第三章 再会と新たなる苦難①
登場人物紹介
霞北忠繁 ・・・二八歳会社員だった。信長に仕える。
お風 ・・・光秀が保護していた少女。
織田家
織田信長 ・・・岐阜城の大名。
帰蝶 ・・・信長の正室。
市 ・・・信長の妹。浅井長政に嫁ぐ。
森可成 ・・・槍の三左衛門。忠繁に武芸を教えた。
丹羽長秀 ・・・五郎左。織田家家老。
柴田勝家 ・・・鬼の権六。織田家家老。
木下秀吉 ・・・藤吉郎。後の羽柴秀吉。
滝川一益 ・・・織田家臣。後の織田四天王。
稲葉良通 ・・・織田家臣。頑固者。
浅井家
浅井長政 ・・・北近江の大名。市を嫁に迎える。
浅井久政 ・・・長政の父。反織田派。
遠藤直経 ・・・浅井家臣。忠繁を気に入る。
脇坂安治 ・・・浅井家臣。
磯野員昌 ・・・浅井家臣。
茶々 ・・・長政の子。
初 ・・・長政の子。
朝倉家
朝倉義景 ・・・越前の大名。
明智光秀 ・・・朝倉家臣。不遇に喘いでいる。
山崎吉家 ・・・朝倉家臣。良識派。
溝尾庄兵衛・・・光秀の家臣。
明智光忠 ・・・光秀の従兄弟で家臣。
藤田行政 ・・・伝五郎。光秀の家臣。
煕子 ・・・光秀の正室。
岸 ・・・光秀の子。
玉 ・・・光秀の子。後の細川ガラシャ。
足利家
足利義輝 ・・・室町第一三代将軍。松永久秀に討たれる。
足利義栄 ・・・室町第一四代将軍。久秀の傀儡。
足利義昭 ・・・室町第一五代将軍。信長によって将軍になった。
細川藤孝 ・・・将軍家の重臣。
その他
徳川家康 ・・・三河の大名。幼名は竹千代。
松永久秀 ・・・大和の大名。戦国の梟雄。
たき ・・・越前の宿の女将。
六角義賢 ・・・承禎。南近江の大名。
六角義治 ・・・義賢の子。
吉田重賢 ・・・六角家臣。
朽木元網 ・・・近江の豪族。
永禄十一年(一五六八年)。正月の行事が一通り終わったある日、信長の妹、市は、北近江の大名、浅井長政に嫁ぐために岐阜城を出発した。一〇〇〇名の護衛隊の大将は森可成、忠繁もその与力として輿を守る役目を受けた。
市とはほとんど面識のなかった忠繁であったが、信長に手を取られ、輿へやってきた市はとても美しく、忠繁にしてみれば、歴史ドラマで人気女優が演技をしているように感じた。二一歳と聞いていたが、年齢よりもいい意味で落ち着き、まさに満開絶頂期といった美しさであった。
「輿の護衛を仰せつかりました。霞北忠繁と申します。道中、なにかございましたらなんなりとお申し付けくださいませ。」
「兄から聞いております。頼みましたぞ。」
「ははっ。」
信長の居城である岐阜城から、北近江浅井氏の居城である小谷城へは、まっすぐ西に約五五キロの道のりである。輿に乗っているとはいえ、市を疲れさせぬようにゆっくりと進んだ。
「忠繁殿。」
途中、輿の中から市に声をかけられ、忠繁は近付いた。
「はい。何かございましたか?」
「いえ。いつも兄上が忠繁殿のことを話しておったのでな。そなたと話すことは今までなかったので、今日を楽しみにしておったのじゃ。生まれは武蔵の国と聞いたぞ。」
「はい。武蔵に生まれ、父は北条家に仕えておりました。両親が病で亡くなったので、それからは旅をし、堺の南蛮商船で働いておりましたが、船が襲われ、逃げて途方に暮れていたところを、今は越前朝倉家にお仕えの明智十兵衛様に助けられました。十兵衛様は帰蝶様の従兄に当たられる方で、そのご縁で織田家にお世話になっております。」
「尾張や美濃で関所を廃止したのはそなたの案だと聞いた。面白いことを考えるものじゃ。この街道の整備を命じたのもそなたの案であったそうじゃな。おかげで輿が揺れずに身体が楽じゃ。」
「おそれいります。」
そのほかにも、墨俣での一夜城の話など、市はいろいろなことを聞いてきた。信長が普段いかに自分の話をしているのかがわかり、忠繁は嬉しかった。
「忠繁殿。そろそろ国境ではないか?」
「そうですね。」
「浅井に嫁げばもう美濃へは戻れぬ。育った場所を見ておきたい。」
「かしこまりました。では、可成様にお伺いを立ててまいります。」
忠繁はそう言うと、馬に乗り可成を探し、護衛隊の先頭にいた可成を見つけ声をかけた。
「可成様。お市様が、北近江に入る前に美濃や尾張を見ておきたいとおっしゃっております。しばらく休憩をお願いできますでしょうか。」
「承知した。全体止まれ、しばし休息いたす。」
護衛隊が停止すると、可成と忠繁は輿へ戻り、市を外へ出した。ここら辺は伊吹山に少し入った高台だ。ここからなら、岐阜もその先の尾張も見ることができた。市は感慨深げにその方角を見ると、
「美濃も尾張も、美しい国ですね。」
目を細めてそうつぶやいた。この時代は仕方がないとはいえ、生家を離れ他家へ嫁ぐのはさみしさや不安もあるのだろう。このような時に何か気の利いたことを伝えられないか忠繁は考えた。
「近江で一人、戦わねばならぬな。」
その言葉を聞いた時、忠繁は自分の考えが間違っていたことに気が付いた。戦国の女性は決して儚いものではなく、家の存続のために嫁ぎ、その名を残すために子を産み、それが戦いなのだということを感じた。だから、忠繁は自然と言葉にしていたのだろう。
「お市様。実は、先日夢を見まして。」
「夢?」
「はい。お市様が浅井家へ嫁がれた後、たくさんのお子を産み、にぎやかに過ごされる夢です。きっと、そうなりましょう。私の夢はよく当たるのでございます。」
幸せに過ごす。とは言えなかった。浅井家へ嫁いだ市が、その後どのような運命を辿るのかを忠繁は知っている。浅井長政はやがて信長を裏切ることになる。そして、いくつかの戦の末、小谷落城と共に自刃するのだ。そして、市は生まれた子供達と共に岐阜へ戻り、本能寺で信長の死後、柴田勝家に嫁ぐ。しかし、勝家と秀吉が織田の行く末で決裂すると、最期は北ノ庄城で勝家と共に果てるのだ。だが、その子供達はそれぞれ名のある武将に嫁ぎ、徳川時代の礎を築いていくのである。
「ふふ。忠繁殿、そなたは本当に面白いのぅ。少し気が楽になった。」
そう言って微笑むと、
「可成、わがままを言った。さぁ、近江へ参りましょうぞ。」
そう言って輿に戻っていった。
二日後、忠繁達は北近江の居城、小谷城へと到着した。
「浅井家家臣、遠藤直経(えんどうなおつね)と申す。主、長政様より護衛のお使者殿もお帰りの前に休息されたしと、酒席を設けてある。さぁ。」
可成と忠繁ほか、数名で城の中に入った。市は美濃から付いてきた侍女達と共に、別室へ案内されるようだ。その市が、
「忠繁殿。兄上はあれでさみしがり屋じゃ。頼み申したぞ。」
そう言って奥へ入っていった。
「忠繁、ようやってくれた。美濃を出た時よりもお市様の表情はぐっと明るいものであったな。」
「ありがとうございます。」
「さぁ、せっかく馳走してくださるのじゃ。参ろうか。」
「はい。」
その日は外の織田兵にも酒が振舞われた。可成と忠繁も近江の山々で採れる山菜や、琵琶湖で上がった魚などのご馳走を食べながら、浅井家の重臣達と飲み明かした。特に直経や脇坂安治(わきざかやすはる)、磯野員昌(いそのかずまさ)などの信長派は大いに忠繁達を歓待した。
一方、朝倉派の重臣達は隅の方で大人しく飲んでいた。
「よう覚えておくといい。浅井家は、旧交のある朝倉家と、これから天下を目指そうという織田家と、どちらに付くのが良いかと二派に分かれておる。」
「そうなのですね。」
「油断はするでないぞ。」
「はい。」
その時、奥から一人の若武者が姿を現した。忠繁はその凛とした顔立ちの青年が、市が嫁ぐ浅井長政であるとすぐに察した。浅井の家臣達が一斉に頭を下げる。
「よいよい。そのように気を使うな。可成殿、遠路の護衛、ご苦労であった。わしの酒を受けてくれぬか?」
「これはこれは、長政様からお酌をいただけるとは、恐悦至極なり。」
可成は上機嫌で盃の酒を飲みほした。
「そちらは?」
「長政様。この者は霞北忠繁、信長様の懐刀でございます。」
「懐刀とは、ずいぶん気に入られているようですな。」
「いえいえ。そのようなことはございませぬ。信長様は身寄りもなく、素性も卑しい私などを取り立ててくださっております。日々、ただただ懸命に生きております。」
「謙遜するな忠繁。長政様、この忠繁は織田領内の関所を廃止し、流通を活性化させた功労者にございます。信長様から領地を与えられれば、年貢を廃止し、すべての作物は領民に平等に分け与え、飢える者が出なくなるようにするなど、仁政を敷いております。」
「ほう。それは奇特な。しかし、そのような領民思いの者が織田家にいるとなれば、こたびの婚儀で縁ができ、嬉しい限りじゃ。」
「おそれいります。」
忠繁は深々と頭を下げた。話してみると、この長政という男はなかなかの好青年、市の心配も杞憂に終わるのであろう。
「霞北殿! 飲んでおりますか?」
そう言って酒をついできたのは直経だった。
「遠藤殿、恐れ入ります。」
「固い固い。そなたの噂はこの小谷でも聞いておりますぞ。墨俣の一夜城は霞北殿の発案だとか。見てみたかったのぅ!」
直経は顔を真っ赤にしながら、忠繁の行ってきた政策や戦略を聞いてきた。どこまで話していいものかわからなかったので、伝えても大丈夫そうな部分だけ絞って話したが、直経は忠繁の話を聞きながら偉く感心していた。
「領民が笑っているというのは、その地が誠に穏やかに治められているということじゃ。霞北殿の領地の農民達は幸せじゃなぁ。」
「なんというか。私自身、大した人物ではないので、領主だからと言って偉そうにしたくないのですよ。」
「偉い!」
そう言って直経は忠繁の背中をどんと叩いた。思わずこぼしそうになるのを堪えると、直経は大きな声で笑っていた。
「思っていてもそれが行動にはなかなかできぬもの。長政様、我が北近江の政も、負けてはおれませんな。がはは!!」
この兄貴肌で豪快な男のことが、忠繁はいっぺんに好きになってしまった。
「そうじゃな。織田家と浅井家はこれで姻戚関係じゃ。また、お会いすることもあろう、いろいろ教えてくだされよ。」
「おそれ多いお言葉にございます。」
「よぉし。森殿と霞北殿に、我が自慢の腹踊りをご披露しよう!」
そう言うと直経は着物を脱ぎ出し、踊り始めた。
「まったく。酒が回るといつもこれじゃ。ご使者殿、申し訳ないが付き合うてくれ。」
呆れ顔の長政だったが、直経の踊りに可成も忠繁も腹の底から笑った。この時代に触れ、忠繁は一つ学んだことがある。戦国の世にあっても、人は人ということだ。家族を想い、家臣を想い、国を想う気持ちは同じ、人が死ねば悲しみ、楽しみがあれば喜び、牙をむかれれば命をかけて戦う。令和の時代と何が違うのであろうか。本気の命のやり取りをする分、この時代の方が、より真剣に生きているのではないかと思っていた。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/
「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、
ぜひ高評価お願いいたします!
また、周りの方にもおススメしてくださいね!
市が浅井家に嫁ぎました。
戦国史の中でも、市の生涯はとても壮絶なものであったと思います。
次回はいよいよ忠繁が恩人と再会します。
引き続き楽しんでいただければ嬉しいです。
水野忠




