第二章 織田家の発展①
登場人物紹介
霞北忠繁 ・・・二八歳会社員だった。信長に仕える。
お風 ・・・光秀が保護していた少女。
織田家
織田信長 ・・・尾張の若き領主。
帰蝶 ・・・信長の正室。
木下秀吉 ・・・藤吉郎。後の羽柴秀吉。
丹羽長秀 ・・・五郎左。町開発奉行。
柴田勝家 ・・・権六。猛将として有名。
森可成 ・・・槍の三左衛門。忠繁に武芸を教える。
佐久間信盛・・・織田家の家老。
池田恒興 ・・・織田家臣。
前田利家 ・・・織田家臣。
寧々 ・・・秀吉の正室。
森可隆 ・・・伝兵衛。可成の子。
森長可 ・・・勝蔵。可成の子。
えい ・・・可成の正室。
まつ ・・・利家の正室。
蜂須賀正勝・・・小六。秀吉の配下。
市 ・・・信長の妹。
斎藤家
斎藤龍興 ・・・美濃の大名。道三の孫で義龍の子。
日根野弘就・・・龍興の側近。
大沢正秀 ・・・鵜沼の虎と言われる美濃の有力者。
稲葉良通 ・・・斎藤家臣。西美濃三人衆の一人。
安藤守就 ・・・斎藤家臣。西美濃三人衆の一人。
氏家直元 ・・・斎藤家臣。西面の三人衆の一人。
竹中重治 ・・・半兵衛。美濃の知恵者。
竹中重矩 ・・・久作。半兵衛の弟。
その他
彦衛門 ・・・商人の代表。
浅井長政 ・・・北近江の大名。
朝倉義景 ・・・越前の大名。
足利義昭 ・・・第一三代将軍足利義輝の弟。
明智光秀 ・・・元斎藤家臣。朝倉家に身を寄せる。
明智の庄を出た忠繁達は、作兵衛の案内で尾張に入り、清州城に帰蝶を訪ねる。桶狭間の戦いの後、尾張から美濃への旅路は忠繁にとって大変なものであったが、今回はそれほど苦には感じなかった。この一年の生活が、忠繁の体力を向上させたらしい。それよりも驚いたのは、一一歳になったお風がしっかりと歩いてきていることである。時折休憩をはさんでいたが、泣き言も言わずによく歩いたと思う。尾張城下の宿に入ると、忠繁はしきりにお風を褒めた。褒められれば嬉しくなってまた頑張って歩く、お風は見かけよりもしっかりした子であった。
清州の城下町は、一年前に来た時と何ら変わりはなかった。人もまばらで活気があるわけではなかったが、建物は多く、おそらくはこの地域でも多くの人がいるのであろうことが推測された。城下町というともっと賑やかなものを想像していた忠繁には少々物足りなかったが、それでも一通りの店が並ぶのは信長の政策の賜物であるのだろう。
数日待たされた後、忠繁は清州城へ呼ばれた。一室に通されると、お風が緊張したように表情をこわばらせていた。
「お風、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。礼儀正しくして、何か聞かれたら素直に答えればいい。」
「はい。」
そんな話をしていると、襖が開いて帰蝶が入室してきた。以前会った時よりも明るい色柄の着物を身にまとい、気品のある佇まいは相変わらずであった。忠繁とお風は頭を下げた。
「遠路よう来られたな。忠繁殿。」
「ははっ。お目通りかないましてありがたく存じ上げます。」
「堅苦しいのはいいと申すに。おや、その子はそなたの子か?」
「いえ。この子はお風と申します。親がなく十兵衛様に面倒を見てもらっておりましたが、此度の件があったため、私が引き取りました。」
そう伝えると、帰蝶はお風の前にしゃがみ、その頭を撫でた。
「帰蝶じゃ。よろしくな。」
「は、はい。お風と申します。一一歳になります。」
「うんうん。よい童じゃ。・・・どうした?」
お風がぽかんと帰蝶を見ているので、帰蝶が首をひねった。すると、頬を紅くしたお風が恥ずかしそうに、
「・・・帰蝶様、きれい。こんなにきれいな方、初めて見ました。」
とため息交じりに言うと、それを聞いた帰蝶は、高らかに笑うと自分の座席に戻った。
「ほほほ、素直な良い童じゃな。忠繁殿、しっかり面倒を見るがよい。」
明らかに満足そうな帰蝶の笑顔に、忠繁も微笑むと安心して息を吐いた。
「十兵衛からそなたのことは聞いております。私から信長様へ話は通しました。義元との戦においてのそなたの見識の高さには信長様もえらく感心しておった。この後参るゆえ、任官の件を申し出るがよい。」
「ありがとうございます。」
忠繁が礼を述べると、しばらくして城の廊下をどかどかと誰かが歩いてくるのが聞こえてきた。その音は確実に近付き、やがて忠繁達の部屋の前で止まると、無造作に襖が開かれ一人の若武者が入ってきて帰蝶の隣に座り込んだ。細身にして肌の色は日に焼け、丸顔であったが凛々しく整った容姿に無表情な顔つき、身長は一五〇センチほどであろうか。年齢は忠繁よりも若く見えた。その男が信長であるとわかり、忠繁は頭を下げた。
「元武蔵の住人で、霞北忠繁と申します。帰蝶様の従兄、明智十兵衛様の紹介で参上いたしました。」
「うむ。」
忠繁の知っているイメージとは程遠い優しげで大人しそうな人物であったことに多少の戸惑いはあった。しかし、桶狭間の戦いの前に帰蝶に面会したときは、成人してから大人しくなったと話していたことを思い出した。
「顔を上げよ。忠繁と申したな。戦の勝敗は数ばかりではない。場合によっては少ない人数でも勝ち戦にすることができる。では、戦において重要なことはなんじゃ?」
突然の信長の問いかけに面食らったが、これは現代における就職採用面接だと考えることにした。光秀が推薦し、帰蝶の口添えがあったとしても、見ず知らずの者をすぐに採用するはずもない。忠繁はしばしの思案ののち、頭の中の歴史の記憶を呼び起こしながら答えた。
「いくつかございます。一に兵の質、二に質の良い兵を育てる金、三に金を流通させるための街の活性化にございます。」
「ほう。兵の質とはいかなることか。」
「はい。美濃を含め、多くの地域では、兵士は農民が兼業します。しかし、信長様の兵は兵士専属の方々をお雇いだとお聞きしております。そこで兵の質の向上が図れます。また、日ごろの鍛錬によって連携が取れますので、ほかの軍勢よりもスピード。いや、迅速な行動が可能になります。迅速な行動ができる軍勢は、それだけでも相手を翻弄でき、戦を有利に進めることができます。」
忠繁の答えに、無表情だった信長が満面の笑みをこぼした。
「その通りじゃ。聞きしに勝る策士じゃな。」
そして、
「明日より出仕いたせ。そなたには聞きたいことが山ほどある。その知恵、この信長のために使え。」
「ははっ。粉骨砕身努力いたします。」
「うむ、励めよ。その子供はそなたの子か?」
「いえ。親無しの子を十兵衛様が面倒を見ておりましたが、このたび私が引き取りました。」
「であるか。ならばいっしょに住む場所が必要であろう。おって作兵衛が住まいに案内する。長旅の疲れを癒すがよい。」
そう言って立ち上がると、部屋を出ていこうとしたが、思い出したように振り返り、
「忠繁。桶狭間でのそなたの策略は見事であった。大儀である。」
そう言うと、再び大きな足音を立てながら城の奥へ入っていった。信長がいなくなると、帰蝶はくすくすと笑い出した。
「前にそなたに会った時の信長様は大人しくて臆病だと申したであろう。」
「ええ、そのようにおっしゃっておりましたね。」
「今川を破ってからというもの、信長様は急に自信に目覚めたのか、本当に武将らしくなられた。これもそなたのおかげじゃな。」
「いえ、わたくしなどは何も・・・。」
「忠繁殿。」
帰蝶が忠繁に近付き、その手を取った。
「信長様は嫡男でありながら、身内にも家臣にもうつけうつけと蔑まれ、信秀公亡き後は、重臣や弟にも背かれた。信長様の他人への猜疑心はまだまだ深い。外から来たそなたにこそ、お願いしたい。信長様の、殿の良き相談相手になっておくれ。」
帰蝶が信長に嫁いできたのは一五歳の時である。美濃から単身嫁いだ帰蝶も散々苦労したことだろう。そのうえ、信長はうつけと言われるほどの悪童ぶり、織田家の中での味方は、父、信秀(おだのぶひで)と教育係の平手政秀(ひらてまさひで)くらいなものであった。信長が尾張を統一し、家臣団がまとまったといっても、その家臣の中には、かつて弟、信行に付いて謀反に加担した者も多い。そんな中で信長が心を許せる者は決して多くはなかった。
そんな時代背景は書物通りだと感じた忠繁の心に浮かんだのは、信長が孤立しないように、心の拠り所であり続けようとする帰蝶の妻としての健気な姿であった。
「帰蝶様は誰よりも信長様を慕われておられるのですね。ご安心ください。私は信長様が好きでございます。その力になれるよう、懸命に働きます。決して裏切ったりいたしません。」
その言葉に、帰蝶は自分の思いが伝わったことを理解したようだ。満足そうに微笑んだ。
この日はこの面会だけで終わり、信長の下男、作兵衛の案内で城下の一軒家に案内された。一軒家と言っても、平屋建ての粗末なもので、土間と居間だけの質素なものだった。庭が付いて、塀で囲われているだけでもありがたいと言えよう。布団などの必要な家財も用意してくれていたようだ。信長の気遣いに忠繁は感謝した。
「お風、ここがこれから住むところだよ。」
「はい。忠繁様、お風はたくさんお手伝いしますね。」
「はは、期待してるよ。」
もう日も傾きかけていたため、二人は町へ買い出しに行き、軽い食事をとって休むことにした。もうすっかり慣れたが、夜の暗さ、隙間風の寒さ、戸が風に立てられる音。自分の家ができたことに、忠繁はなんとも言えない安心感を覚えていた。ここが、自分の拠点となったのだ。
翌朝、日の出と共に忠繁は家を出て清州城へ向かった。そこで、思いがけない人に声をかけられた。
「おぅ、そなたは確か忠繁殿ではござらぬか。」
「藤吉郎様! その節はお世話になりました。」
「今は名をもらって木下藤吉郎秀吉(きのしたひでよし)と申す。それよりも信長様に召し抱えられたと聞いてますぞ。織田家は、出自は関係なく、手柄を上げれば出世は思いのままじゃ。共に励もうぞ。」
「はい!」
忠繁は転職したときのことを思い出した。いくつになっても初出社は緊張するものである。見知った秀吉に会えたことで、忠繁の緊張は幾分和らいだ。
秀吉と共に城に入ると、秀吉は忠繁を信長のいる広間に案内し、自分の仕事場に行くと言って出ていった。
「霞北忠繁、参りました。」
「入れ。」
広間に入ると、信長のほか、何人もの武将達が忠繁を見ていた。作法も何もわからなかったが、時代劇ドラマなどで見てきたことを見よう見まねでやってみることにした。中央に座ると、一度頭を下げた。
「忠繁、顔を上げよ。」
「ははっ。」
「ここにいる者が織田家の家老達じゃ。」
そして、順に重臣達を紹介された。今までは歴史の書物の中でしか会うことのなかった歴史上の偉人達を前に、忠繁の緊張感は頂点に達していた。信長の重臣達は、柴田権六勝家(しばたかついえ)、丹羽五郎左衛門長秀(にわながひで)、前田犬千代利家(まえだとしいえ)、池田勝三郎恒興(いけだつねおき)、森三左衛門可成(もりよしなり)など、戦国時代が好きな人であれば誰もが知っている面々がそこに座っていた。
「元武蔵の住人、霞北忠繁と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「忠繁は桶狭間の際に、義元を桶狭間に足止めする策を練った男じゃ。美濃の明智十兵衛の客であったが、今後は織田家で召し抱えるゆえ、承知しておけ。」
「「ははーっ。」」
勇者達が一斉に頭を下げたので、忠繁は圧倒されてしまった。紹介が終わると、重臣達は退室してそれぞれの役目に戻っていった。
続く。
ここまでお読みいただきありがとうございます\(^o^)/
「面白い!」「続き読んでもいいぞ!」という方は、
ぜひ高評価お願いいたします!
また、周りの方にもおススメしてくださいね!
いよいよ織田家の一員になった忠繁、
これからがむしゃらに働いていくことになります。
試行錯誤の第二章、
よろしくお願いいたします。
水野忠