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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第三章 再会と新たなる苦難⑦

 数日後、京から光秀と煕子が仲人のために来訪し、忠繁の屋敷で二人の祝言が行われた。秀吉や寧々をはじめ、可成や長秀など、織田家の主だった者達が集まり、宴会は深夜まで続いた。歴史に名を遺すこれだけ多くの人達に祝福されていることに、忠繁は不思議な感覚と感動を知ることになった。


 すっかり酔いつぶれたみんなを残し、忠繁は夜風に当たるために庭に出た。


「あ、忠繁様。」

「風花、どうした?」

「へへ、なんだか眠れなくて。忠繁様もですか?」

「ああ、少し飲みすぎた。」


 忠繁は風花の隣に座ると、空を見上げて大きく深呼吸した。今夜は満月のようだ。いつもよりもずっと明るい。


「宴会中、信長様がお見えになられたんです。」

「え、なんだって?!」

「お祝いだとおっしゃって、たくさんの金子をご祝儀にいただきました。お呼びしようかと思ったのですが、わしが行くと皆、恐縮してしまうから、呼ばなくていいと。信長様は怖い方だとお聞きしておりましたが、とってもお優しい方なのですね。」


 風花が差し出してきた袋には、これでもかと言うような金額の小判が入っていた。


「そうだな。信長様は、本当にお優しい。」


 もちろん、厳しい面はある。しかし、それは戦や政に関してであって、人間的には実に情にあふれる人物だった。


「風花。私はこれからも信長様のために駆けまわることになる。なかなか戻ってこられないことも増えるが、許してほしい。」

「いいのです。忠繁様は天下泰平のため、信長様の下で思う存分お働きください。」


 忠繁はうなずくと、風花の肩を抱き寄せ、満月を眺めながらいつまでも二人の時間を過ごしていた。


 しかし、平和な時間もこの日を境に変わっていくことになる。



 信長のおかげで将軍になった義昭は、自らの手で行えることが少なく、次第にお飾りの将軍であることに気が付き始めた。何をするにも信長に相談しなければいけなかったため、窮屈な生活に辟易していたのだ。転機になったのは、信長に相談せず、元号を改号したことだった。義昭は歴史に名を残したくて、『永禄』から『元亀』へと、信長に相談せずに改号し、また、東の武田信玄、北陸の上杉謙信、西の毛利元就など、各地の有力大名へ自分の置かれた境遇を嘆く書状を送り付けていた。


 業を煮やした信長は、元亀元年(一五七〇年)正月早々。将軍、義昭に対して五カ条の条書を送りつけたのである。その内容は、義昭を激怒させた。



信長の五カ条の条書


第一条 諸大名らに書状で命令をする場合、

    まずは信長にそのことを告げること。

    書状には信長の書状も添える。

第二条 これまでの将軍の命令はすべて無効とし、

    改めて考え直してから決めること。

第三条 将軍に忠節を尽くす者に恩賞や褒美を与えたいが、

    将軍には土地が無いのだから、

    特にというのであれば、

    信長に相談してくれれば織田領から提供する。

第四条 天下のことは信長に任せたのだから、

    誰であっても将軍の意思をうかがう必要はない。

    したがって、信長の言うとおりに行うこと。

第五条 天下は治まったのだから、

    将軍は朝廷に関する儀式を滞りなく執り行うこと。



この書状を受け取った義昭は、


「なんじゃこれはぁ!」


 そう言って立ち上がり、脇息を光秀に投げつけた。怒りに任せたために光秀には当たりもしなかったが、転がった脇息は衝撃で壊れてしまった。


「落ち着きくださいませ、将軍様。」

「これが落ち着いておられるものか! おのれ信長め、何の権利があって余にこのような命令をするのか!」

「信長様は義昭様を将軍に据えた功労者。各地の大名に送られた書状は、お二人の仲が悪くなっていることを広めることとなってしまいます。お二人に隙あらば、他に天下を取ろうと野心を持つものが再び現れかねません。」

「黙れ光秀! これは謀反じゃ。信長が余に謀反したのと同意じゃ! 藤孝、兵を集めよ各地の大名と共に信長を討ち果たしてくれよう!」


 義昭の傍に控えていた藤孝は、


「将軍。どうか光秀殿の言うとおり、落ち着いてくださいませ。」


 そう言って頭を下げた。この頃の光秀は、信長に命じられ、機内一帯を治めており、藤孝は義昭の側近として将軍家に仕えていた。また、どちらも親信長派であることが一層義昭をいらだたせた。


「おのれ、この恨みは忘れぬぞ。信長ぁ!!」


 そう言うと、義昭は寝所へ引っ込んでしまった。やれやれとため息をつきながら、


「お見苦しいところをお見せしたな。」


 そう言って藤孝は光秀に詫びた。


「将軍は、自分が征夷大将軍になったのもすべて自分の徳だと思っておられる。信長様の功績は認めつつも、あくまでも将軍家の家臣にしか思っていない。信長様がおらねば、今はお命さえ、あったかわからなかったというのに、困ったものじゃ。」

「藤孝殿。信長様のお考えは天下布武。武をお持ちでない将軍様が天下の仕置に口を挟むのを良しとしません。実務は織田家が、禁裏(天皇陛下の周辺のこと)のことや調整は将軍様が執り行うことで、天下は定まろうというもの。どうか、よしなにご説明くだされ。」

「あいわかった。拙者から、こんこんと申し伝えましょう。」


 しかし、条書を渡されてからも、義昭が自制することはなく、各地の大名へ挙兵するよう書状は何度も送られた。その書状は、越前の朝倉義景や、お市の嫁いだ小谷城の浅井長政のところにも届けられた。



 小谷城、今日は織田家との関係をどうしていくのか軍議が開かれていた。長政は信長の妹お市を妻に娶っていたため、また、信長の才覚を知っているために、親信長派と言ってよかったが、古参の家臣や、何より父、久政(あざいひさまさ)は朝倉から受けた恩義があり、信長のことを良く思っていなかった。


「長政。将軍様の書状には、信長は好き勝手やっており、将軍はお飾り同然というではないか。やはり織田家との同盟は見直した方が良いと思うが。」

「いえ、父上。書状を鵜呑みにしてはいけません。義兄上は天下布武を旗印としています。この乱世を、本気で終わらせようとしているのです。そのためには、今までの常識に則ったやり方では終わりません。人の一生は短いのです。多少強引でも、推し進めていかなければなりません。将軍様にはそれをするだけの兵力も財力も、そして将才もござらぬではないですか。それに、この書状はあくまでも将軍様一方のご意見、ことの仔細は義兄上の言い分も聞かねば判断できませぬぞ。」


 そう言って説得する長政に対し、久政はため息を漏らした。


「だいぶ信長に傾倒しておるな長政。それでは浅井の当主として心許ないぞ。お前は一生信長の家臣として生きていくつもりか。」

「そうではございません。義兄上は私を認めてくださったからこそ、市を嫁がせて同盟を組んだのです。その証拠に、義兄上は浅井と同盟をするに際し、浅井家が同盟にある朝倉家と何かあった時は、浅井と敵対しないようにすぐに相談するとおっしゃっております。それだけわれらを頼りにしているということです。」


 ふん。と、久政は鼻を衝くと、腕を組んで黙ってしまった。頑固そのものだが、口達者ではない。こうやって長政にたしなめられることもしばしばあった。


「今日の軍議はここまでにしましょう。」


 そう言うと、長政は本丸に戻り、市が待つ部屋へ出向いた。この頃の市は、昨年に長女・茶々(ちゃちゃ、後の淀殿)が生まれたと思うと、今年になって次女・初(はつ、後の常高院)が生まれたばかりで、まだ床に臥せっていた。


「お市、身体を起こして大丈夫なのか?」

「ええ。いま、初に乳を与えておりました。目元が長政様そっくりなので、笑ってしまいます。」


 長政は市の近くに座った。乳を飲み終えて満足したのか、初が小さな寝息を立てていた。布団の隣では、まだ一歳の茶々が昼寝をしている。寝顔は二人ともそっくりだった。


「軍議はいかがでいたか?」


 そう聞いてきた市の表情は心配そうだった。久政達朝倉派が自分と織田家を良く思っていないことは知っている。そのために長政がいらぬ苦労をしていることもわかっているので、余計に市は申し訳なく思っていた。


「心配いたすな。義兄上と戦になどならぬ。」

「しかし、昨年の暮れ、兄が将軍様を訪問した際、将軍様は夕餉に出されたそばを食べ、越前討伐を指示したというではありませんか。」


 この時信長は、越前名物でもあるそばに出汁つゆと大根おろしをかけ、カニやサバを添えて振舞い、それを食べる義昭を見て、


「将軍様が越前そばを食べられた。越前を食らう、皆の者、将軍様より越前討伐の下知が出されたぞ!」


 そういって、越前攻めの口実を作らせたという。


「仮にそうだとしても、越前攻めの際にはわしに相談をしてくださるはずじゃ。」


 しかし、笑顔でそう話す長政の思いを踏みにじるかのように、城を駆け上がってきた急使からの報告が入った。


「長政様! 織田家が越前朝倉家へ兵を挙げました!」

「な、なんだとっ!」


 元亀元年(一五七〇年)四月二十日、義昭の勅命として、信長は越前討伐の兵を挙げた。この挙兵には同盟国である三河の徳川家康、公家衆からも従軍があったという。その総数は約三〇〇〇〇の大軍であった。その大軍は琵琶湖西岸を北上し、若狭を経由して越前に入った。


 信長の傍仕えとして従軍していた忠繁は、内心失敗したと思っていた。若狭へ向かっていたことで、この戦の重要性に気が付いていなかったのだ。越前に入って「金ヶ崎」という言葉を聞いて初めて、これが歴史上、初めて信長が大敗する戦であることに気が付いたのだ。ここまで勝ち戦が続いていたために何も心配していなかった。そのため、軍を発する命が下されてからも、対策が立てられないままでいた。


 そして、運命の金ヶ崎で野営が始まった。明日はいよいよ朝倉家本拠、一乗谷城を攻めると士気はこれ以上ないくらいに上がっていた。忠繁は食事を終えると、自分が未来人であることを打ち明けてでも直談判しようと信長のところへ出向いた。幕舎に入ると、信長が伝令から何かを受け取ったところであった。その手に握られていたのは、両の端をひもで結んだ袋だった。


「信長様!」

「おう、忠繁か。ちょうどよい、市からこのような物が届いたのだが、書面も何もなくてのぅ。これはいったい何であろうな。」


 妹からの贈り物が嬉しかったのであろう。いつになく穏やかな表情の信長が、袋をもてあそんでいた。それも、忠繁がおぼろげに覚えている歴史の書物で読んだことがある。


「信長様、すぐに撤退を命じてください。」

「なんじゃと?」


 忠繁の言葉に、勝ち戦が続き上機嫌だった信長の馬廻り衆はいきり立った。


「忠繁殿。どういうことじゃ!」


 酒も入っていたために好戦的になっているのだろう。立ち上がると忠繁に詰め寄った。信長は兵士の腕をつかむと、忠繁から引きはがした。


「待て。忠繁、どういうことか説明せよ。」

「はい。それは、両端をひもで縛ってあります。お市様からの贈り物であれば、何らかの書面があるはずです。それがなく、お市様が何かを伝えたいのであったとすれば、それはおそらく火急の内容、袋の中身は我らが織田勢、両端のひもは朝倉軍と浅井軍。つまり、このまま進めば挟み撃ちに会い壊滅いたします!」

「まだ言うか! 織田家は無敵じゃ!!」

「そうじゃそうじゃ!」


 再び馬廻り衆に詰め寄られた瞬間、偵察に出ていた斥候が駆け込んできた。


「殿! 浅井長政殿が挙兵、裏切りました!! 浅井勢一〇〇〇〇!!」

「流言ではないのか!」

「はい。北近江国境の手の者が早馬で連絡してきました。兵達は殿を討つべしと口々にして士気を上げておる様子。間違いございませぬ!!」


 信長は市が送ってきた袋を地面に叩きつけた。紐がほどけ、中に入っていた小豆が周囲に散らばった。


「長政、なぜじゃ!」


 信長は悔しくてたまらないのであろう、散らばった小豆を踏みつけた。


「長政様は信長様の政策を褒め称えていたと聞きます。おそらく、朝倉家との縁を重視する旧派が無理矢理に兵を起こしたのでしょう。だとすればこの街道では挟み撃ちに遭います。」

「おのれ、ならば兵を進め、朝倉と刺し違えてくれようぞ!」

「なりません! 信長様の大望は天下統一にございましょう。こんなところで命を落としてはなりません!」

「しかし、前に朝倉、後ろに浅井、逃げ道はないぞ。」

「浅井の軍勢は精鋭なれど、神速とは聞いたことがございません。ここはいち早く陣を離れ、岐阜に戻るべきです。」

「わしも、和泉守殿の申しておる通りだと思いますがなぁ。」


 話に入ってきたのは、いつの間にか幕舎に入ってきた松永久秀だった。久秀は前将軍、義輝を討った男だったが、信長が上洛した際には真っ先に降伏している。


「久秀、何かいい案があると申すか。」

「和泉守殿の申す通り、すぐに撤退するべきです。私が道案内をいたしましょう。」


 そのころ、第二報、第三報と浅井裏切りの報告が入るにつれ、信長の下へ諸将が集まってきた。その時にはもう、冷静さを取り戻していた信長は、


「全軍を撤退いたす。各諸将はそれぞれの手勢を引き連れ、順次引き上げよ。」


 そう言って撤退を指示した。


「信長様。殿(しんがり)はこの秀吉が承りまする。」


 殿とは、撤退の際に最後方にて敵兵を防ぐ重要な役割だが、退きながら戦わなければいけないために生存率は低い。


「秀吉殿だけでは大変でしょう。殿、この光秀も加勢仕りたい。」

「よし! 木下秀吉、明智光秀。その方らに殿を命じる。」

「ははっ!」

「秀吉、光秀。今度、お前らの好物を用意して酒宴を開く、必ず参加せよ!」


 そう言うと、撤退の準備のために幕舎を出ていった。


「これは、おいそれと死ねませんなぁ。光秀殿、無理に付き合われなくてもよろしいのですぞ?」

「ふふ、ご冗談を。まぁ、少々苦戦するかもしれませんね。」


 忠繁は二人に駆け寄ると、


「私も、お手伝いできませんか?」


 そう伝えた。秀吉も光秀も、もはや忠繁の大事な友人達である。知っている歴史では、二人は朝倉軍を見事に防ぎ凱旋するのだが、それがわかっていても、いつ歴史が変わってしまうかわからない以上、心配で仕方なかった。しかし、二人は意外にも厳しい表情で忠繁の申し出を断った。


「なりません。そなたには信長様をお守りするお役目がございましょう。ご自身の役目をしっかりと果たされよ。」

「しかし。」

「なに、危なくなったらしっかり逃げるでござるよ。のぅ、光秀殿。」

「そうですな。」


 忠繁は唇をかんだ。二人とも覚悟を決めている。さすがに戦国の武将達だ。まだまだ、忠繁にはその覚悟が持てる気がしなかった。


「では、一つ策をお伝えします。」


 そう言って二人に考えていたことを伝えると、二人の手を取り、必ず再会することを約束して、忠繁は信長の下へ駆け出した。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


金ヶ崎の退き口は、

信長の歴史の中でも結構な大敗でしたが、

すぐに体勢と整える辺りはさすがと言ったところです。


次回もお楽しみに!


水野忠

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