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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第四章 元亀争乱⑤

 見張り台から降りると、眉間にしわを寄せた老人が立っていた。


「長政! 織田の使いが参ったと聞いたがそやつか?」


 浅井家の当主を呼び捨てにする老人、つまり長政の父親なのであろうと忠繁は思った。忠繁は膝を付くと、


「織田家臣、霞北和泉守にございます。」


 そう言って頭を下げた。久政は忠繁を一瞥すると、長政に処刑を命じた。


「長政。即刻、斬り捨て、その首を信長に送れ!」

「父上。お使者殿になんと無礼な。浅井は野蛮人の集まりかと笑われますぞ。」

「ぐぬぬ!」

「さあさあ。今日は冷えますゆえ、中に入ってお休みください。」

「うるさい! 年寄り扱いするな!」


 そう言って長政の腕を振り払うと、ぶつぶつ言いながら去っていった。


「忠繁殿、お恥ずかしいものをお見せいたしました。」

「いえ、お気になさらないでください。浅井家の中で、朝倉派と織田派がわかれているのはお聞きしています。もはや何派だとかはどうでもいい状況になってしまいましたが。今の方はお父上の久政様ですね?」

「そうじゃ。」

「久政様は朝倉様にご恩があると聞いております。織田家の者を良く思うはずがございません。お気に障らせてしまったことを、返って申し訳なく思います。」


 二人は再び、大広間に戻った。


「さて、長政様。すっかり長居してしまいましたので、そろそろ本題に・・・。」


 言いかけて、廊下の柱からこちらをうかがっている女の子がいることに気が付いた。


「お茶々様?」

「あい。」


 名前を呼ばれて嬉しかったのか、女の子は柱から姿を現すと、長政に駆け寄り、その膝に座った。


「申し訳ございませぬ。茶々、お客人に失礼ですよ。」


 茶々を追いかけてきたのか、市と赤子を抱いた腰元が広間へやってきた。


「申し訳ありません、長政様。」

「かまわぬ。忠繁殿は、お初の出産祝いに義兄上が使わしてくれた使者だ。お前にお祝いの品を沢山いただいたぞ。」

「それは、遠路ありがとうございました。」

「お市様も、ご出産後、お元気そうで何よりでございます。信長様も喜ばれましょう。」


 長政は茶々を市に預け、満足そうにうなずくと、


「忠繁殿、本題というのをうかがおうか。」


 そう言って促してくれた。


「はい。近江宇佐山城の戦いで、当家の森可成が浅井勢に討ち取られました。その際、可成様の愛槍、十文字槍が浅井家に渡ったとうかがっております。森家に、お返しいただけないでしょうか。」

「十文字槍を?」

「はい。」

「それは義兄上の命令か?」

「違います。私個人的なことで、長政様にお願いしております。可成様は、ひ弱な私を鍛え上げてくださった師でございます。わが師の遺品を、森家に返してやりとうございます。それをお願いしたくて、このたびの使者の件を願い出たのでございます。」


 忠繁の言葉に長政は腕を組んだ。


「それだけのために、敵地へ単身来られたのか。」

「はい。」

「あれほどの業物を見たことはない。嫌だと言ったらどうする?」

「長政様におすがりし、この頭を下げるだけでございます。」


 武士がひたすらに頭を下げる。というのが長政には意外な言葉であった。武士は意地や死に様を大事にする。それらを捨てて、恥も外聞も関係なく、可成のために頭を下げるというのだ。


「重ねてお願い申し上げます。十文字槍を、森家にお返しください。」


 そう言って、忠繁はいま一度頭を下げた。忠繁はこの時代の人間ではない。営業時代に何度でも頭を下げてきた。いわば、これは武士の意地ではなくサラリーマンの意地と言える。市が心配そうに長政を見上げた。その槍ならば市も知っていた。宇佐山城から引き揚げた際、家臣の一人が名槍を手に入れたと献上してきたのだ。


「忠繁殿。戦において、戦場の戦利品は勝者の物じゃ。この戦国の世にはそういう不文律があるのは知っておろう。おぬしに頼まれたからと言って、はいわかりましたと返しては、この長政の不名誉になる。十文字槍と引き換えに、お主はわしに何を与えてくれる?」


 顔を上げると、忠繁はまっすぐに長政を見つめた。


「では。浅井家重臣であった、遠藤直経様の最期をお伝えしとうございます。」


 そう言った時、広間に控えていた長政の小姓達が目の色を変え、刀に手をかけた。長政は落ち着くように手を広げてそれを制すると、


「直経の最期を見たと言うか。」


 先ほどまでの穏やかな表情とは変わって、鋭い目つきで忠繁に聞いてきた。


「見たのではありません。信長様をお守りし、私が討ち取りました。」

「なにお!!」


 とうとう小姓が刀を抜いて立ち上がった。


「無礼者、控えなさい! 和泉守殿は長政様とお話ししておる!」


 市の一喝に、小姓は動きを止めてしまった。ただならぬ空気を感じ取ったのだろう茶々と初が泣き出してしまった。その鳴き声を聞いて、


「失礼いたします。」


 忠繁は長政に一礼すると茶々に歩み寄り、


「ごめんね。驚かせちゃったね。大丈夫だから泣かないで。ほら、面白い物を作ってあげよう。」


 そう言うと、懐から用意していた色紙を取り出し、慣れた手つきで紙飛行機を作ると、


「ほらほら、見てごらん? ほおら!」


 そう言って作り上げた紙飛行機を飛ばした。ふわりふわりと広間の端まで飛んでいった紙飛行機を見て、茶々は一瞬で泣き止んだ。不思議なもので、茶々が泣き止むと初も泣き止むのだ。茶々は市の元を離れて紙飛行機を拾い上げると、見よう見まねで飛ばしてみた。しかし、投げ方がわかっていないので、紙飛行機はそのまま地面に墜落した。


「ああ、飛ばし方にコツがあるんだ。」


 忠繁は茶々に駆け寄ると、紙飛行機を拾ってその手に持たせた。


「こうやってね、前に押し出すようにやさしく手を出して、腕が伸び切ったくらいでぱっと離してごらん。」

「うん。」


 茶々は言われたように投げると、今度は上手に飛ばすことができ、紙飛行機は広間を漂って市の前に着地した。


「すごい。とんだよ!」

「上手上手!」


 茶々は嬉しそうに駆け出して、市の手から紙飛行機を受け取ると、投げては追いかけて、拾っては投げていた。もう少ししたら、娘の楓ともこうやって遊ぶことができたはずだ。忠繁は茶々の姿に我が子を重ねてしまった。


 忠繁は、茶々がすっかり泣き止んだのを確認すると、元の位置に戻り、再び頭を下げた。


「お話し中に失礼いたしました。」

「いや。そなたは器用じゃな。しかし、あれはいったい何だ?」

「はい。折り紙と申す、故郷の遊びにございます。」

「折り紙、と申すか。して、あの飛んだものはなんじゃ?」

「あれは、紙飛・・・。空飛ぶ忍びにございます。」


 この時代に飛行機と言ってもわかるはずがない。忍者がムササビのように空を飛ぶ漫画を読んだのを思い出してとっさに言ってみた。しかし、その言葉を聞いた長政は困ったような顔をした。


「忍びは、空など飛ばぬぞ?」

「えっ? そうなのですか。てっきり、敵の城に忍び込むのに、空を飛んだりするのだと思ってましたが。」

「そなたは面白いやつじゃな。」


 そう言うと、いまだに鼻息を荒くしている小姓達に落ち着くように命じると、


「忠繁殿。直経の最期、お聞かせ願おうか。」


 そう言うと、神妙な面持ちで腰を下ろした。


「はい、かしこまりました。」


 忠繁は、姉川の戦いの大勢が決したころ、雑兵の姿になった直経が、単身で織田本陣に侵入し、信長を一突きしようとしたのを、寸前のところで気が付き、取っ組み合いになり脇差で刺した。そして、首を差し出そうとした直経を討てず立ちすくんでいるところを、直経は自ら切腹し、果てたことを伝えた。


「しかし、直経様は、とても澄み切った、穏やかなお顔で逝かれました。」

「そうか・・・。」


 長政は、紙飛行機で遊ぶ茶々の頭をなでると、立ち上がって縁側に立ち、空を見上げた。少し曇りだしていた空が、今の長政の心を映しているようでもあった。


「直経は穏やかな顔をしておったか。」


 誰にともなく、長政はそう言った。そして振り返ると、


「直経に武士の情けで華を持たせてくれたのじゃな。で、あれば、この長政。浅井家当主としては礼をせねばならぬ。誰か、十文字槍を持て!」


 そう言って小姓に命じた。しばらくすると、小姓の一人が十文字槍を持ってきてくれた。忠繁が可成と訓練した時に見せてもらっていたが、改めてみると大きな槍だった。これを軽々と振り回し、敵兵をなぎ倒していった可成は、まさに槍の名手と言えた。


「霞北和泉守殿。十文字槍をつかわす、森家に返すなり、好きにするがよい。」

「ははっ。ありがとうございます。」


 受け取った十文字槍は、ずっしりと重く、可成の雄姿を思い出させた。


「忠繁殿、次にお会いする時は戦場じゃな。息災に過ごされよ。」


 わざわざ見送りに来てくれた長政達に、忠繁は深々とお辞儀をすると、岐阜へ戻るべく帰路に付いた。



 数日掛けて岐阜へ戻ると、忠繁はさっそく登城し、信長へ帰参の報告をしに行った。広間へ通されて城の中を移動していると、奥から信長の怒鳴り声が聞こえてきた。


「おのれ、まだ言うか!!

「お考え直しくださいませ!」

「黙れ光秀!!」


 ただ事ではないと思い、忠繁は廊下を駆け出して大広間に飛び込んだ。そこには、鬼のような形相で光秀を足蹴にして、なお手持ちの扇子で叩き付ける信長と、左腕を前に出して必死に何かを懇願する光秀、止めるに止められず、狼狽した表情の秀吉がいた。


「何事でございますか?」


 忠繁は十文字槍を置いて二人の間に割って入ると、


「信長様、お気をお静めください。」


 そう言って、信長の肩に手を当てた。殴られるとも思ったが、意外にも忠繁の顔を見た信長は振り上げた手を下ろし、


「戻ったか。」


 冷たくそう言うと、無表情に戻って上座に腰を下ろした。忠繁は光秀に手を貸して起こしてやると、信長の前に腰を下ろし、帰参の報告をした。


「浅井家より戻りました。」

「ご苦労。忠繁、その槍はなんじゃ?」

「はっ、これは亡き可成様の十文字槍にございます。お許しいただければ、森家へ返してやりとうございます。」


 忠繁の言葉に、信長は浅井家での状況報告を求め、忠繁は小谷城でのことをつつがなく報告していった。その報告の途中、秀吉や光秀が驚いた顔になったのは言うまでもない。


「お前は、本当に、命知らずというか。たわけというか。」


 信長があきれ果てたのも言うまでもなかった。


「しかし、小谷城内を見ることができたのは良かったな。いずれその経験をもらう。忘れるでないぞ。十文字槍は、お前から長可に渡してやれ、それから、長可が森家を継ぐことも許そう。」

「ははっ。」

「忠繁。それが終わったら、戻って早々に悪いが、サルと比叡山へ行って来い。仔細はサルから聞け。光秀は無用じゃ、早々に宇佐山へ戻れ。」


 そう言って退室しようとした信長はふと立ち止まり、


「市は息災であったか。」


 囁くようにそう聞いてきた。うっかりすると聞き漏らすような小さい声だった。


「はい。お市様も、姪に当たる茶々様も初様も、とてもお元気でございました。」

「そうか。・・・大儀であった。」


 それだけ言って退室した信長は、少し嬉しそうな顔をしていた。信長が退室すると、


「十兵衛様、藤吉郎様。いったい何があったのでございますか?」


 忠繁はさっそく二人に問いかけた。困った顔の秀吉に対し、思いつめた光秀は、


「お二方ともすまぬ。今日は、失礼させていただく。」


 そう言うと広間を出ていった。普段穏やかで思慮深い光秀が、あんなに思いつめた顔で出ていったのが忠繁には心配だった。


「藤吉郎様、何事でございますか?」

「ああ。まぁ、場所を変えて話そうか。わしの家に行こう。」

「あ、では。先に長可殿にこの槍を届けてから参ります。」

「わかり申した。後ほど来てくだされ。」


 秀吉に促され、忠繁は一緒に岐阜城を出ると、城下町にある森家の屋敷に出向いた。そして、出迎えてくれた永と長可に、可成の形見である十文字槍を手渡した。


 忠繁から受け取った十文字槍はあまりに重く、まだ一二歳の長可には、持ち上げるのもやっとの状態だった。


「父はこれを軽々と振っていたのじゃ。なる! わしもいつか、父のように強い男になり、必ずこの十文字槍を振るうて見せようぞ!」


 この頼もしい姿を見て、可成も少しは安心してくれたであろうか。ふわりと優しい風が、森家の敷地を吹き抜けていった。


「和泉守様、なんとお礼を言ったらよいか。」

「いや、お気になさらないでください。長可殿の頼もしい姿を見れば、可成様もきっと安心なさいましょう。」

「はい。」

「永様。信長様より、長可殿の森家相続の件。正式に許可が出ました。長可殿を当主として、ますますのご活躍をお祈りしております。」


 永は深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます。夫との旧交を重んじ、敵方の浅井家へ単身乗り込まれたとか。しかし、今後はかような無茶はなさらないでくださいませ。」


 そう言った永の表情は、子をたしなめる母親のような表情をしていた。


「余計なこと、でしたかね・・・。」

「そうではございませぬ。敵方に入るということは、いつ命を落としてもおかしくないということでございます。夫が死んでも、私には夫が残してくれた子らがおります。しかし、風花殿にはあなた様しかいないのですよ。女は、口出しをせずにただひたすら待つのみ、我らへの気遣いで和泉守殿が命を落としてしまったら、風花殿に顔向けできませぬ。」


 そこでようやく、自分がいかに無茶なことをしてきたのかということが理解できた。この時代に来て十年が過ぎようとしているが、いまだに自分のいた時代の尺度で物事を考えてしまう。長政も人である。話せばわかると思っていたのだ。


「あ、その。軽率でした。」


 バツが悪そうに頭をかくと、


「しかし、単身敵地に赴き、わが夫の形見を取り返してくださったこと。その勇気、森家への気遣い。これ以上ないほどの感激でございます。このご恩は生涯忘れませぬ。」


 永はそう言ってほほ笑むと、忠繁に対して手を合わせて念仏を唱えた。永は熱心な浄土真宗の信者でもある。念仏を唱えたのは、忠繁に御仏の加護があるようにと祈っているのだ。


 可成の死後、永はすぐに剃髪して、今は妙向尼(みょうこうに)を名乗り、慶長九年(一五九六年)に七二歳で亡くなるまで、穏やかに、ひたすら信仰を続けたという。しかし、可成との間に恵まれた多くの子供達は戦場で命を落とす。悲しみに耐え抜いた半生であったという。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


可成のために単身小谷城へ乗り込んだ忠繁でした。

元亀争乱はまだまだ真っただ中!


どうぞ次回もお楽しみに!


水野忠

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実では、父森可成が使用していたのは、関兼定(大政所の父と言われる鍛冶屋で和泉守兼定とも言われる)銘の十文字槍とされています。その後の消息は如何なっているのか調べましたがわかりませんでした。…
[一言] 私この叡山焼き討ちは当然と思ってます。 信長は当時に珍しく、領民に近い領主で吉法師時代、領民の2男・3男を集めて家来にして、野山を駆け巡ってたので当然寺領の悲惨さを、当事者として悔し涙に昏れ…
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