第四章 元亀争乱①
登場人物紹介
霞北忠繁 ・・・元会社員。信長の家臣として和泉守を名乗る。
風花 ・・・光秀が保護していた少女。忠繁の妻となる。
織田家
織田信長 ・・・日本最大の大大名にのし上がる戦国の麒麟児。
帰蝶 ・・・信長の妻。
森可成 ・・・織田家家老。忠繁の師。三左衛門。
柴田勝家 ・・・権六。織田家家老。
明智光秀 ・・・織田家臣。十兵衛。
木下秀吉 ・・・織田家臣。藤吉郎。後の羽柴秀吉。
蜂須賀正勝・・・秀吉の家臣。小六。
竹中重治 ・・・秀吉の家臣。半兵衛。
松永久秀 ・・・織田家臣。弾正忠。戦国の梟雄。
佐久間信盛・・・織田家家老。「退き佐久間」の異名を持つ
池田恒興 ・・・織田家臣。勝三郎。
滝川一益 ・・・織田家臣。後の織田四天王の一人。
平手汎秀 ・・・織田家臣。信長教育係の平手政秀の子。
坂井政尚 ・・・織田家臣。
前田利家 ・・・織田家臣。又左衛門。槍の名手。
竹中重矩 ・・・織田家臣。半兵衛の弟。久作。
三宅弥平次・・・光秀の家臣。後の明智秀満。
各務元正 ・・・可成の家臣。
永 ・・・可成の妻。
森長可 ・・・可成の子。
森蘭丸 ・・・可成の子。成利。
森坊丸 ・・・可成の子。長隆。
森力丸 ・・・可成の子。長氏。
森可行 ・・・可成の父。
寧々 ・・・秀吉の妻。
まつ ・・・利家の妻。
遠山景任 ・・・織田家臣。
おつや ・・・景任の妻。岩村城主。信長の叔母。
森可隆 ・・・可成の子。戦死している。
織田信行 ・・・信長の弟。謀反を企み討たれた。
徳川家
徳川家康 ・・・三河、遠江の大名。後の天下人。
酒井忠次 ・・・徳川家家老。左衛門尉。
本多正信 ・・・徳川家家老。家康の参謀役。
本多忠勝 ・・・徳川家臣。蜻蛉斬りの使い手。平八郎。
榊原康政 ・・・徳川家臣。小平太。
石川数正 ・・・徳川家臣。やがて秀吉に仕える。
鳥居忠広 ・・・徳川家臣。四郎衛門
中根正照 ・・・徳川家臣。二俣城主。
小笠原長忠・・・徳川家臣。
本多忠真 ・・・徳川家臣。肥後守。
松平家忠 ・・・徳川家臣。
夏目正信 ・・・徳川家臣。次郎左衛門。
田中義綱 ・・・徳川家臣。彦次郎。
浅井家
浅井長政 ・・・北近江の大名。
市 ・・・信長の妹。浅井長政に嫁ぐ。
遠藤直経 ・・・浅井家臣。義理堅い武将。
磯野員昌 ・・・浅井家臣。斬り込み隊長。
浅井正澄 ・・・浅井家臣。長政の弟。
阿閉貞秀 ・・・浅井家臣。
浅井久政 ・・・長政の父。反信長派。
朝倉家
朝倉義景 ・・・越前の大名。
朝倉景健 ・・・朝倉援軍大将。
山崎吉家 ・・・朝倉家家老。
真柄直隆 ・・・朝倉家臣。太郎太刀の使い手。
武田家
武田信玄 ・・・甲信の大名。甲斐の虎。
武田勝頼 ・・・信玄の子。猛将。四郎。
秋山信友 ・・・武田家臣。伯耆守。
馬場信春 ・・・武田家臣。四名臣の一人。民部少輔。
山県昌景 ・・・武田家臣。四名臣の一人。三郎兵衛。
内藤昌豊 ・・・武田家臣。四名臣の一人。源左衛門。
小幡信貞 ・・・武田家臣。
小山田信茂・・・武田家臣。越前守。
足利家
足利義昭 ・・・室町第一五代将軍。
細川藤孝 ・・・将軍家臣。新信長派。
その他
本願寺顕如・・・石山本願寺の宗主。光佐。
千宗易 ・・・京の茶人。後の千利休。
覚恕 ・・・比叡山座主。
関兼定 ・・・刀匠。
金ヶ崎の退き口に端を発した元亀三年間の信長包囲網打破戦は、後に元亀争乱と呼ばれる。信長の生涯の中でも最も過酷だった三年間である。
「市、すまぬな。わしは浅井家の当主だが、義兄上との戦を止めることはもうできぬ。」
「長政様・・・。」
「我らが兵は精鋭なれど五〇〇〇。朝倉殿の援軍はそれ以上だが、義兄上の軍勢には及ぶまい。市、戦になる前に、子供達を連れて岐阜に戻ってもいいのだぞ?」
「それは酷ぅございます。市は浅井家の嫁です。嫁は夫のために尽くすもの。市は帰りません。長政様の勝ち戦を、ここでお祈りしております。どうか、ご武運を。」
市は、織田家には戻らなかったという。決して人質ではなく、浅井家の嫁、長政の妻として、小谷城へ残ることを選択したのだ。しかし、この選択は信長の心に大きな傷をつけることになる。
岐阜に戻った信長は、さっそく浅井家討伐のために兵を再編した。そして、六月一九日、徳川家康の援軍五〇〇〇を加え、総勢二五〇〇〇の軍勢が岐阜を出発しようとしていた。忠繁と秀吉は、出立の時刻になっても信長が現れないため、進軍大将の柴田勝家に許可を取り、岐阜城へ登った。
「信長様、出立の時間でございます。」
城の上層部から、天守に向かって声をかけた。しかし返事がない。
「いないのでしょうか。」
「変でござるな。朝には皆に号令をかけておったのじゃが。」
勝手に天守まで登るわけにもいかず、途方に暮れていると、階上から帰蝶の声が聞こえた。
「サルと忠繁か。上って来やれ。」
二人はその指示に従って天守へ登った。そこには、書状を片手に床に寝ころび、天井を眺めて呆けている信長の姿があった。まだ、甲冑すら身に付けていない。呆然と、天井を眺めているようだ。
「信長様。全軍、出立の準備整いましてございます。」
「・・・。」
「信長様?」
忠繁が困っていると、信長は持っていた書状を黙って投げ付けてきた。それを拾い上げると、読んでしまっていいものか困り、帰蝶の顔を見た。帰蝶は困ったように首を振った。書状を広げると、それは市からの絶縁状だった。市は長政の妻として小谷城に残り、夫の勝利を祈り続ける。そんな内容が書かれていた。
「市は、戻らぬそうだ。」
ようやく、信長がそれだけ口を開いていった。
「妹にも、義弟にも裏切られたか。こんな男が、天下など取れるのかのぅ。」
忠繁は、自分がこの時代に来た時、帰蝶や光秀から、信長が臆病で大人しい性格だと言われたことを思い出した。自分の知るイメージとはかけ離れていたため、史実などそんなものなのかと意外に思ったものだ。その気弱な信長が戻ってきてしまったのだろうか。しかし、それは無理もないことだった。信長は妹の市を本当に大事にしていた。この戦国の時代において、二人の兄妹愛はとても貴重なものに思っていた。
忠繁は、信長が一人の人間であることを思い出した。天下布武を掲げ、天下統一を目指すこの男は、結局ただの人なのだ。だからこそ、ここで歩みを止めさせてはいけないと思った。忠繁が秀吉を見ると、さすがの秀吉もなかなか気の利いた言葉が出ないようだった。
忠繁は呆ける信長に向かって声をかけた。
「・・・是非もなし。」
「なんだと?」
「是非もなし! 信長様、今は戦いに出る時です。二五〇〇〇の軍勢が殿をお待ちです。お市様のことは、この戦のあとにまた考えましょう。取り戻す機会はまだあるはずです。」
是非もなし。信長が良く言った言葉とされる。これは、『起きたことを論じてもしょうがない。目の前のことを受け入れよう。』という考え方だ。
信長はようやく半身を起こし、
「是非もなし。・・・か。ふふ。」
そうやって次第に笑い声をあげていった。
「忠繁。お前は本当に、気の優しいところがあると思えば、核心を突くこともあり、そして、それは時に鋭い刃のように人の心をえぐる。恐ろしい男よ。」
信長は立ち上がると、乱れた襟元を正した。
「サル!」
「ははっ!」
「急ぎ戻り、第一陣から進軍を開始せよ。準備が整い次第、すぐに参る。」
「ははっ! では、ごめん!!」
秀吉は忠繁の肩をポンと叩くと、階段を駆け下りていった。
「忠繁、準備ができるまで城門で待て!」
「かしこまりました。」
忠繁は一礼すると、岐阜城の城門前まで行き、自分の馬と信長の馬の準備をして待っていた。その間にも出陣太鼓が叩かれ、織田・徳川連合軍は北近江へ向けて次々と軍を進めていった。一五分としないうちに、大将鎧に身を包んだ信長が現れた。
「行くぞ!」
「はい!」
二人は馬に跨ると、本隊へ向けて移動を返しした。
「弟に裏切られたのは、二度目じゃな。」
聞き取れないくらいの声で、確かに信長はそう言った。忠繁は聞こえないふりをしたが、信長はやはりさみしそうだった。一度目は、実の弟、信行が謀反を起こし、信長暗殺を謀ったため、信長は実弟を斬っている。信長が二四歳の時である。そして、今回裏切った義弟の長政は、このとき二五歳だった。
六月二八日、姉川(現在の岐阜県長浜市野村付近)を挟んで、北に浅井・朝倉連合軍。南に織田・徳川連合軍が対峙した。姉川は川魚の豊富な釣りの名所として知られている。日本国国歌『君が代』の『さざれ石』とは、この川で発見されたとされている。
姉川の南側から対岸を見て、左に朝倉勢八〇〇〇、右に浅井勢五〇〇〇。対する南側は、朝倉勢の対岸に徳川勢五〇〇〇、浅井勢の対岸に織田勢二〇〇〇〇が布陣し、姉川を挟んで開戦を今か今かと待ち構えていた。
朝のさわやかな空気が、日の出と共に次第に熱を帯びてきた午前六時過ぎ、戦を仕掛けたのは浅井勢だった。先陣を切ったのは、浅井家の切り込み隊長と言われる磯野員昌だった。敢然と姉川を渡り、織田勢の先頭に布陣していた坂井政尚(さかいまさひさ)に突撃を敢行したのである。
「迎え討て!」
政尚は配下に命じて員昌の突撃を正面から受けたが、切り込み隊長の異名をとる員昌の猛撃の勢いはすさまじかった。政尚も勇猛果敢で知られた武将であったが、その勢いに飲まれ、自分の身を守ることで手一杯になった。そうこうしているうちにあっという間に散り散りになり、あっさりと突破されてしまった。
その後ろに控えていた池田勝三郎恒興(いけだつねおき)は、坂井隊が崩れると、刀を抜いてこれに立ち向かったが、員昌の勢いは衰えることなく、恒興の隊もなす術もなく分断されていった。
「いかんでござるな。小六(正勝のこと)、ここで食い止めるでござる!」
開戦からわずか半刻(約一時間)足らずでここまで攻め込まれてしまった。浅井の兵は普段は農民の地侍がほとんどだ。それに対して、織田の兵は職業軍人ともいえる兵士専門職だ。にもかかわらず、員昌の勢いを止めることができなかった。
「殿! こいつぁ、分が悪いぞ!」
気が付けば正勝も取り囲まれている。雑兵にやられるような政勝ではないが、それでも苦戦していた。
「半兵衛、何か良い策はないか。」
秀吉はそばに控えていた半兵衛に泣き付いたが、半兵衛は目の前の雑兵を斬り捨てると、
「このように開けた場所での野戦では、策略も役には立ちますまい。」
そう言って首を振った。員昌の勢いに分断され、木下秀吉隊もあっという間に蹴散らされた。その後も、柴田勝家隊、森可成隊もその勢いを止めることはできなかった。
本陣では、信長の傍で忠繁が迫りくる浅井勢が上げる土煙と、次第に近付いてくる怒号や悲鳴に身体が震えてきてしまった。考えてみれば、大規模な野戦はこれが初めての経験であった。今までも戦には出てきたが、ここまで身の危険を感じたことはない。六角攻めも、金ヶ崎の退き口も、身の危険は感じていたが、どこか他人事のような気がしていた。あれだけ近くで殺意を向けられた朽木との一件も、今と比べれば安全な方だった。
「の、信長様!」
「うろたえるな。戦は始まっておるのじゃ、もはや、なるようにしかならん。」
信長はそう言って不敵に笑った。陽も高くなり、六月上旬とは思えないような蒸し暑い日になった。信長の額にも、忠繁の額にも、嫌な汗が流れた。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/
「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、
ぜひ高評価お願いいたします!
また、周りの方にもおススメしてくださいね!
姉川の戦いはどの資料を見ても壮絶だったことがわかります。
作者としては、
自分の住む場所の住所が血原とか、
なかなか怖いなぁとのんきなことを考えてしまいました。
姉川の戦いはまだまだ続きます。
次回もお楽しみに!
水野忠




