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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第三章 再会と新たなる苦難⑥

 年が明けて、永禄一二年(一五六九年)三月。義昭を第一五代足利幕府征夷大将軍に据えると、信長は義昭のために二条城の築城を命じた。義昭は感激し、信長に副将軍や関白などの地位を勧めたが、信長はこれを固辞、どうしてもという義昭に対し、従五位下尾張守(おわりのかみ)の叙任のみ受け取った。


 そのころ忠繁は、京にあって尾張や美濃同様、楽市楽座の政策や、道造りの奉行として東奔西走の毎日だった。ある日、忠繁は信長に呼び出され、二条城近くの本能寺に入った。


「ここが本能寺、あと何年かしたら、ここであの大事件が起きるのか。」

「ん、なんの事件じゃ?」

「おわぁ。十兵衛様!!」

「すまぬ。驚かせてしまったか。」

「十兵衛様も、信長様に呼び出されましたか?」

「話したいことがあるというのでな。」


 二人が寺に入ると、奥の一室に通された。本能寺は現在の本能寺とは少し位置が違う。この場所は元々造りが頑丈で、内部も複雑なために、信長が京に滞在するときの寝所になっていた。現在の本能寺は、本能寺の変後に再建されたものだ。


 部屋の戸がすべて開け放たれているため、風通しが良く、春先のこの季節では肌寒いくらいだった。


 部屋では信長と帰蝶が待っていた。


「お召しにより参上いたしました。」

「よう参った。まぁ、座れ。」


 二人は信長に勧められて座った。


「忠繁。そなたのところにおるお風は、もともと光秀が預かっていた子だそうだな。」

「はい。十兵衛様が流浪の旅に出る際、私が尾張に入るので、十兵衛様から預かり、面倒を見てまいりました。」

「そうか。光秀、お風の出自を教えよ。」

「はい。お風の両親は、もともと明智家に仕える農兵の子でした。わが叔父、光安が明智城に籠城して義龍殿と戦った折、両親は叔父と共に落城の際に討ち死にしております。その時お風は、危ないからとわが妻、煕子が面倒を見ておりました。身寄りが亡くなったのを不憫に思い、それがしが面倒を見ることにしたのでございます。」

「であるか。」


 そう言うと、信長は外の景色に目を移し、しばし考えた後に口を開いた。


「光秀。お風をわしにくれぬか?」

「え?」


 信長には正室の帰蝶のほか、吉乃やお鍋といった側室がいる。側室の一人として迎えると思った光秀は、


「い、いえ。お風は身寄りがなく、親が明智家に仕えていたとはいえ家柄も違いまする。殿のおそばでどれだけのことができるものか。それに、今は忠繁殿が預かる身、忠繁殿の意見もうかがいませぬと。」


 そこまで言った時に、光秀は帰蝶がクスクスと笑いを堪えているのに気が付いた。そして、その隣で顔を真っ赤にした信長が光秀を睨みつけていた。


「阿呆! そうではない。おぬしはもう少し頭が良いかと思っておったが、とんだたわけであるな。」

「お、恐れ入りまする。」


 平服する光秀に、とうとう帰蝶が声を上げて笑い出した。


「ほほほ。光秀殿。確かに、お風の嫁ぎ先を決めるためにそなた達を呼んだのじゃ。されど、嫁ぐのはわが殿にではない。忠繁殿にじゃ。」

「へ?」


 今度は忠繁が驚く番だった。


「義昭様の件では、そなた達二人には大きな功績があったと思っておる。褒美を与えたいと思ったのじゃ。光秀、そなたを畿内総取締奉行に任ずる。将軍家と織田家の橋渡しと、京の守護を任せたい。」

「は、ははーっ!」


 平服する光秀に、忠繁は肩に手を置き喜んだ。この時代のことにはまだまだ疎いとは言っても、それが大きな出世であることはわかった。


「十兵衛様、おめでとうございます。大出世ではございませんか。」

「これは、それがしも驚きました。いや、かたじけない。」

「忠繁、貴様にも褒美がある。六角攻めでは見事な戦略を考えたからな。侍大将に取り立てたいと思うがどうじゃ?」


 そう言われて、忠繁も男である以上、自分の功績が認められて出世できるのは嬉しかったが、そう言われて、改めて自分がこの時代の人間ではないことを思い出した。一瞬、信長の下で兵を指揮し戦う自分を妄想したが、心を落ちつけると、申し訳なさそうに首を振り、断りの言葉を口にした。


「信長様、私に出世は無用でございます。」

「なんじゃと?」

「私には、策を弄する小賢しい頭はございますが、兵を率いて戦う将才はございませぬ。今のままが、分相応にございます。もし、私に褒美を賜れるのでしたら、それは前線で働かれた兵の皆様にお与えくださいませ。」


 そう言って忠繁は頭を下げた。


「どうか、信長様のおそばで働かせてください。」


 信長は無言で立ち上がると、部屋の外に出て寺の庭を眺めた。忠繁が考案し、信長が指示して作り上げた楽市楽座のおかげで、京にも人が多く入り込んでいる。この庭も、流れてきた庭師に作らせたものだった。


「無欲な奴じゃ。しかし、お前らしい。わかった。お前に用意する予定だった金子などは、兵士達の慰労に使うとしよう。」

「ありがとうございます。」

「だがそれではわしの気が済まぬ。そなたの叙任が許された。今日より従六位下和泉守(いずみのかみ)を名乗るがよい。それから、話を戻すが、お風はわしがいったん預かり、養女として迎える。そのうえで、わが娘として貴様に嫁がせる。光秀、それでよいな?」

「はい。この上ない栄誉でございます。どうか、よろしくお願いいたします。祝言の際は、育ての親としてぜひ仲人を務めさせていただきまする。」

「ちょちょ、ちょっと待ってください。お風と私は親子ほども年が離れているのですよ?」


 慌てて止めに入ったが、信長は笑ってそれを退けた。


「忠繁、嫁は若い者をもらって子を増やせ。」


 そう言って再び笑った。帰蝶は微笑みながら向きを整えると、


「忠繁殿、そなたが越前や六角征伐に出ていたころ、お風は毎日のように神社へ行ってはお前様の無事を祈っていたのじゃ。寧々からその話を聞いてな。あまりに不憫で仕方がなかったのじゃ。そなたらが京へ行っている間、お風を呼び、話をしてな。忠繁殿の話をしているお風は、それはそれは美しかったぞぇ? お風の気持ちも考えなされ。」


 そう言う帰蝶の話では、自分は身内がいなくてさみしく思ったこともあったが、忠繁はもっとさみしい思いをしている。だから、一生、そばで支えていきたいと話していたのだという。未来から来た自分の話を信じ、そして、いつもそばにいて支えてくれていた。この八年間の月日が、お風の中で大事な時間になっていたのだろう。無論、それは忠繁も一緒だった。信長の下で働けているとはいえ、一人だったらどんなに不安でさみしかったであろうか。


「・・・お風と、一度話をさせていただけませんでしょうか。改めて、私から夫婦の件、話がしたいと思います。」

「好きにせい。」


 城を後にすると、忠繁は大きくため息をついた。


「えらいことになりました。」

「何を言われる。歳は離れていようが、お風は最初からそなたに懐いておった。きっと、子供心に何か思うところがあったのやもしれぬな。忠繁殿。いや、和泉守殿、お風を頼みますぞ。」


 光秀に肩を叩かれ、苦笑いする忠繁であった。



 数日後、忠繁は美濃に戻ることが許され、自分の領地に帰った。越前へ義昭を迎えに行ってから、自宅へはまともに戻っていなかった。お風と会うのも何か月ぶりであろうか。屋敷の門をくぐると、庭作業をしていた下男が頭を下げてきた。


「ただいま帰りました。」


 声をかけると、家の奥から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。それがお風の足音だとわかるので、忠繁はなんだか微笑んでしまった。


「お帰りなさいませ、忠繁様!」

「長らく留守にしてすまなかった。心配をかけてしまったな。」

「いいえ。忠繁様がご活躍なさっているのを、帰蝶様や寧々様からうかがっておりましたので、喜んでおりました。」


 そう言ってほほ笑むお風を見ていると、ここしばらくの忙しかった疲れがなくなっていくのを感じた。


「すぐにお食事とお風呂の用意をいたしますね。」

「あ、いや。お風、それは後でいいから。少し話がしたいんだ。」

「はい。」


 忠繁は、お風と一緒に庭先の椅子に腰かけた。イスとテーブルもこの半年で少し色あせた気がした。風味が出ていい色にはなったが。


「どうかなさいましたか?」


 純粋で汚れを知らないお風の瞳に見つめられると、忠繁は年甲斐もなく照れくさくなってしまった。


「いや。なんだ、その、信長様から官位を頂戴した。従六位下和泉守を賜った。」

「本当でございますか? 官位をいただくなんてすばらしい出世ではございませぬか。おめでとうございます。」

「ああ、ありがとう。それで、お風のことなんだけど。その・・・。」


 歯切れの悪い忠繁の顔をお風はまじまじと覗き込んだ。


「私が、どうかなさったのですか?」

「その、なんというかな。」


 明里とは、上司の紹介で出会い、ほとんどお見合いのような形で結婚した。考えてみれば、忠繁の人生、自分から結婚を申し出ることなど初めてといってもよかった。


「お風を信長様の養女に出すことになった。」

「えっ?」


 瞬間的にお風の表情が曇る。ここを出ていかなければならなくなったと思ったのだろうか。忠繁は慌ててそれを否定した。


「いや、すまない。言い方が悪かった。いったん、信長様の養女になり、そのうえで、私と、夫婦になってほしい。」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。信長様からそう言っていただけた。祝言には、十兵衛様と煕子様が仲人をしてくださるそうだ。」

「嬉しいです! 嬉しいです。けど・・・。」


 一瞬、とても幸せそうな顔を見せてくれたが、すぐに表情を暗くした。


「忠繁様には、明里様とお子様がいらっしゃいます。私は、忠繁様をお慕いしております。忠繁様に幸せになってほしいと思っております。でも、忠繁様のご家族もそうであってほしいと思っているのです。私が忠繁様に嫁ぐことで、明里様が悲しみます。忠繁様の時代は、好き合った男女が夫婦となり、ほかに奥方は持たないとうかがいました。」

「そうなんだけど、さ。」


 忠繁は、信長からこの話をされてから、ずっと考えていることがあった。


「本当は、元の時代に戻れると思ってたんだ。いつか、漠然と戻れるんだろうなって。でも、ここにきてすでに八年。戻れる保証はないんだ。それに、お風はこの八年ずっと一緒に過ごしてきた。お風の支えがなかったら、私はきっと、さみしさに負けてしまっていたと思うんだ。だから、こんなに年が離れているのは申し訳ないんだけど、この時代にいるのだったら、お風を幸せに、違うな。二人で幸せに過ごしていきたい。」


 それが、忠繁の出した答えだった。この時代に骨を埋める覚悟が、八年かけてようやく整ったと思っていた。もちろん、この八年間、明里や楓、家族や友人達のことを考えなかった日はない。しかし、戻る当てがない以上、この時代の人間として生きていかなければならないのだ。そして、自分がここにいていいと思わせてくれるのは、ほかでもないお風の存在だった。


「忠繁様。私から少しよろしいですか?」

「ああ、なんだい?」


 お風は背筋を整えると、まっすぐに忠繁を見つめた。緊張した忠繁も、背筋を伸ばしてお風の言葉を待った。


「お風は、生涯誰にも嫁ぐ気はないと思っておりました。でも、もし誰かに嫁ぐのでしたら、それは忠繁様しか考えられないと思っていたのです。」

「そうなのか? こんなに年が離れているのにか?」

「忠繁様はおっしゃるよりもお若いですよ。それに、忠繁様が明智の庄に来てすぐのころ、野盗に襲われたことがございましたでしょう?」

「ああ、そんなこともあったね。」

「あの時、忠繁様は見ず知らずの私のことを、身を挺して助けてくださいました。あの日、あの時から、お風はずっと、忠繁様をお慕いしておりました。」


 そう言って、お風は立ち上がると、深々と頭を下げた。


「ですので、このお話はとても嬉しゅうございます。不束者ですが、どうか末永く、よろしゅうお願いいたします。」

「こちらこそ。よろしく、お風。」


 そう言って、忠繁はお風の手を取った。


「お風。提案があるんだけど。」

「なんですか?」

「どうだろう。武家の妻になるのだし、君の笑顔は春に咲く花のようだから、これを期に風花と名付けてはダメかい?」

「ふうか、風花・・・。素敵です! 風花、私は、霞北和泉守の妻、風花です!!」


 お風、改め風花(ふうか)は嬉しそうに何度も何度も自分の新しい名前を口にした。その日の晩、忠繁は久しぶりに携帯電話の電源を入れると、風花と二人で記念写真を撮影した。暗がりにフラッシュで浮かび上がった二人の姿は、親子のようにも、夫婦のようにも見えた。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


今回は、忠繁と風花の記念回でしたね。

ずっと思いを募らせていた風花、

幸せになってほしいと思います。


水野忠

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実の信長の業績を主人公がしたことにしただけのお話なのかな? 段々読むモチベが無くなってきた。
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