第五章 天下布武へ向けて①
登場人物紹介
霞北忠繁 ・・・元会社員。信長の家臣として和泉守を名乗る。
風花 ・・・光秀が保護していた少女。忠繁の妻となる。
織田家
織田信長 ・・・尾張からのし上がった大大名。
佐久間信盛・・・織田家の家老。
柴田勝家 ・・・権六。織田家の家老。
丹羽長秀 ・・・五郎左。織田家の家老。
明智光秀 ・・・十兵衛。織田家臣。
木下秀吉 ・・・藤吉郎。織田家臣。
竹中重治 ・・・半兵衛。秀吉の参謀。
松永久秀 ・・・織田家臣。戦国の梟雄。
前田利家 ・・・又左衛門。織田家臣。
原田直政 ・・・織田家臣。
毛利良勝 ・・・新助。織田家臣。
服部一忠 ・・・小平太。織田家臣。
荒木村重 ・・・織田家臣。摂津守。
織田信包 ・・・織田家臣。信長の弟。
佐々成政 ・・・織田家臣。
川尻秀隆 ・・・織田家臣。
織田信次 ・・・織田家臣。信長の叔父。
織田信直 ・・・織田家臣。信長の義弟。
織田信広 ・・・織田家臣。信長の異母兄
須田儀伝 ・・・信広の家臣。
寧々 ・・・秀吉の妻。
仲 ・・・秀吉の母。
大谷吉継 ・・・秀吉の家臣。
石田三成 ・・・秀吉の家臣。
福島正則 ・・・秀吉の家臣。
加藤清正 ・・・秀吉の家臣。
松 ・・・利家の妻。
玉 ・・・光秀の子。後の細川ガラシャ。
徳川家
徳川家康 ・・・三河の大名。信長の同盟者。
徳川信康 ・・・家康の子。
足利家
足利義昭 ・・・室町第一五代将軍。
細川藤孝 ・・・足利家の重臣。藤英の異母弟。
三渕藤英 ・・・弾正左衛門尉。足利家家臣。
細川忠興 ・・・藤孝の子。
浅井家
浅井長政 ・・・北近江の大名。
市 ・・・長政の妻。信長の妹。
茶々 ・・・長政の子。
初 ・・・長政の子。
江 ・・・長政の子。
浅井万福丸・・・長政の子。
浅井万寿丸・・・長政の子。
浅井久政 ・・・長政の父。
浅井惟安 ・・・浅井家臣。
浅井政元 ・・・浅井家臣。長政の弟。
阿閉貞征 ・・・浅井家臣。
朝倉家
朝倉義景 ・・・越前の大名。
朝倉宗滴 ・・・義景の大叔父。
朝倉景鏡 ・・・孫八郎。大野郡領主。
鳥居景近 ・・・朝倉家臣。兵庫助。
高橋景業 ・・・朝倉家臣。
小少将 ・・・義景の妻。
朝倉愛王丸・・・義景の子。
前波吉継 ・・・朝倉家臣。九郎兵衛尉。
魚住景固 ・・・朝倉家臣。備後守。
氏家直利 ・・・朝倉家臣。大嶽砦守将。
武田家
武田信玄 ・・・甲信の大名。甲斐の虎。
武田勝頼 ・・・信玄の子。
本願寺家
本願寺顕如・・・光佐。浄土真宗の宗主。
顕忍 ・・・長島願正寺の僧。
下間頼旦 ・・・長島願正寺の僧兵。
禁裏・公家
正親町天皇・・・時の天皇。
山科言継 ・・・権大納言。
その他
フロイス ・・・イエズス会の宣教師。
弥助 ・・・フロイスの連れていた黒人奴隷。
甚兵衛 ・・・忠繁の屋敷の使用人。
富 ・・・甚兵衛の妻。
岩成友通 ・・・将軍を討とうとしていた。
曲直瀬道三・・・医聖と呼ばれる名医。
元亀四年(一五七三年)四月、将軍・義昭は武田信玄の上洛に合わせて挙兵したが、信長に一蹴される。朝廷の計らいで講和を結んだが、いよいよ信長と義昭の間は抜き差しならないものになっていた。
そんな中、五月に入りポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、岐阜城で信長に謁見していた。南蛮からの贈答品に加え、奴隷として連れてきた黒人を謁見させていた。この黒人の青年はおそらく南蛮船がアフリカを経由した際に、どこかの地域でさらってきたのではないかとされている。
背丈は忠繁よりもずっと大きい。一九〇センチはあるだろうか。しかし、身体が大きいというわけではなく、細身だが引き締まった身体は筋肉質であった。
「フロイス殿。いつも珍しいものを献上してもらい礼を申すぞ。」
「いえ、ノブナガ様が我らを受け入れてくださったおかげで、主の教えを広めることができております。心より、感謝申し上げます。」
信長は、永禄一二年(一五六九年)に初めてフロイスに会って以来、キリスト教の布教を許可し、南蛮寺などを建てている。これは、仏教徒を牽制する目的もあったが、南蛮から入ってくる珍しい品々や、鉄砲などの火薬が輸入されるため、それらを狙ったものではないかとも言われている。
「時に、その黒い大男はなんじゃ? 墨でも塗っておるのか?」
「いいえ。これは正真正銘、この者の肌の色でございます。」
「なに? 肌の色がもともと黒いと申すか。」
信長は黒人の青年に衣服を脱ぐように指示すると、小姓に手ぬぐいを用意させてその身体を拭かせた。しかし、拭けども拭けども色が変わらず、むしろ汚れが取れてますます黒さが際立ったため、物珍しげにそれを見ていた。黒人の青年はなされるがままだったが、よくあることなのか困惑した様子もなかった。
「信長様。私が働いていた南蛮船にもこの者のように肌の色が黒い者がおりました。遥か南方の地域では、我が国よりも日差しが強く、そのために、日焼けしてこのように肌の色が黒くなるそうです。」
忠繁がそう言うと、納得したのかしないのか、頷きながら黒人の青年の姿を見ていた。
「フロイス殿。この者、わしにくれぬか?」
「ただの奴隷でございますが。」
「かまわぬ。口は利けるのか?」
信長の問いかけに、黒人の青年は今日、初めて口を開いた。
「ハイ。日本語、少シ勉強シマシタ。デキマスデキマス。」
「妙な言い回しじゃな。まぁ、よい。名はなんと申す。」
「ジェヤスフェ・ケルナン、デス。」
「ジャス・・・、言いづらいな。弥助と名乗れ。」
信長は一方的にそう言うと、小姓に黒人の身の丈に合う着物を用意させるように命じた。あいにく、一番大きな着物でも、着丈や袖丈が短い。しかし、奴隷の粗末な着物ではなく、しっかりとした着物を着せてもらったおかげか、黒人は嬉しそうにニコニコしていた。
こうして弥助(やすけ)と名付けられた黒人は、信長の小姓として仕えることになる。弥助には諸説あり、コートジボワール出身だとか、名前が「ヤスフェ」のために弥助になったとか、そもそも本当に実在したのかさえ怪しい人物だ。しかし、南蛮物など、目新しい物を好む信長が、日本人と同じ形をした真っ黒な人間を見て、手元に置きたくなったと思っても不思議ではない。
「忠繁!」
「はっ。」
「弥助の面倒を任せる。武士としての礼儀作法、着物の着方、武器の扱いなど、小姓が務まる様に叩き込め。多くは期待せぬ、初歩的なことだけできればよい。」
「かしこまりました。」
忠繁は困った顔をしながらも、この黒人の大男の面倒を引き受けた。それは、生まれた場所を離れ、遠くこの国で生きなければならない弥助に、自分の生い立ちを重ねたからと言うのもあった。
その日の夕方、とりあえずの住まいが決まるまでは自宅で面倒を見ると、弥助を連れて自宅へ戻ることにした。
「ジェヤスフェ、さんでよかったっけ?」
「イズミノカミ様、弥助デケッコウデス。イタダイタ名前、気ニ入ッテマス」
「そうか、じゃあ弥助殿。小姓達が暮らす長屋はいっぱいだそうだから、部屋が調うまでは家で寝泊まりしてください。嫁と、使用人夫婦がいるだけだからさ。」
「アリガトウノタマイマス。」
「はは。それを言うなら、ありがとうございます。だよ。私のことは忠繁でいいよ。」
「ハイ、タダシゲさん! タダシゲさん、立場、上。ワタシハ、弥助デイイノデス。」
「わかった。ありがとう。」
弥助の言い回しでは、アクセントが『和泉守様』ではなく、どうしても『泉の神様』に聞こえてしまうため、おかしくて仕方なかったのだ。屋敷に付くと、出迎えに出た風花も使用人夫婦も弥助を見て驚きの声を上げた。
「みんな、今日から信長様に仕えることになった弥助さん。弥助、私の妻の風花と、家のことを手伝ってくれている甚兵衛(じんべえ)さんとお富(とみ)さん。」
「ハジメマシテ、弥助デス。オ世話ニナリマス。」
初めて見る黒人に驚いていた風花達であったが、同じ言葉を話すことで少し安心したようだ。
「ようこそいらっしゃいました。和泉守の妻で風花です。よろしくね、弥助さん。」
「ハイ。奥方様、ヨロシクオ願シマス。」
「まぁ。言葉もしっかりしていらっしゃるのね。」
『奥方様』などと呼ばれてご機嫌の風花は満面の笑顔だ。風花が受け入れたので、甚兵衛と富も微笑んでいた。二人は、忠繁が姉川の戦い後に雇った使用人で、二人とも六〇歳を超えている。夜盗に襲われて家を焼かれて困っていたのを、忠繁が保護したのだ。
弥助はその日から忠繁に付いて回り、畑仕事から政務から武芸から、あらゆることを学んでいった。忠繁が驚いたのは、弥助は背が大きいだけでなく力も強い。筋肉質とは言え細身だったため、最初は心配していたが、薪割りなどは片手で斧を振るって、リズミカルに木を割っていった。
領内の人々も、初めはその姿に驚き、決して近付こうともしなかったが、忠繁が常に一緒に廻り、積極的に農作業などに手を出す弥助を見て、次第に距離を縮めていった。
ある日、畑を荒らす猪を見つけた時、そこにいた老婆が襲われそうになったのを、
「危ナイ!!」
と言って駆け出し、なんと猪に左フックを一発お見舞いし見事に倒してしまった。さらには、殴った後に猪を押さえつけ、締め上げたのだ。この豪気ぶりに領民達は歓喜し、弥助に食事を用意したり、酒を飲ませて仲良くなった。
そうやって忠繁の下で生活して一ヶ月が過ぎたころ、弥助の部屋が用意できたというので、いよいよ引っ越すことになった。これからは他の小姓達と信長の傍で働くことになる。この日は忠繁の指示で、送別を兼ねてご馳走を用意した。
「タダシゲさん。オ世話イタダキ有難トウゴザイマシタ。」
庭で涼みながら、弥助は酒を飲み、そう言って笑った。ここに来てから聞いたことだが、弥助はまだ二十歳になったばかりだという。十歳の時に奴隷としてアフリカを出て、遥々日本にやってきたのだ。
「弥助、君はもう奴隷じゃない。信長様の小姓として、周りのみんなと協力して、しっかり信長様を守るんだよ。」
「ハイ、全力デ、オ使イ行キマス。」
「それを言うなら、お仕えします。だよ。」
どうも言葉だけはなかなか直らなかった。だが、意思の疎通はできるので、他の小姓達ともうまくやっていくだろう。
この頃の忠繁は、織田家の政務担当として岐阜周辺の運営に携わる傍ら、信長の軍師として、今後の戦略を話し合ったりもした。これまでの功績が認められているのだ。もう、織田家中の誰も新参者と軽視する者はいなかった。
「タダシゲさん。」
「どした?」
「ワタシ、イエズス会デハ、奴隷トシテ人間ラシイ扱イサレマセンデシタ。タダシゲさんもフウカさんモ、他ノミナさんモ、私ヲ人間トシテ付キ合ッテクレマシタ。人生デ、一番嬉シカッタデス。」
弥助はそう言って、アフリカでの生活のことや、奴隷として連れてこられた時のことを話してくれた。けっきょく、弥助がアフリカのどの地域の出身かはわからない。一説にはコートジボワール出身とも言われているが、はっきりした資料は残っていない。
アフリカでは早くに両親が死に、弟と妹がいたらしいが、離れ離れになって、その後どうしたかわからないという。
「弥助。私の家族もね、遠いところにいるんだ。もう会うことはないかもしれない。君と一緒だよ。」
「ソウデスカ。デモ、タダシゲさん、フウカさんヤ、ミナさんイマス。私モイマス。元気出シテクダサイネ。」
「はは、ありがとう。弥助、信長様が良く言う言葉でね、『是非もなし』って言葉があるんだ。」
「是非モナシ、デスカ?」
「そう。いいかどうか論じてもしょうがない。ありのままを受け止めて、その時できるに最善のことをするっていう考え方なんだけど。弥助に教えておくね。何かに困ったり、つまずいたりしたら、自分にできる最善の方法を考えるんだ。」
「是非モナシ。・・・ハイ、是非モナシ。私、頑張リマス!」
弥助は忠繁と風花に感謝を述べると、小姓の長屋に移っていった。弥助が実在したかどうかの記述は少ない。本能寺で信長と運命を共にしたとも、光秀の計らいで解放され、その後、相撲取りになったとか、諸説あるが確証がない。しかし、忠繁には弥助の優しくたくましい人柄がこの戦国に存在したことを知った。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/
「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、
ぜひ高評価お願いいたします!
また、周りの方にもおススメしてくださいね!
弥助は謎が多いですね。
イメージは大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」の弥助です。
信忠に火急を告げる時に、
光秀の兵を素手で殴り倒していく豪快さが、
若き日の作者には衝撃的でした。
サブキャラクター達のファンも増えたらうれしいです。
次回もよろしくお願いいたします。
水野忠




