができた。


「どうしたんだっけ・・・。あ、そうだ。長島願正寺の炎上を見ながら、倒れたのか。」


 口に出してみて、自分の意識がしっかりしていることを確認すると、改めて周囲を見回した。ほかにも横になっている者が多数いるようだ。周囲からうめき声が聞こえたり、寝息が聞こえた。ここは救護所のような場所なのかもしれない。


「気づかれましたかな?」


 暗がりから老齢の男性が声をかけてきた。ろうそくの火に映し出されるその姿は、武士のものではなかった。法衣に似ているがちょっと違う。


「ここはどこですか?」

「先日落城した小木江城じゃよ。長島願正寺の陣で倒られたのは覚えておいでかな?」

「はい。それは覚えています。」


 小木江城は長島願正寺が一向一揆を起こした緒戦で襲撃され、信長の弟の織田彦七郎信興(おだのぶおき)が炎上する城内で自刃している。


「記憶はしっかりしているようじゃな。ご自身の名前は言えますかな?」

「はい。私は、織田信長様の家臣で、霞北和泉守忠繁と申します。」

「よしよし。」


 老齢の男性は忠繁の脈を見たり、身体に痛いところがないか確認したり、一通りの診察を終えると、


「ふむ。まぁ、大丈夫じゃろう。おそらくは、心労からくる過労じゃな。」


 そう言ってほほ笑んだ。


「忠繁、気が付いたか。」


 暗がりの奥から信長の声が聞こえた。慌てて忠繁は正座して姿勢を正した。


「ああ、よいよい。少し休め、曲直瀬は名医じゃ、安心して任せるがよい。」


 曲直瀬道三(まなせどうさん)、この時代に『医聖』と称されたほどの名医で、京に本拠を置き、先の将軍・足利義輝など、京の有力者の診察をしたと言われている。また、余談だが、『黄素妙論(こうそみょうろん)』という、性行為に関するハウツー本を作成し、松永久秀などは愛読書にしたという逸話もある。


「信長様。長島願正寺は・・・。」

「灰燼に帰した。」

「そう、ですか。大勢、亡くなったんですね。」

「わが方の損害は一〇〇〇名に欠ける。大した数ではない。やつらは数万がおぼれ死ぬか焼け死ぬかしたであろうがな。」

「・・・申し訳ありません。私が、決して早まったことをするなと厳命していれば、こんなことには、こんな惨事には・・・。」


 年甲斐もなく、忠繁の瞳から涙があふれて止まらなかった。変えたかった。助けたかった。しかし、ここが戦国時代だということを思い知った。今までも、自分が歴史として知っていることに関しては、それがその通りになるように動いてきた。桶狭間の戦いでも、金ヶ崎の退き口も、浜松城の空城の計も、歴史の人物としてではなく、自分の関わった大事な人達を守るために戦ってきた。


 長島願正寺。この戦いは一方的な殺戮であったことを忠繁は知っている。これまで、歴史を大きく変えようとすることには関わらなかったが、忠繁が初めて、自分の力で大きな犠牲を防ごうと行動した。しかし、結果は変わらなかった。歴史の修正力に打ちのめされたのだ。そして、今さらながら歴史の修正力があることを思い知った。


「和泉守忠繁。」

「は、はっ。」

「今日死んだ者は、すべてこの信長の戦で死んだ。長島願正寺を攻めよと命じたのはわしじゃ。もし、神や仏というものが本当にいるとしたら、罰を受けるのはそなたではない。この信長じゃ。だから、もう泣くな。」


 信長はそう言うと、忠繁の前にひざまずいた。


「わしの誤った判断で、そなたに苦労を掛けたことを詫びる。だから、もう泣くな。」


 そう言って、信長は忠繁に頭を下げた。神仏を信じず、常に現実を見てきた信長が、織田家の当主が、限りなく天下人に近い男が、一、家臣である忠繁に頭を下げているのだ。


「信長様、顔を上げてください。天下人ともあろうお方が、家臣になど頭を下げてはなりません。」

「たわけ。それで少しでもお前の心が晴れるのなら、頭くらいいくらでも下げて見せよう。」

「も、もったいない。」


 忠繁もひざまずき、深々と頭を下げた。


「信長様にそこまでさせてしまった、おのれの不明に恥じ入ります。」

「まだ、武田に本願寺、上杉に毛利に長宗我部もおる。天下布武の道は遠い。力を貸してくれるか。」

「ははっ。身命を賭して、この微力を尽くします。」


 気が付くと、周囲の負傷兵達が泣いているのがわかった。動ける者は身体を起こし、信長に頭を下げていた。多くの死者を出した長島願正寺の兵糧攻めは、この日のうちに終結する。払った犠牲は大きかったが、結果的にこの事件が顕如を震え上がらせた。信長が門徒を虐殺したと思った顕如は、信長の一向宗に対しての本気を感じ取った。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


長島願証寺の犠牲者は数万とも言われています。

プロ野球の球場満員分が一斉に亡くなるなんて、

大惨事としか表現ができません。


歴史ではしばしばそう言った万単位の犠牲が伝えられますが、

想像もつかないですよね。


次回は反転して、

おめでたい話題で第五章を締めくくります。


どうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 各話の頭にある登場人物紹介が気になります。各話ごとに必要ですかね?悪意のある見方をされる可能性(文字数稼ぎと見られる可能性)があるので注意した方がよいのでは?後、長かったのを分割された…
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