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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第五章 天下布武へ向けて⑦

 清州城からの帰り道、


「お市様、大丈夫かな。」


 忠繁は心配そうにつぶやいた。


「大丈夫でございます。男が思っているよりも、女は強いのです。お市様は母でもあるのですから、風花よりもずっとずっと強いお方です。」

「ありがとう。風花のおかげで、お市様の心も少しは晴れたと思うんだ。」

「お役に立てたなら嬉しいです。」

「ほんと、助かったよ。」


 歩きながら空を見上げると、北斗七星が輝いているのを見付けることができた。


「あ、そうだ。」

「どうかなさいましたか?」

「霞北家の旗印、北斗七星はどうかな。霞北の北も入っているし。」

「いいと思います。霞がかかるように、雲の模様を入れることで霞北家を表せるのではないでしょうか。」


 風花の提案に、忠繁も頷いた。こうして、思わぬところからヒントを得て、これ以後、忠繁とその家臣達の旗指物には、雲の模様の入った北斗七星が描かれるのである。



 年が明けて、天正二年(一五七四年)正月。信長の元には、多くの人が正月の挨拶に訪れていた。


「まったく、あと何人おるのじゃ。」

「本日の面会は、あと一六名でございます。」

「忠繁、正月の挨拶を省略する策はないか。」

「さすがにございませぬ。」

「であるか。では仕方ない。誰か、水を持て。」


 信長はそう言って、小姓の持ってきた水を一気に飲み干すと、


「次じゃ!」


 と言って、応対を続けた。そして、この日最後の一人が現れた時、さっきまでだるそうにしていた信長が顔を上げてにらみつけた。


「弾正、来たか。」

「遅くなりまして、申し訳ございませぬ。このたびは、信長様の寛大なる御心でお許しいただき、衷心より感謝とお詫びを申し上げます。」

「ふふ、似合わぬ殊勝なことを申すな。貴様が降ってきたのは、信玄が死んだからであろう。」

「はい。まさか信玄公があの時期に亡くなるとは思いもしませんでした。それに加え、義昭公を追放し、朝倉、浅井を立て続けに滅ぼすなど、もはや信長様に対抗できる勢力はないでしょうな。」


 久秀はそう言うとにやりと笑った。


「久秀、次は許さぬ。せいぜい励めよ。」

「ははーっ。」


 久秀はそう言って頭を下げると退室していった。朝倉攻めの後、久秀はたくさんの黄金と、名物と言われる高価な茶器を献上し、信長に許しを乞うてきた。信長は堅牢な多聞山城から信貴山城へ移ることを条件に、降伏を許したのだ。


「信長様、お疲れさまでした。それにしても、よく久秀様をお許しになりましたね。」

「ん? 奴にはまだ利用価値があるからな。だが、数年のうちにまた謀反しよう。その時は滅ぼすまでじゃ。」


 信長はそう言うと立ち上がり、


「さて、風呂に入って休むとしよう。忠繁、明日の夕刻、馬廻り衆を集めて新年会をする。お前も参加せよ。」


 そう言って退室した。明日の新年会、正直なところ、忠繁はあまり乗り気ではなかった。ここまで織田家が発展してきたのには、母衣衆と呼ばれる信長の馬廻り隊の活躍は切っても切れない。包囲網が一段落した今、いつも信長の周りで戦い続ける彼らを慰労するのはわかるが、明日の新年会にはあるものが用意されることになっていたため、気持ちは晴れなかった。


「ふぅ。」


 城内から月明りを見上げ、忠繁は大きなため息をついた。



 翌日も、朝から年賀の挨拶にたくさんの人が来訪した。信長は相変わらずだるそうに対応を続けていたが、さすがに市が入室してきたときは背筋を正した。


「本日はおめでとうございます。」

「うむ。」

「本年も、兄上のますますのご活躍をお祈りしております。」

「うむ。」


 それ以上の会話は続かなかった。室内が重苦しい雰囲気に変わりつつあったため、


「お市様。城内にお部屋をご用意しております。そちらでごゆっくりとお休みください。」


 忠繁はそう言って空気を入れ替えようとした。お市は何も言わず頷くと、一礼して退室していった。昨年、信長と面談した時もそうだが、今日も市が信長と目を合わせることはなかった。忠繁達が訪問して話をしたとしても、まだそう日は過ぎていない。まだ時間が必要なのだろう。ただ、少しだけ、ほんの少しだけだが、表情が柔らかくなったかもしれない。


「まだ、溝は埋まらぬな。」


 信長はそうつぶやくと、


「次じゃ。」


 そう言って、挨拶の対応に戻った。この日は昼過ぎで打ち切り、その後、岐阜城東の広間で、馬廻り衆が集められて新年会が催された。


 信長の馬廻り衆は母衣衆と呼ばれ、佐々内蔵助成政(ささなりまさ)、毛利良勝、川尻与四郎秀隆(かわじりひでたか)などを中心とする黒母衣衆と、前田利家、毛利長秀(もうりながひで)、原田直政(はらだなおまさ)などを中心とする赤母衣衆に分かれていた。黒母衣衆、赤母衣衆、合わせて約三〇名の信長親衛隊である。古い者は桶狭間の戦い以前から付き従っている。


 信長の座る上座の前には、小さな長机が用意され、その上には何か置かれ、布がかぶせてあった。信長が来るまでは決して触らないようにとの通達であったが、昼前から集まった馬廻り衆は、先に酒を飲みながらそれが何であろうか噂をしていた。忠繁は接待役として母衣衆の相手をしていたが、誰に聞かれても、その中身に関してははぐらかしていた。


 そして、着替えを済ませた信長が入室してきた。先ほどまでほろ酔い状態だった馬廻り衆が一斉に背筋を伸ばす。


「今日は新年会じゃ、楽にせよ。昨年は信玄上洛から、将軍攻め、朝倉攻め、浅井攻めと、そなた達は働き詰めであったな。今日の馳走はわしからのせめてもの感謝の気持ちじゃ。心行くまで飲んで食え。」

「「ははーっ。」」

「それとな。酒宴に先駆け、そなた達に客人を用意した。忠繁、見せてやれ。」


 信長に促され、忠繁は長机の布を取り外した。そこに置かれていたものを見て、馬廻り衆の顔から笑顔が消えた。


「の、信長様。まさか、それは・・・。」

「そうじゃ。朝倉義景、浅井久政、浅井長政の首じゃ。」


 首と言っても、きれいに洗い清め、薄濃(はくだみ。漆で塗り固め、その上に彩色を施す技法。)にしたものであった。三人の首は漆で塗り固めた後、金箔を貼って彩色してある。現代なら、趣味の悪いロックミュージシャンがインテリアに飾っていそうなデザインだった。


「そなた達の働きがなければ、わしがこのように首を晒すことになっておったであろう。」

「信長様・・・。」

「今後のそなた達の一層の働きに期待しておる。」

「ははーっ。我ら一同、粉骨砕身お仕えいたします。」


 その後、酒宴は日が沈んでも続けられた。だいぶ酒が入り、小躍りしている者もいれば、酒に酔いつぶれて眠ってしまっている者もいる。そんな中、忠繁は信長が三人の首の前に盃を置いて酒を注いでいるのを見かけた。


「供養の酒、ですか?」

「たわけ。わしがそんな殊勝なことをすると思うか? こやつらは敵であったとはいえ、同じ戦国乱世を駆け抜けた戦友よ。義景は優柔不断な男だが、一向一揆の多発する越前をしっかりまとめ、良政を施した。久政は六角家に滅ぼされそうになった浅井家を持ちこたえさせたし、長政はわが義弟でありながら、何度もわしを追い詰めた。時代が違えば、切磋琢磨し、たがいに酒を酌み交わしたかもしれないと思ってな。」


 後の歴史では、信長は三人の首を前に愉快に笑いながら酒宴を開いたとされている。また、文献によっては、その首に酒を注いで回し飲みしたとも伝えられているが、どうやらそれは脚色であったようだ。忠繁も首を晒すことで、せっかく解け始めた信長と市の関係が崩れやしないかと心配していたが、信長の言葉とその寂しそうな表情に、信長がこの首を晒すためにここに持ってきたのではなく、敬意を表して、自分の側近達と英雄達三人に、酒を飲ませようと考えていたことを知った。


「忠繁。」

「はい。」

「あとで長政の首、市に返してやってくれぬか? 久政の首と共に葬り、菩提を弔えと伝えてくれ。今のわしが行っても、まだ市は顔も見たくないだろうからな。」

「・・・承りました。」


 忠繁は、酒宴が一通り落ち着くと三人の首を下げ、用意させた白檀の箱に収めると、市のいる東の部屋を訪ねた。


「お市様、霞北和泉守でございます。」

「入りなされ。」


 部屋に入ると、そこには市と帰蝶、三姉妹と、風花がいた。そう言えば、新年会の手伝いのために城に召し出されたと言っていたのを思い出した。風花は子供達と遊んでいたようだ。その様子を市と帰蝶がほほ笑みながら見守っていた。


「母衣衆の酒宴は終わったのかぇ?」

「いえ。いまだ皆様騒いでおります。私は信長様の命で、お市様にお届け物をお持ちしました。」


 しかし、子供達に見せるようなものではない。


「風花。すまないが、茶々様達を連れて、別室で遊んできてくれないか?」


 忠繁の荷物と、その表情から察したのか、


「わかりました。さぁ、お茶々様、初様、私とかくれんぼしに行きましょう。」

「行く~!」

「初も、初も~。」


 そして、江を抱きかかえると部屋を出ていった。忠繁は市と帰蝶の前に座り、白檀の箱を差し出した。


「浅井長政様、久政様の首級でございます。信長様からお預かりしてまいりました。」


 市は箱を受け取ると、ふたを開け、中にある長政の首級を確認し、箱ごと抱きかかえ目に涙を浮かべた。


「久政様、長政様の首級を埋葬し、菩提を弔ってほしいと。」

「長政様・・・。」

「信長様は、長政様のことを優れた武将としてお認めになられておられます。時代が違えば、切磋琢磨し、たがいに酒を酌み交わしたかもしれないとおっしゃっておりました。」

「長政様ぁ・・・。」


 次第に泣きじゃくる市の姿に、忠繁は心が締め付けられた。


「お市殿。子供らはわらわ達で見るゆえ、今宵はゆっくり長政殿とお話ししやれ。」


 そう言うと忠繁に目配せし、二人は退室した。今の市にはどんな慰めの言葉もかけられない。愛する者を失った悲しみは、時が過ぎて薄まるのを待つしかないのだ。


 この後、長政と久政の首級は、市の手で小谷城下にある徳勝寺に葬られる。この徳勝寺は江戸時代に長浜市に移され、今でも浅井亮政(あさいすけまさ)、久政、長政、浅井家三代の墓が祭られている。


「忠繁殿。お市殿の件は、殿の代わりにつらい役目ばかりさせてしまい申し訳ない。」

「いえ。でも、いつかまた、昔のように兄妹仲良く話せるようになる日が来るといいですね。」


 忠繁の知る歴史では、そんな日が来ないことを知っている。しかし、この時代に深くかかわった忠繁は、二人の間の溝がいつか埋まってほしいと願わずにはいられなかった。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


霞北家の旗印が決まりましたね。

実際、絵にしてみるととっても地味ですが(笑)


次回もどうぞお楽しみに!


水野忠

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