表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/88

第一章 戦国時代③

 清須城。城と言っても、忠繁が想像していたような大きなものではなく、堀に囲まれた立派なお屋敷といったところか。そもそも、本格的な天守閣が最初に造られたのは、織田信長の安土城と言われている。それまでの城のほとんどが、堀や城壁で守りを固めた物で、本丸はその中の大きな屋敷だった。


 光秀が門番に訪問の旨を伝えると、三人は清須城内の一室に案内された。権蔵は下男だからなのか、部屋の外に待機した。忠繁もそれに習おうとしていたが、


「忠繁殿、そなたはもはやこの十兵衛光秀の客人。こちらへ参れ。」

「はい。」


 まだ、出会って間もないのに客人として扱われ、権蔵に申し訳なく思うのは、忠繁が根っからの会社員であるからに他ならない。


 余談だが、光秀は何度か出入りしているからいいかもしれないが、供の者のチェックはまるでなかった。これが時代の差というものなのかもしれないが、セキュリティのチェックは甘いようだ。忠繁の会社は、本社ということもあってか、会社内に入る時にはセキュリティゲートがあり、IDカードを通した上に、出入りには手荷物検査が行われる。たとえ社長でも例外ではない。


 部屋の中で待つと、しばらくして華やかな着物を着た女性が入室してきた。歳は三十路前くらいであろうか、気品がある整った目鼻立ちをしていたが、実に穏やかな笑顔をしていた。やや幼い顔立ちに華やかな柄がとてもよく似合う。『お方様』というよりも『お姫様』といったほうが似合うだろう。


「遠路、大儀であった。十兵衛、久しいな。」

「はい。帰蝶様もお元気そうで安心いたしました。」

「ところで、その者は?」

「はい。最近、明智家に客人として参った霞北忠繁と申す者。東にある武蔵(現在の埼玉県と東京都)の国の出身でして、なかなか見どころある男ゆえ、この度客人として来てもらいました。」

「そうですか。忠繁殿、織田弾正信長の妻で帰蝶と申す。よしなにな。」


 帰蝶はそう言って微笑んだ。美女、というよりも美少女と言った方が似合うような幼い顔立ちに、忠繁は平伏した。


「ははっ、霞北忠繁と申します。仕事をなくし途方に暮れていたところを十兵衛様に救っていただきました。どうぞ、お見知りおきをお願い申し上げます。」

「織田家は堅苦しいのは苦手な家風ゆえ、気楽に過ごされよ。」


 帰蝶はそう言うと、下女から紙を受け取り、十兵衛達の前に広げた。それは、筆で描いたこの辺りの地図のようだった。


「鷲津と丸根の両砦には、形ばかりの兵を配置するが時間稼ぎにもならぬでしょう。」

「今川の軍勢は四〇〇〇〇にもなろうかという大軍。しかし、信長様はやはり籠城のお心は変わりませぬか。」

「他に策はないのでな。父上も亡く、今の信長様は文字通り四面楚歌。誰の援軍も頼めぬ。清須で籠城し時を稼ぎ、四〇〇〇〇の兵糧が尽きるまで戦うと話しておる。」


 忠繁は地図を見ながら、歴史で習ったことを思い出していた。今は間違いなく桶狭間の合戦前のはずである。しかし、帰蝶が言うには信長は籠城の構えという。同盟者であった斎藤道三はすでに息子の義龍に攻められて討死している。それ以来、織田家と斎藤家は敵対していた。


「忠繁殿、どうかしたのか?」


 不思議に思っていることが顔に出たのであろう。光秀が聞いてきた。


「あの。信長様は本当に籠城されるおつもりなのでしょうか?」

「どういうことじゃ?」

「籠城と見せかけて、実は討って出るお考えなのでは?」

「ばかな。織田家の軍勢はかき集めてもせいぜい三〇〇〇。四〇〇〇〇もの大軍に敵うはずもなかろう。それに、もし討って出るおつもりであれば、それを帰蝶様に話さないわけがない。」

「敵を欺くには、まず味方からと申します。帰蝶様さえ知らないのであれば、信長様のお心が出陣と決まっていても、決して今川方には漏れないでしょう。」


 そこまで言うと、帰蝶は口元に手を添えて笑い始めた。


「ほほ、そなたは信長様の慎重ぶりを知らぬようじゃな。信長様に限って、一か八かの賭けに出るとは到底思えませぬ。」

「しかし、吉法師様の時代には、領内を駆け巡り、悪童達をまとめあげた方と聞いております。」

「確かに、子供の頃はな・・・。」


 そこまで言うと、帰蝶は口を閉ざしてしまった。


「信長様が幼き頃に悪童達と幅を利かせていたのはわしも存じておる。しかし、父・信秀公が亡くなり、教育係だった平手様が腹を切り、弟の信行様の謀反にあってからは、すっかり人が変わってしまった。」

「そうじゃな。臆病になったというか、大人しゅうなりあそばした。」


 落胆する二人の表情に、忠繁は思いを巡らせた。ここは戦国時代、それは間違いなさそうだが、自分の知っている人物像とは違うのかもしれない。苛烈、残酷、残忍など、怖いイメージの多い信長だったが、あくまでもそれは後世の人々が語り継いで来たこと。実際の信長は違うのかもしれない。帰蝶のイメージすら、全く違うものだったのだから。


「帰蝶様。主君義龍様は、帰蝶様が戻られると希望されるのでしたら、いつ戻ってきてもよいと申されております。また、信長様においても、今後、美濃と敵対せず、斉藤家に従うのであれば面倒を見ると。」

「・・・いいえ。信長様をおひとりに残すわけにはいきませぬ。兄の申し出は妹として嬉しゅうございますが、帰蝶はすでに信長の妻。信長様が籠城し、ここで果てるというのならば、共に彼岸へ渡るのみ。」


 帰蝶の言葉に、しばしの沈黙が流れた。おそらく光秀の役割は、今川が攻め込んでくる前に帰蝶を生きて美濃に連れ帰ることだったのだ。しかし、忠繁の知る歴史に、帰蝶が美濃に戻ったという記憶はない。帰蝶が美濃に戻るのは、義龍の子である龍興と信長が戦って、美濃の稲葉山城を落とし、そこを拠点にした後だったはず。


「もし。信長様を、勝たせる方法があるとしたら、お二人はどうなさいますか?」


 どうしてそんな言葉を口にしたのか、忠繁自身も不思議だった。しかし、落胆する二人を見ていると、本当にこのまま籠城になり、自分の知っている歴史と変わってしまうのではないかと思えたのだ。それよりもなによりも、自分を助けてくれた光秀が悲嘆に暮れていることが忠繁にはつらかった。


「相手は四〇〇〇〇の大軍だぞ?」

「はい。しかし、織田方も今川方も、大将の数は同じにございます。同じ数であれば、優れた方が勝つのが道理。私が聞いている限り、今川様よりも信長様の方が勝っておいでかと思いますが。いかがでしょう。」

「忠繁殿、そなた帰蝶様の前で何を言うておるのじゃ。」


 光秀が困ったように言ったが、帰蝶はそれを制止した。


「かまわぬ。忠繁とやら、何か良策があるのであれば申してみよ。」

「ははっ。今川の軍勢は四〇〇〇〇と言っても、義元の本隊はせいぜい五〇〇〇程度。この本隊を足止めし、そこへ信長様が切り込めば、三〇〇〇対五〇〇〇。ぐっと勝ち味がございます。」

「義元の本隊へ直接切り込むというのじゃな。して、どうやって今川勢を足止めする気じゃ。」

「そうじゃな。義元の本隊は、まっすぐに大高城に入り、そこを拠点にするはず。わざわざその手前で止まるとは思えぬ。」


 忠繁は先ほどの地図を見た。図面の中には砦の位置と大高城の位置、そして清須城の位置が示してあった。


「十兵衛様、この辺りに桶狭間、あるいは田楽狭間という場所はございませんか?」

「おお、あるぞ。確か、この辺りにあるのが桶狭間じゃな。」

「今川勢が大高城に移動するには、この桶狭間を通過するのではないですか?」

「近くは通るであろうな。」

「であれば、この辺りの土地の者になりすまし、義元本隊が通りかかった時に、進物として酒や食事を振る舞います。義元の目的は京への上洛、その先には天下の実権を握ることが見えますので、領民からの申し出を無下にはしないと考えます。大量の進物に気を良くした義元は、部隊を休ませて食事を取らせるはずです。そこへ、信長様の全軍が秘かに近付き、一気に本陣を突けば大混乱になると思います。そうすれば電光石火、その首が討ち取れるのではないでしょうか。」


 その時になって、帰蝶も光秀もあっけにとられて忠繁を見ているのに気が付いた。


「あの・・・。」

「忠繁殿、そなたそのような策略、どこで学ばれたのじゃ?」

「本当に、素晴らしい戦略じゃ。それなら、信長様にも勝機があるやもしれませぬ。」


 二人の表情が一気に明るくなった。信長には帰蝶から伝えることになり、光秀は万が一を考え、領民に扮するのは自分達がやるということになった。そのために、桶狭間周辺の村に潜むことも決まった。



 数日後、光秀と忠繁は桶狭間近くの桶村に入り、領民に成りすまして生活をするようになっていた。村長には、信長の命でこの村で田畑の開墾を手伝うようにとの命令がでた。と説明をした。義元が尾張を攻めるのは一ヶ月ほど先のはずだ。二人は協力して農作業を手伝い、子供の面倒を見て、年寄り達を労った。そうすることで、短期間ですっかり村の人達に受け入れられ、仲良くなっていった。


 そして、あっという間に時間は過ぎていき、いよいよ義元軍が尾張領内に侵入してきたと連絡が入った。伝令に来たのは、小柄でみすぼらしい小汚い男だった。歳は二人よりも若く、身長は一四〇センチほどだろうか、そのために少年のようにも見えた。


「十兵衛殿、この度はご苦労様にございます。織田家臣の木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)と申します。」


 忠繁はハッとした。この汚い小柄な男が、後の天下人、豊臣秀吉と気が付いたからだ。


「信長様はこの度の策略、えらく感心しておいでじゃ。成功したら、十兵衛殿にも何らかの褒美があるでしょう。」

「いやいや、この策略を考えたのはこの忠繁殿にございます。褒美などはこの忠繁殿に。」

「おぅ、貴殿が忠繁殿でござったか。帰蝶様から面白い男がいたと聞かされ、面白さでは自信のあるこの藤吉郎、いささか焼きもちを焼いてござった。」


 そう言って笑う秀吉は、なかなか裏表のない好青年であることがわかる。律儀で真面目な光秀と、明るく朗らかな秀吉。まだまだ今は無名な歴史の大人物を前に、忠繁は内心興奮していた。こうやって実際に接してみると、本当に『普通の人』である。歴史に名を残した英傑だからと言って、何か特別に姿かたちが違うわけではない。


 数日中に、義元の軍勢は砦の攻略にかかる。そうなった時がこの作戦の始まりだ。義元に進物を渡したらすぐに秀吉が信長に報告し、桶狭間で休息に入ったと同時に、織田全軍を持って攻め込む手はずになっていた。織田家臣の中でも、この作戦を把握しているのは信長本人と帰蝶、秀吉、それ以外は光秀と忠繁だけだという。この日は、光秀に用意された小屋の中で、秀吉が持ち込んだ酒と、昼間に近くの川で釣った川魚を肴に交流を楽しんだ。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


義元侵攻にあきらめムードの帰蝶に、

忠繁の提案した奇襲作戦はうまくいくのでしょうか。


次回、運命の桶狭間決戦です。


水野忠

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 完結済みなので安心して読めますね! [一言] 面白いです。著名な人物が次々出てきます。 続きも読ませていただきます〜。
2023/04/05 21:17 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ