第三章 再会と新たなる苦難④
それを面白く思っていない人物がいた。朝倉義景だ。義景は、光秀が義昭の所へ呼び出されるのを面白く思っていなかった。
「光秀。最近、特に義昭公と懇意にしていると聞くが、どんな話をしているのじゃ。」
光秀を呼び出したかと思えば、いきなりこう言った詰問を浴びせてきた。
「義昭様におかれましては、寺での生活が長かったとのことで、俗世間のことはあまりご存知ではないご様子、幸い、私は義景様に拾っていただくまで各地を流浪してまいりましたので、その頃の話を聞きたがっていらっしゃいます。」
「流浪の時の話、それはどのような話じゃ。」
「他愛もない話でございます。義昭様は、畿内周辺のどの地域が誰によって治められているのか、そう言ったこともご存知ではありませんでした。ですので、地理の話や、その地域の守護は誰なのか、また、名産品はどのよう物があるのかなど、お聞きになられておりました。」
これは真実の話で、何も他意のないことである。しかし、疑り深い義景は、朝倉家中の秘密などが漏れていやしないか心配していたのだ。
「時に、義昭様から毎度言われてしまうのですが、義景様は上洛をいつごろとお考えでございますか?」
「まだ決まっておらぬ。」
「義昭様はまだかまだかと首を長くしておられます。お命じいただければこの光秀、先陣を承るゆえ、いつでもお申し付けくださいませ。」
「わかったわかった。もうよい、下がれ。」
義景が下がれと言ったので光秀は退室したが、けっきょく、自分が何のために呼び出されたのかわからなかった。
義景は光秀が出ていった後もイライラが治まらず、立ったり座ったり、落ち着きがない様子でうろうろしていた。義景としても、義昭を奉じて上洛したい気持ちがないわけではない。だが、越前は若狭湾を通じて流通も盛んで、土地も豊かなために兵力も強大だ。わざわざ京まで遠征しなくとも、この越前で義昭が将軍を宣言し、天下の仕置をすればいいとも思っていた。
そんな気持ちもあるがゆえに、早くしろとせかす義昭にも辟易していたし、その義昭の面倒を見る光秀にもイライラしていたのだ。
光秀と入れ替わりに入ってきた吉家は、また義景が不機嫌になっているのを察した。
「殿。そのようにイライラするのであれば、上洛するかしないかはっきり決めて、義昭公に態度を示した方がいいのではないですか?」
「わかっておる。わかっておるが、どちらが朝倉家にとっていいのか考えておるのじゃ。」
また義景の優柔不断が始まった。この決断力のなさが、やがて朝倉家の不幸に繋がっていくのだが、吉家にもどうすることもできなかった。
それから数日後、義昭は藤孝に命じて、光秀の屋敷へお忍びで出向いた。
「こ、これは公方様! このようなところへお越しになられるなど、なんと恐れ多い。」
「よいよい、少し光秀と話がしたくてな。聞くところによると、この先に風光明媚な素晴らしい滝があると聞いてな、案内してくれるか。」
「か、かしこまりました。」
光秀は明智光忠や藤田行政を護衛にして、義昭を一乗滝へ案内した。滝に到着すると、義昭は岩場に腰を下ろし、しばらくその大自然を見つめた。
「素晴らしい場所じゃな。心が浄化されるようじゃ。」
満足そうにそう言うと、
「光秀、そなたに話が合ってな。聞き入れてくれるか。」
と、切り出してきた。
「私にできることでしたら、何なりとお申し付けください。」
「そうか。では、余のために一働きしてほしい。織田信長殿との橋渡しをそなたにお願いしたい。どうじゃろうか。」
滝が落ちる音が、しばらくの間、周囲に響き渡った。光秀の心で揺れ動くものがあった。朝倉家には拾ってもらった恩義があるが、いまだに大した地位は与えられていない。俸禄は増えたと言っても、まだまだ納得の行くものでもなかった。ここで義昭に協力しておけば、やがては将軍家に仕えることも、そのまま織田家に仕えることもできる。少なくとも、今よりも家族に楽な生活をさせてやれるのではないかと考えた。
「かしこまりました。義昭公と信長殿の橋渡し役、この明智光秀が承りました。」
そう言って、光秀は頭を下げた。それからの光秀の行動は早かった。信長と忠繁に書状を送り、義昭の現状を訴え、織田家に上洛の手助けを依頼したのだ。信長がそれに食い付かないはずがなかった。そうして、織田家の使者として忠繁が派遣されてきたのであった。
光秀は、夜風に身を晒しながら、星空の中の三日月を見上げた。今夜は雲一つない夜だった。忠繁が寝返りを打ったため、落ちてしまった手ぬぐいをもう一度冷水で絞ると、再び額に乗せてやった。
「そなたはこの光秀にとって幸運の使者かもしれぬのぅ。」
そう言うと、障子を閉めて自分も休むことにした。
光秀の薬が効いたのか、それから二日もすると、忠繁の身体は嘘のように回復した。忠繁とは初対面の藤孝が、精が付く物を食べさせればいいと、わざわざ雉を捕まえてきて料理してくれたりもした。
今日は忠繁の快気祝いだ。そして、この宿を貸し切り、明日は美濃へ出立する。藤孝は宴の準備だと再び料理を始めた。忠繁は病み上がりだからと部屋にとどめられ、先に到着した煕子と岸、そして、越前で生まれた玉と待たされることになった。光秀は義昭を案内してくると、朝から義昭の待機している寺に迎えに出ている。
「お身体を悪くされていたとうかがっておりましたので、よくなられてなによりです。」
「ご心配おかけして申し訳ありません。十兵衛様の下さった薬のおかげで、もうすっかり良くなりました。」
「美濃で信長様の下で働けるようになりましたら、どうか夫をよろしくお願いいたします。」
「いやいやいや! 十兵衛様なら私よりもずっと素晴らしいお働きをなさいますので、私などはすぐに追い抜かれてしまいます。むしろ、十兵衛様が重用されても、変わらぬお付き合いをお願いしたいくらいです。」
そういう忠繁に、煕子はくすくすと笑った。前にも述べたが、光秀と煕子は本当に夫婦仲が良い。茶会を開くために髪を売った話などを聞いた時は、忠繁も思わず涙を流した。しかし、美濃で世話になっていた時よりも煕子はやせていた。苦労の中で必死に光秀を支えていたのであろう。
その時、玉がおもむろに忠繁に歩み寄り、その膝の上にちょこんと座った。
「こ、これ玉! 失礼ですよ。」
「はは、お気になさらず。相変わらず子供は好きですから。玉様を見ていると、お風と出会ったときのことを思い出します。」
「お風は達者ですか?」
「ええ。もうすっかり大人になりましたよ。どこか、いい嫁ぎ先を見つけてやらなければと思っているのですが。」
「まぁ。お風はきっと嫁ぎませんよ。」
「えっ?」
どうしてそう思うのか、忠繁が聞こうとすると、襖が開いて光秀が入ってきた。そして、後に続いてきた少し頼りなさそうな青年、それがのちの将軍、足利義昭であることはすぐにわかった。
「十兵衛様。」
「おお、忠繁殿。すっかり回復したようでなによりじゃ。」
笑顔でそう言うと、義昭と思われる青年に腰を下ろすように勧めた。
「公方様、常々話しておりました織田家の霞北忠繁殿です。」
「織田家臣。霞北忠繁でございます。美濃までの道中、私が同道仕ります。」
「う、うむ。よきに計らえ。」
義昭は腰を下ろすと、落ち着かない様子で辺りを見回した。
「いかがなさいましたか。」
「い、いや。ここは安全なのであろうな。」
義昭は藤孝に助け出されるまで、兄、義輝を討った松永や三好勢に命を狙われていたはずだ。朝倉家で安全な場所を得たはずだが、越前を出てきたことに心配しているようだ。
「義昭様、信長様の手の者が、この周辺にはたくさんおります。不穏な動きがあればすぐに知らせが来るはずです。それに、十兵衛様も藤孝様も武人としては超一流の方々、何もご心配することはございません。無論、この忠繁も、義昭様を信長様とお引き合わせするまで懸命にお守りいたします。」
忠繁の言葉に、少しは義昭も安心したようだった。
「ははは、忠繁殿は頼もしいですな。さて、お待たせしたが料理ができた。煕子殿、配膳をお願いできるかな。」
厨房から戻り、話を聞いていた藤孝がそう言ったので、煕子は立ち上がると厨房へ行き、女将と一緒に食事を持ってきた。さすが料理自慢の藤孝である。山海の珍味のほか、魚や肉料理、京から取り寄せたと言う銘酒。その日はご馳走に舌鼓を打ちながら、翌日の出発に英気を養った。
続く。
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次回はいよいよ信長と義昭が面会します。
そして、歴史は少しずつ動き始めます。
どうぞお楽しみに!
水野忠




