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時霞 ~信長の軍師~ 【長編完結】(会社員が戦国時代で頑張る話)  作者: 水野忠


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第二章 織田家の発展⑨

 永禄一〇年、信長は西美濃三人衆、大沢正秀、竹中半兵衛らの手引きによって美濃へ進攻した。瑞龍寺山へ駆け上ると、そのまま井口山を目指した。この日はことのほか強風だったため、信長は城下を焼き払うように命じ、これにより稲葉山城は丸裸にされてしまった。


「なんじゃ、今度は誰が攻めてきたんじゃ! なぜ、そっとしておいてくれぬのじゃ。」


 いそいそと甲冑を着込みながら、龍興はわめいたと言う。


「旗印は織田木瓜! 織田の手の者と思われます。」

「信長ぁ!!」


 しかし、信長はいきなり攻めかかるようなことはせず、火が治まると城下の町割りを指示し、勝手に街造りを始めてしまった。まるで、龍興など眼中にはないと言っているかのようだった。その様子を稲葉山城の本丸から見ていた龍興は怒り狂ったと言う。


「おのれ、おのれ信長め! 好き勝手してくれおって!! 許さん、許さんぞ!!」


 龍興は顔を真っ赤にして外へ飛び出した。


「備中! 兵馬を整えよ。信長の本陣に斬り込み、眼にもの見せて・・・。」


 勢いよく外へ飛び出した龍興は、城内の様子がおかしいことに、その時になって初めて気が付いた。明らかに、閑散としているのである。


「備中、これはどういうことじゃ?」


 日根野弘就は、片膝を付いて頭を下げた。


「殿。昨晩、竹中重矩と安藤守就、稲葉良通らが扇動し、ほとんどの兵が城から逃亡いたしました。ここに残っているのは一五〇〇名ほどしかおりません。」


 龍興は、この期に及んで夜は酒色に溺れていた。半兵衛の諫言はまるで効いていなかったのである。龍興や弘就が寝入っている間に、多くの兵が逃亡、あるいは信長に降ったのだ。


「こ、これでは、勝てぬではないか・・・。」


 一五〇〇〇の軍勢を集めていた龍興だったが、わずか一夜でその大半がいなくなったことの衝撃は大きかったようだ。


「かくなるうえは、城を脱出し、時を待ちましょうぞ。」

「おのれ、おのれ、信長め!!」


 こうして、農民に身を扮した龍興は、稲葉山城の裏手から城を出ると、夜陰に紛れて長良川を下り、伊勢長嶋へと脱出する。龍興はこの後、三好家と結託して足利義昭を攻めようとしたが信長によって敗走、その後も、本願寺と組んで野田福島の戦いを支援したり、その後は、越前の朝倉家に身を寄せ、打倒信長に邁進するが、刀根坂の戦いで朝倉義景を逃がすために織田勢と戦い、二六歳の若さで討ち死にする。再び、美濃の大名に返り咲くことはなかった。


 信長は龍興の逃亡後、兵を存することなく稲葉山城へ入城し、念願の美濃攻略を達成する。そして、稲葉山城を岐阜城と改め居城とした。



 秀吉や忠繁達も美濃領内に居を移し、新しい生活が始まった。ここでも楽市・楽座が敷かれ、斎藤家が支配していた時よりも栄えに栄えた。秋も深まったある日、忠繁達は岐阜城に集まるように命じられた。秀吉も忠繁もこれまでの功績が認められ、新参者だとか田舎者だとか馬鹿にする者はいなくなっていた。秀吉は正勝ら野武士衆をまとめる侍大将に昇進し、忠繁も美濃領内に領地を与えられた。墨俣築城や半兵衛攻略のことで、秀吉は忠繁を欲しがったが信長が許さず、その代わりに半兵衛を配下にもらい受けている。


 岐阜城の広間に集まると、信長は一枚の半紙を広げた。そこには大きく「天下布武(てんかふぶ)」と書かれていた。


「天下布武。この天下を、武をもって治めるという意味じゃ。皆の者、これより織田家は天下統一に向けて突き進む。心して励め!」

「「ははーっ。」」


 信長が天下統一を公言したのはこのころであったという。しかし、信長の領土は尾張と美濃の二か国、東には武田家や北条家、北には上杉家、畿内には将軍はじめ有力者が多数おり、西には毛利家など、まだまだその道のりは遠かった。しかし、天下布武を宣言した信長の姿に、忠繁は心の高揚を抑えられなかった。


 軍議の後、信長に話があると言われて一人広間に残された。しばらくして信長が帰蝶を伴って戻ってくると、


「半兵衛の調略ご苦労であった。忠繁、聞けば墨俣築城の折、サルに野武士を使わせたり、築城の策を授けたのはそなただそうだな。」


 そう言いながら上座に腰を下ろした。


「しかし、ほとんどの手柄をサルに渡すとは、お前は気前がいいのか欲がないのか。」

「私は提案をしただけでございます。私には藤吉郎様のように多数の人を使う能力はございません。」

「謙虚よのぅ。与えた領地の収穫も、農民どもと均等に分けているそうじゃな。」


 信長の言うとおり、美濃攻略の後、忠繁は領内に領地を賜ったが、年貢を取らずに備蓄以外の収穫はなるべく均等に領民で分け合っていた。今までは搾取されるだけだった領民達は、忠繁のことを神か仏かとありがたがっているという。


 領地には忠繁の噂を聞いたものが集まり、いつしかその集落は『幸村(さいわいむら)』と呼ばれるようになった。その名の通り、そこに暮らす人々は幸せであったという。


「はい。不作に備えて備蓄は作っておりますが、それ以外は皆で分けております。お風と二人、たいして物はいりませんので。」

「そのお風だが、そろそろ嫁にしてはどうじゃ。」


 信長の突然の申し出に、忠繁は目を丸くした。


「なんじゃ、そう驚く話でもあるまい。わしの下に来て六年、ずっと一緒におったのじゃ。別に構うまい。」


 信長にしてみれば、忠繁も嫁を持ち、より励んでもらいたいという意向もあるのだろう。忠繁にとって、もはやお風はかけがえのない存在であることに違いはない。しかし、忠繁の脳裏には、未来に残してきた明里や楓が思い出された。


「信長様。お風は私の娘だと思って育ててまいりました。お風も私を父親だと思っておるでしょう。実際に、お風とは父子ほどの歳の差もございますゆえに。」

「年の差などよくある話であろうに。」


 帰蝶が口を挟んできた。


「忠繁殿が娘だと思っておっても、お風の方はいかがかのぅ。」


 そう言って楽しそうに笑う帰蝶、


「しばらく、考えさせてくださいませ。」


 忠繁は顔を真っ赤にしてそう答えるのだった。


「信長様、話というのはそのことでございますか?」

「いや。実はな、市が嫁ぐことになった。」

「お市様が。それはおめでとうございます。」


 市(いち)というのは、二十歳になる信長の妹のことである。二十歳は今でこそ成人の年齢だが、この時代での輿入れ年齢としては少々遅めの方だ。しかし、信長の妹と言えば、天真爛漫、容姿端麗で織田家の中でも人気が高い。特に秀吉や勝家の慕いぶりは、忠繁が苦笑いするほどであった。まさに織田家のアイドルと言えよう。ただ、忠繁はこの六年間、市と面識はない。タイミングが合わずに何度か遠巻きにちらっと見かけただけだった。


「北近江の浅井家へ嫁がせる。天下を取るためには朝廷を抑えなければならん。京への道筋である近江だが、なるべく無用な戦は避けたい。そのために浅井とは同盟を組みたいと思っておった。嫁がせる長政はなかなかの男よ。」


 浅井備前守長政(あざいながまさ)、北近江の若き領主で、武勇に長け、美男子としても有名であった。信長の天下布武に感銘を受けたというが、時代の最先端を行く信長に追いつくことができず、また、旧体質な家臣団に囲まれたこともあり、最後は信長に対抗し、敗れることになる人物だ。


「輿入れに際し、可成を護衛に付ける。そなたは一緒に行き、市の輿を守ってほしい。」

「かしこまりました。」

「仔細は可成に聞け。それから、そなたに文が届いておる。」

「私に、文ですか?」


 この時代に誰からだろうと、首をかしげていると、帰蝶が一通の書簡を忠繁に手渡してきた。


「十兵衛からじゃ。」

「十兵衛様から?」


 忠繁は受け取った書簡を手に、懐かしそうに微笑んだ。


「あ、あの。ここで読んでもよいでしょうか。」

「かまわぬ。」


 忠繁は礼を言うと、さっそく書簡を広げた。そこには、各地を放浪してようやく越前の朝倉家に落ち着いたことと、先の将軍だった足利義輝(あしかがよしてる、足利幕府第一三代将軍)の弟、義昭(あしかがよしあき、のちの第一五代将軍)の要請で、信長に上洛の援助を申し出たことが書いてあった。そのために、近く美濃へ行くのでよろしくというのだ。


「前将軍、義輝様の弟君がここへ?」

「そうじゃ、これで京へ上る大義名分ができる。その時にはそなたにも声をかけるゆえ、付いてまいれよ。」

「はい。かしこまりました。」

「話はそれだけじゃ。市のこと、頼んだぞ。」


 そう言って退室しかけて、


「お、忘れるところであった。忠繁!」


 そう言って忠繁に袋を投げ渡してきた。その中にはずっしりと大金が詰め込まれていた。


「美濃攻略に貢献した褒美じゃ。それは分けるなよ。お風に美味い物でも食わせてやれ。」

「あ、ありがとうございます!!」


 笑いながら退室する信長を見送ると、忠繁は待たせていた下男と共に家路についた。このころの忠繁の屋敷は、岐阜城からは西へ少し移動し、揖斐川を越えた伊吹山の麓にあった。この一帯は忠繁に与えられた領地で、石高にすると二〇〇〇石程度ある。


 なるべく歴史に影響しないようにと表に立つのを慎んでいた忠繁だったが、信長の言うとおりここら一帯の領民からは年貢を取らず、収益は平等に領民に分け与えていたおかげで、織田家中でも話題になってしまっている。しかし、忠繁は自分が領主だからと言って、年貢を取ろうとは思えなかったのだ。


 現在でも岐阜県のこの辺りは「霞間ヶ渓」という名前が残っている。しかし、それが霞北家の名前からとったものかは定かではない。


「お帰りなさいませ、忠繁様。」


 屋敷の中から笑顔のお風が顔を出してきた。今日も農作業をしていたのだろうか、日に焼けた肌がよく似合う額には、土汚れがついていた。


「また、畑仕事に精を出したな。」


 額の汚れをぬぐってやりながら、忠繁がそう言うと、


「はい。忠繁様の言うとおりに作ると、作物がよく育つとみんなの評判にございます。」


 得意そうにそう話した。忠繁は伊吹山中にある落ち葉を集めさせ、各家で出た野菜などの生ごみや家畜の糞尿を掛け合わせて『たい肥』を作り、それを畑に使わせていた。その栄養たっぷりの土から出来上がった作物は、どれも育ちがよく味もいいと評判であった。お風にしてみれば、領民が忠繁を褒め称えるのが何よりも嬉しかったのだ。


「お風、信長様から褒美をいただいた。岐阜城下で人気の菓子を買ってきたから、後で食べようか。」

「はい! 猟師の又兵衛さんが猪を獲ったからと、これは日ごろの感謝ですから収めてくださいって、いっぱい置いていってくださったのです。今夜はごちそうですね。」


 お風は忠繁が帰ってくると、不在中にあったことや、作物の出来や、たくさんのことを話してくれる。領民ともよく交流を持ち、領主である忠繁の人柄や考え方を伝え広めてくれた。お風が領民と忠繁の橋渡しをしてくれるおかげで、領地の運営は実に順調に進んだ。年貢もなく、皆で分け与えられる作物は飢えを失くし、まるでこの地は桃源郷のようだと、領民達は喜び、忠繁を慕った。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/

「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、

ぜひ高評価お願いいたします!


また、周りの方にもおススメしてくださいね!


ついに「天下布武」を掲げた信長。

岐阜を拠点に天下統一に乗り出します。


水野忠

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